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 金衛さんとの話の後、俺は二階の宴会室に待機することになった。赤い絨毯との上に三脚の丸机が置かれている。最大四十人の宴会開催可能な部屋に電気もつけず一人でいた。下から人の声が聞こえてくるとほんの少し空虚さがあった。だが仕事だ。仕方ない。

 俺は壁越しに下を眺めつつ、ここ最近の地域ニュースを確認していた。他にも電化製品の故障に関する事件について調べていた。地域新聞は定期購読しており毎日朝食の共に読んでいるものの、機械の故障についての記事は基本少ない。誰が犯人かわからないからだ。

 数十年前、感染症の流行によって一時社会の機能が停止した。それから健康促進運動が活発化。並行して遠隔でオンライン対面する需要が伸びた結果通信機器の技術が発達。それらが組み合わさり、どこでも個人の健康状態の数値化できる技術への需要が大幅に増加。バイタルの確認など、体について不測の事態を引き起こさない要素を減らしたいというヒステリーじみた要求があった。これらの要素が複合し、考え出された結論のが生体そのもののコンピュータ化だ。元々呼吸に含まれる物質により体調の判定を行うという診察方法から飛躍し、いっそのこと生体の中に粒子を取り入れて、発信させればいいんじゃないかという発想の転換からだ。生体電流を用いたナノマシンをスキャンすることで、体調がすぐさま判明するようになった。

 開発当初は電磁波の影響やアレルギーへの懸念から余り浸透されなかったが、身体情報の情報化、AR技術の浸透、治療の促進機能などのナノマシンの多機能化により需要が高まった。これらの要素を全て兼ね備えたナノマシンは今国民の四分の三ほどが体内に取り込んでいる。これは日本だけでなく、全世界に広がった。

 初め個人の監視になると反対していた人々も、麻薬やアルコール中毒などのいわゆる社会的に危険な人々を摘発できるという点で今ではむしろ推奨している人の方が多くなっている。健康が義務化されている皮肉げに語る人もいて、実際に健康に関する問題はむしろ増えていた。それだけでなく、新しい社会問題が出てきている。その中の一つが超能力者の発現だ。

 ナノマシンが普及すると同時に、超自然的な能力の発現が増えた。問題化したのは、車を空に浮かせる少女の動画が配信されたとき。それ以前から人の声が聞こえる、遠くが見える、スプーンが曲がるなどオカルト現象の相談がメンタルクリニックに増えていた。そのころは幻聴や幻覚と通告していたが、この動画が世界中に広がった途端にこれは超能力かもしれないという可能性が出てきた。フィクションで見られるようなテレキネシス、テレパシー、千里眼など超人間的な能力を持つ人間が増えたのだ。最近の統計ではナノマシンを注入された人間のうち、0.01%ほどが超能力を持っている可能性があるらしい。たかが0.01%かもしれないが、約一億人のうちの0.01%、大体1万人ほどである。一つの都市を作れる人口だ。国が放っておけるわけが無かった。

 超能力者によるプライバシーの侵害や、犯罪はどう処分するか、監視すべきかなどの議論が今でも頻繁に行なわれている。現在普通に過ごしたいと望む人々によって、超能力者は登録が法律で制定されている。テレキネシスによって高層ビルを折ったという大事件が起きたからだ。事件が起きた際の対処の迅速化のためにこの辺りは仕方ないとされている。昔は超能力者への迫害も多かったらしいが、登録化によってそれなりに減ったらしい。今では普通に過ごせているし、職場によっては超能力者を募集しているところもあるらしい。この人工島の鳩島も、超能力者とナノマシンの研究機関を新設するために作ったものだ。都心からモノレールと高速道路で繋がる埋め立て地であり、大学やナノマシンの開発会社などが集まっている。自称してないものの、鳩島は企業都市ともいえた。だから独自の建物の高さ制限もある。扱っているものがものだから、超能力者の人口の割合も高い。超能力者の事件に関する公的な特別捜査機関も併設されている。付属校もあり、十五歳以上の超能力者を量に入れて教育する保護機関を兼ねた教育機関だ。長野の本校にに昔通っていたが、超能力の使い方の特別訓練もある。それだけでなく捜査機関に勤めるための、超能力関連の事件に関する授業もあった。

 事件で起きるのは、超自然的な現象だけでなく、電気機器の故障も同時に起こる場合もある。ある論文によると能力を使うとき、人間の体が少し電流が増すらしい。それによって周囲の電化製品の電流の流れがつられておかしくなる。本来導線に沿って流れるはずの電気が、何故か上向き下向きに流れようとする。今回のように、一点に溜まってしまうような謎の挙動を見せる。放っておけば流れは元通りになる。ただ、もしこれが長時間になれば出火することもあるため放置できるものでもない。そもそも電化製品の近くで能力を使用するなというのが常識であり、場合によっては器物破損で訴訟できる。これは能力者だけでなく、ネットのウィンドウを開きまくるなどナノマシンに高付加をかけた場合も起こる。だから今でもパソコンは残っているし、ハッキングの対策のためにオフラインの家具や電化製品を置いている。素人が電化製品の故障でわかることなんてほんの少しだからだ。

