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 港の大通りからわき道に入ると少し薄暗くなった。空の色に染まる蒼い影で体が少し冷える。道端にに猫が居るくらいだ。数分歩けばすぐに明るい場所に出るのだが、少女の方は気が気じゃないだろう。目だけで見ると、正面を向いた体勢で固まっている。歩いているものの、警戒が十分に伝わってきた。知らない男と二人きりでここは怖いだろうな。最近はこういった場所入っただけで過呼吸になる人もいるらしいし、発症されたら救急車とかその後の説明が困るので、安心できる要素を教えておこう。

 斜め上を向くと、両壁の一点が赤く光っている。振り向いてもあった。それを確認して一人ごとのように呟く。

「上の赤い点、あれ監視カメラ」

「え?」

「企業都市だから、こういった警備には注力しているらしい」

 少女は顔を上げた。

「あ、本当ですね。初めて見ました」

「最新式ですから。一応企業都市なので、最新機器の実験場なので本島で見られないものもありますよ」

「へぇー」

 ただ感嘆していた。警戒心は少し薄れたらしい。

 壁に埋め込まれているのはセンサー付きの防犯カメラだ。小さなカメラであるが画像の解像度は高く、視界も広い。前方と後方に設置することで数十メートルの路地は十分に把握できる。これは大通りのような可視できる防犯カメラよりも隠しておいた方が犯罪を阻止しやすいという目的から開発されたものだ。専用の接着剤で貼り付けてあるため、別のものに変えられる。プライバシーの問題は謳われているが、島に入る前に新製品の試験への合意条件の書かれた同意書を書いているため法律を犯さない限り訴訟不可能なんだけどな。この少女は知っているのか、なんだか心配になってきた。

 興味を取り戻したのかせわしなく前と上を交互に見ている。

「こういうのって自治体の方で説明ありますか?」

「防犯カメラについてなら会社のホームぺージを覗けば載ってますね」

「試用実験のものを使うわけじゃないんですか」

「流石にあからさまな問題が起きたら困りますから。使った感想を条件に安く売りつけているのですが、設計が失敗なら無償で返品ですからあからさまな不良品は押し付けません」

「そうなんですね。聞いたよりも結構ちゃんとしてるんですね」

「聞いた?」

「ネットの評判です。会社が独裁してるとか、警察が会社と癒着しているとか」

「ものすごい陰謀論ですね」

 苦笑した。地域ニュースがあるが、都合のいいことを書かれることはあまりない。と言うかむしろ経済新聞の側面を半分持っているから、業績や商品のレビューを多角的に冷静に書かれる方が多い。SNSでの言論統制については配信機器の辛辣なレビューがBANされなかった月城の存在が反証になっている。

 今のところ不穏な話は聞いてない。と言うか独裁したければ外からチェーン店を呼ばない。個人電気屋ならなおさらだ。牌は相手の方がでかいが、無関係な専門家を呼んでSNSで公表される危険を内包する必要はない。

「犯罪でもしない限り逮捕されることはないので安心して下さい」

 安心させるように教えると、少女はむっとした。

「しませんよ!これから家族と同居するのに」

「家族?」

「そうです。生き別れのきょうだいがいたみたいなんです」

「生き別れ……」

 見た目以上に重い立場だった。内容に反してどこか期待したように口調は明るい。

「……今まであったことはありませんが、でも会えるのはとても嬉しいです」

「相手の方はそうは思ってないかもしれないのでは」

 正直きょうだいの立場の方が想像できた。生き別れと言うことは、下手すれば十何年以上も会ってないだろう。施設に預けられて、それから自分の人生を進んでいたはずなのに勝手に家族と名乗る奴と共同生活。どうあがいても複雑な気分になるはずだ。しかも自分も得るはずだった親からの愛情を得た妹が来るとなれば……下手すれば激高するかもしれない。共同生活なら彼女の親の許可ももらっている筈だ。自分の意志以外も関係している。なら危害を与えられるのは全て少女の責任ではない。怪我して純粋な性格が暗い影を落とすのは悲しい。

 少女は俺の懸念を否定するように頭を軽く横に振った。

「そう……かもしれませんね。でも、両親の方が話を付けてあるようですから、そこまで拒否しているとは思えません」

「ああ、ならよかった」

 肩を下ろす。これならそこまで悪くなるはずがない。

「はい。これからどうなるかわかりませんが、本当は会えなかったはずのきょうだいと会えるのはとても嬉しいです」

「それは何故ですか?」

「会いたいと言ってくれたから。だからきっとうまくいきます」

「……」

 不安だ。そんなにうまくいくのだろうか。俺がもし、両親と会いたいと接触を求めてきたらどうするのか。考えてみたが、相手の意図がわからない答えを出す前に路地を抜けてしまった。とりとめない思考を止めて、道案内に頭を戻す。

 日の光が道を焼く。路地はコンビニや日用品、居酒屋の多い路地だ。時間帯の問題か、人はまばらだ。また、炉端に猫が居た。また猫だ。今日はよく見る。

 強張った肩を下ろす少女の前を指す。

「ここから真っすぐ行って、三つ目の交差点で左折すると道の行き当たりに公園があって、その奥に交番があります」

「へぇー、埋め立て地に公園があるんですね」

「緑があった方がいいらしいですよ。それに居住区域が近くにあります」

 寮やマンションアパートの集まった居住区域だ。大雑把に仕事場ごとに分けられている。よく考えてみたら近いから、とここの交番に来てしまった。全然安全じゃない。場合によっては近くまで送ることも頼んだ方がいいかもしれない。

 腕を下ろし共に歩き出す。少女を店側に、俺を道路側にしてひったくりを警戒する。少女は辺りを見回していた。黄色い看板のコンビニを見て笑った。

「やった、近所で見るコンビニがあります」

「コンビニってそんなに地域差あるんですか」

「はい。うちの周りはこのコンビニばかりです」

「そうなんですか。全然知らなかった」

 歩道の前方、居酒屋の店先で転がる猫があくびするように鳴いた。三毛猫だ。少女は興味津々そうに猫を見た。

「……猫好きなんですか?」

「可愛くて、触ってもいいんですかね」

「あまり触らない方がいいですよ。それに……」

 ふと疑問が浮かぶ。猫は基本家で飼うことが義務になっている。衛生面の問題でID登録されていない猫が外に居ればすぐに回収されるはずだ。汚染区域では侵入すればすぐに回収される。特に最近は公園など緑のある中心地で遊ばせるのが基本で、ひったくりのような危険な場所へ行かせないようにするはずだ。だが、今日は妙に猫が居た。

 ……嫌な予感がする。猫の手前で一旦立ち止まる。

「どうしました?」

 困惑したように少女も足を止めた。

 安心させるために、気のせいと確証を持たせるために能力を使った。

 鈍く白い光は普通の猫のように体の形を作っていた。ただ、何故か腹の光が強い。先程は二階からだったが、今度は間近だ。光の強弱は良くわかる。生きた猫とは心臓の位置が違い、腹のところにあった。今日は室外機の上に猫が座っていた。憶測でしかないが、一つの結論が浮かぶ。

 この猫、機械か?

 

 

 

 

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