1-10

 枝豆とてんぷらを食べ終え、手を合わせる。

「ごちそうさまでした」

 椅子から立ち上がり出口に向かう。店員が会計に立っていた。少女はまだうどんを静かに食べている。

 会計の前に立つと注文票を機械ににスキャンして合計と栄養素が出た。財布からカードを出す。

「お願いします」

 はいと答えて手早く機械を通す。すぐに返して早々、

「そういえば、最近はひったくりの方もこの辺りで見ますから気を付けて」

「ひったくり?」

「港の人が結構被害に遭っているみたいです。帰宅途中に荷物を取られるのが多いらしくて」

「物騒ですね」

「他人事じゃないですよ。結構被害に遭ってるんですから」

「はあ」

「寮の道中でバイクでガッと持ってくみたいで。寮への道中で一番使う道を狙ったらしくて、内部犯が居るんじゃないかって、本当怖いわ」

 大げさにため息をつく。野次馬の心理が働いているのか、本当に心配しているのかわからない反応だった。おそらく後者だと思いたい。

「特に大きな荷物を持ってると狙われやすいらしいわ」

「あー、確かに」

 大きな荷物なら貴重品が入っている可能性は高い。財布が無くても荷物を売ればいよく、売れなければ捨てればいい。むしろカードは生体情報と密接に情報を共有しているため下手に盗めばGPSで位置特定されて即逮捕である。指紋認証を取り付けたトランクでもなければ荷物の方がまだ金になる可能性は高い。それでも容疑者となれば一週間分の行動履歴を数秒で特定される現代でひったくりする奴なんてそういない。変な奴も入ってきたんだろうか。

「あんたみたいな歳の人も被害に遭ってんだから、気をつけてね」

「そちらも気を付けてください」

「ええ。ありがとう」

 店員さんはにっこり笑う。同じように軽く笑って外に出た。

 背後から視線を感じていたが、気づかなかったことにした。

              *

 昼下がりの空は青の深さが少し浅くなっていた。

 店から出てすぐに港の方へ歩き出す。同時にデバイスを操作して『夏目静』電話番号を出す。数秒ためらってから電話をかける。相手はすぐに出た。

『久しぶりです。先輩から電話かけて来るなんて』

「まずそれか」

 飼い主を見つけた犬のように嬉しげなアルトボイスが飛び込んできた。本当に特別捜査班の一人なのだろうか。元後輩らしいとはいえそんなに楽しいだろうか。

 夏目は超能力捜査のためにうち立てられた特別捜査班の一員である。警察の中で最近作られたものであるが、特殊な事件が多いため研究と捜査が平行に行われるという妙な班だ。特にこの鳩島では研究施設と密接に関係している。夏目は元々俺の後輩だったらしく、今でも個人的な依頼を頼まれて小金稼ぎをしたり、一方的に電気機器の新製品のカタログや法改正の情報を送ってくる。電気屋の資格取得のために手伝ってくれたのはありがたいのだが、俺が関わるとどうも態度がおかしい。せわしない。あまりの人の変わりように気恥しいものがあるためこちらから関わるのはためらう。美人なのもあるが。

 俺の心配をよそにテンションが高いまま夏目は話を続ける。

『当たり前ですよ。桜庭さんから電話かかってくるなんてまだ五度目ですよ。こっちからは二桁超えてるのに』

「えーっと、その、すまない、ちょっといいか」

『はい』

「この辺りのドローンの目撃情報って」

『話せるわけないでしょう』

 だよなあ。守秘義務がある。たまに依頼してくる時もニュースで発表された以上の情報は渡さない。特に違法ドローンの飛行情報を発表したら犯人が引っ込んで、捜査が長引くかもしれない。しょうがないと一人納得する。

 同時に冷静な声が返ってきた。

『予想は付きますが今何探ってるんですか?話してください』

「あー……」

『黙ってても分かりますからねー。桜庭さんとの行動履歴を探れるんですから』

 けん制された。自分は能力者だから実は結構簡単に個人情報を探れるようになっている。権利の侵害というよりは、厄介ごとに巻き込まれないようにするためだ。

 仕方ない。肩をすくめて、話し始めた。

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