1-9
食堂のメニューは定食や麺類、日本酒、つまみだけのシンプルな店だった。チャーハンがまだ残っていたため深海魚の天ぷらに決めた。
店員さんが奥から現れ、机の横に立ち水とおしぼりを置いた。
「いらっしゃいませ、お決まりになりましたらお声かけください」
「あ、深海魚の方をお願いします」
「あー、すみませんもう切れちゃったんですよ」
「そうなんですか」
メニューをもう一度見る。数量限定と書いてない。特に他に決まってなかったから焦る。店員を見ると窓際の方に顔を向けていた。目だけで見ると、少女がこちらの様子を伺っていた。注文が決まったのだろう。先に行かせて後で話そう。
「じゃあまた後で」
「わかりました。では、失礼します」
軽く頭を下げて少女の方へ向かった。澄んだ声がおぼろげに聞こえるものの中身はわからない。ただ、注文だけじゃなく地図を見せていた。店員は一旦断って奥に戻り、『きつねうどん一つ!』と叫んだあと戻って行った。しかし珍しい。最近はネットで簡単に住所確認できるはずだ。たまに有名地図サイトがハッキングされてエッフェル塔が南極に立つことはある。まあでも都市計画上類似した建物並びと碁盤状の路地だ。迷っても仕方ない。
とりあえず適当に海苔の天ぷらと枝豆にする。店員が戻るところに「すみません」と声をかける。机の真横で止まって、手に紙の注文票を取り出す。急ぎの時の間違いを減らすために今でも紙を使っているところも多い。俺はメニューを指さす。
「あの、海苔の天ぷらと枝豆でお願いします」
「海苔の天ぷらと枝豆……」
「それと、この辺りで不審者などの噂を知ってますか?」
「不審者?」
突然の質問に首を傾げる。当然である。
「あ、いえ、なんというか、最近噂で聞いて……それで友人が心配になって」
「不審者……と関係あるかわかりませんが、港の方に無断侵入者が居たみたいですね」
「無断侵入者……ですか……」
「ちょっと注文を伝えてきますね。その後話します」
丁寧に返答していただいた。むしろ、話したがっているのは店員の老婆のようで早足で奥に向った。注文を唱えてすぐに戻ってきた。早い。そして口を開いた。
「三日ほど前からパトカーがよく通るんです。私も何か事件かと思ってましたが、どうもお客さんの話から港の方が止まってるとのことで。何か盗みが入ったとか、作業員の方は詳細は教えられていないようで、ただ、どうも……薬の密売の商人がはびこっているみたいで……昨日昼の辺り、窓際に座ってた人がずっと外を見ていて、作業服を着ていましたがずっと無言で、あれ多分覆面警察ですよ」
「はあ」
一気にまくしたてられた。ただ後半の方は内容が内容だから小声だった。引きつった反応に気づいてないのかわからないが話を続ける。
「本土へのインターチェンジも通行制限されているらしくて、モノレールの方も警察が常に見張っているそうですよ」
「そういえば……」
工事で通行制限があると一週間前程前からニュースになってた。そういうことだったのか。
「だから不審者ってのは、商品をどうにかして売ろうとあがいているんじゃないですかね」
「成程。どうやって売ろうとしているんでしょうか」
「そりゃあ……超能力とかドローンじゃないですかね」
「ドローン……」
ありえそうだ。ドローンについて考えを巡らせる。
現代においてドローンは遊び道具やコミュニケーション手段の一種となっている。公園で追いかけっこしたり、ドローンレースで競い合い、カメラで写真を撮り身近な人へ送るなど様々な場面で用いられ、一般人に普及している。
ただ、飛行ドローンは飛行場所や高度が法律で制限されている。勿論鳩島での飛行は認められていない。ただ、夜間の飛行なら見つからない可能性はある。ドローンにはGPSを付け、指定された場所、高度でなければ強制的に下ろされたり元の場所に戻るようにプログラムされている。違法ドローンはそれらを撤廃したものが多い。夜間に隠れて移動させるならナノマシンを取り入れた人間よりかはまだ追跡できない可能性はある。この場合問題になるのは電気だった。薬の重さはわからないが、八十嶋は孤島の平均くらいの大きさがある。港から駅または接続橋へ向かうなら直線距離でも十キロ以上だ。もしドローンを使うなら相当時間がかかり、高度の変更や速度変更など急転換が必要だ。だが電気を充電する場所は無い。コンビニなどでは可能だが、たいていパソコンや俺の腕時計のような生体認識用のデバイスを充電するために使われている。バッテリーやドローンを直接充電するならすぐに警察に捕まっている筈だ。協力者が居るのだろうか。
「うどんできたぞ!」
奥から老けた料理人の叫び。
「あ、すみません行きます~!」
どこかのんびりした声で、店員は奥の方に返答した。
「そろそろ行かないと怒られますね。私から話せるのはこれくらいです。友人さんの方には夜更けに出歩かない方がいいと言っておいておいてください」
「はい。話を聞かせていただいてありがとうございます」
頭を下げる前に店員は去って行った。
手元にあった水を飲む。喉を冷たいものが通り過ぎ、頭も少し冷えた。
ドローンを一つの仮説として考えた時、金枝さんの店が何故狙われたのだろうか。他の店も狙われていないのに。派手だからというのはない。赤のれんの下げられたすりガラスの自動ドアの店と、二つ隣の店が深海魚兼食虫専門料理屋でありおどろおどろしい看板のかかった店を比べれば一目瞭然だ。そもそも裏の方だから見た目は関係ない。
だから充電と言う点で考えた。電気を盗むための利点を考える。この場合、あまり目立たないことだ。急にメーターが上がれば簡単に訝しまれる。その点だと、一般住宅よりも料理店の方を選ぶ。使用電気量が上だからだ。
ふと思い立ちウェブブラウザを立ち上げて検索する。すると、予測は的中した。料理屋の使用電気量を比較した場合、中華料理屋は空調の関係で他のものよりも使用量が多い。
港周辺は警察が巡回し、ちょうどいい場所で充電できるとすれば金枝さんの店が狙われる可能性はあった。充電もでき、薬の反応を見る余裕がある。また他の建物の規格も変わらないとすればできるだけ利用できる場所を選ぶ。だから金枝さんの店の裏を狙われたという仮説を立てることはできた。
問題はドローンを使った形跡があれば確実だと言えるはずだ。そうすれば警備の方も対策が立てられるかもしれない。
調査のためにウェブブラウザで鳩島のドローンの目撃情報を調べ始めた。
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