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 店の外に出て、わざわざ港と反対方向に歩いて店に工具とエプロンとチャーハンを置いてから港に向かった。車一台通れる狭い道を抜けると大通りが現われ、歩道の向こうに大きな長方形の埋め立て地がある。コンテナの積まれた港の側にはニュース画像通りの大船があった。だがクレーンは動いておらず、船も動く様子はない。

 左を見ると港の入り口があり、警備の建物があり一般人は入れないようになっている。それどころかパトカーも何台か見えた。何か起きているのは確かなようだ。

 右を向き、港前の歩道を歩く。港の従業員を狙う食堂が並ぶ。金枝さん周りの少し落ち着いた雰囲気とは違い、豪快なとんかつや、山のようなラーメンの食品サンプルの並ぶ食堂が多い。とりなすように『健康を考えた』と商品名に書いてあるがお互いの暗黙の了承の上で騙し合っている。肉体労働だからぎりぎり許される線だろう。

 数分歩いていると、目の前の和風食堂から作業服を着た男たちが出てきた。こちらに向って歩き、俺の横を通って港へ向かって行った。何か話していたようだが『あの子可愛かったな』『子どもだろ』『どこかのお嬢様か?』と話をしていた。

 店員は何か聞いてるかもしれない。俺はその食堂に入った。

 中はいわゆる昔の食堂だった。茶色の土壁に黒いタイル張りの床の上に、壁際には木製の角ばった四脚の椅子と机がセットで離れて置かれている。奥の方に調理場の見える窓があり、そこで白い帽子をかぶった爺さんが座って茶を飲んでいるのが見えた。机の上の皿を片付けながら店員が「いらっしゃいませ!」と顔だけ上げて挨拶した。さてどこに座ろうか。辺りを見回すと、窓際の席が目に入った。そこには女の子が居た。

「むー」

 メニューをじっと見つめる高校生ほどの女の子だ。ロングスカートを履き、しなやかな亜麻色の髪を揺らしている。前の椅子にはレトロなトランクケースが置かれており、その上にはシルクのような柔らかな丸いつばの白い帽子が置かれている。だが、美しさに感嘆するよりもまず頭に浮かんだのは疑問だった。

 妙に似ている。

 いやそこまで美少年だとかそんなうぬぼれるわけじゃないが、髪の色、目の色、見た目どことなく俺と似ている。彼女と会ったことは無い。ただ、無関係と言うにはあまりにも共通要素が多すぎた。

 誰なんだ?

 短いながら23年の記憶を思い返す。まさかあの事故で記憶喪失になったとかそんなわけないよな。いや、でも、事故当時の記憶はストレスが大きいから抹消されているらしいがまさか……

「お客さん」

 ぎょっとした。振り向くと店の制服の上にエプロンを着た老婆がこちらを見ていた。

「すみません、今片付きました。開いているお席にお座りください」

「あ、はい」

 顔を上げると机上はすっかり綺麗になっていた。ふと急に冷静になる。見知らぬ少女をじっと見つめる変質者と店員に思われていた可能性がある。ここに思いつくと背筋が寒くなり、早足で一番奥の席に座り視線を逸らすようにメニューを開いた。

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