 最近個人の電機屋が増えてきたのはそういった理由だ。資格を取って、何が原因で故障したのか推測する。適切な修理方法を提案して実行する。メーカーや大型電気店の方でも対応できるが、前者は時間がかかり後者は派遣員の差が激しい。だったら地元のいい電機屋に継続的に任せた方がいいということだ。うちの店の顧客の大半はそうであり、残りは俺の能力に対する信頼だった。

 俺の能力は電流の目視だ。真空管の中でなくても電流を視認できる。電流の強さによって明るさが異なる。今回のような室外機の配線なら壁一枚越しでもはっきり見えるくらいの明るさだ。俺の場合は特別にナノマシンを利用して、今回のように軽くもんで停滞を消し電流を元に戻すこともできる。電化製品の整体師みたいなものかと以前金枝さんに言われたことがある。まさにそんな感じだ。電機屋にうってつけの能力である。

 それだけでなくサーモグラフィーのように大ざっぱ生物の形も見える。これは生体電流によるものだろうと推測している。ナノマシンを注入した人なら更にはっきり見え、能力を発動しているなら輪郭が浮かび上がる点も証拠の一つである。つまり、尾行にもうってつけの能力だった。

 探偵業みたいなものを行っているのもこれが理由だ。壁越しに人間を追えるのは中々いい。電機屋をやっている身として人の家に上がることも多いため、あまり大きくいってないが身内や周囲の人の依頼は受けている。今回のように超能力による影響があればそれなりの報酬で監視することも何度かあった。一応探偵業についての許可は貰っているため、既定の範囲内なら個人情報の収集は許可されている。流石に千里眼や透視には負けるが、副業程度なら十分だ。昔似たような仕事をしていたおかげで勘は鋭いのもあって、今までのお客さんには十分な結果を残せたとは思いたい。

 今回の事件はお世話になっている金衛さんの依頼だ。できればいい結果を残したい。そう思って壁越しに下を眺めていた。だが流石に集中力が切れてきた。

 二時間ほど監視を続けるが、全く反応は無い。裏路地に出る人間も少なく、今のところ全員素通りだ。そもそもあの滞留は数時間ほどで解消されるものだ。今までのことを思い返すと、どうやら午前八時では動かず、午前十時くらいには解消されている。店の営業時間である午前十一時から夜の九時までは普通に動いている。掃除を終えて閉めるのは午後十時。それから朝まで動かさない。問題が起きるとすれば夜から朝までの時間だろう。金衛さんの依頼は今日の営業時間の間ということだが、夜の間どうするか聞いておいた方がいいかもしれない。金枝さんは能力を持ってない一般人だ。下手すれば危険な目に合うかもしれない。

 左手の腕時計型デバイスが鳴る。画面を見ると、メールのアイコンが表示されていた。封筒アイコンの下には『月城京』と送り主が書かれていた。家主だ。すぐに右手を下に振り目の前のウィンドウを隠す。横に振り、フォルダやアイコンが一列に並ぶタスクバーを出す。封筒のアイコンを押すと新着メール一覧が出た。件名『申し訳ない』を開く。

『動画を上げてたまま寝てしまった

仕事メールが来てなかったので油断していた

本当にすまない

電話が来ていたが下に居なかったためいつこちらから返信すべきかわからない

もし用があれば通信を頼む』

 淡白なメールだった。こちらも仕事中だから長々書かれても困るからいいんだが社会的にはあまりよくないとは思う。今回は初めての失敗であることと特に影響無かったからまあいいとして、帰ったら謝罪文に関しては少し指摘するか。あの偏屈な性格なら多分へこむだろう。今火急の仕事があるから、軽く注意して情報収集を頼もう。

 メールを閉じ、タスクバーから電話のアイコンを押す。登録した家主の電話番号を押すと、半コールで出た。腕時計を口に近づけ、マイクに声をかける。

「もしもし、桜庭です」

『申し訳ない……』

 甲高い声を低くした、野太い声が返ってきた。非常に反省しているようだ。だがこの調子では話が進まないため、さっさと話題を切る。

「わかりました、今度は気をつけてください」

『……それだけですか?』

「今仕事中です」

『……どんな?』

 仕事内容を説明する。話し終えるまで月城は黙って聞いていた。月城は情報屋というが、外に出るわけでもなくネットの海を潜るだけだ。だがSNSや人に教えられない方法で色々情報を集めて来る。近所から地球の裏までその気になれば調べられるらしい。

 今回の雲を掴むような事件について、金枝さんには勝手だが調査を依頼する。

「それで頼みたいのはここ最近の鳩島についてですね」

『調べられるのはSNSや掲示板の話だが、ぼやや噂でもいいか?』

「むしろニュースで扱わないものの方が嬉しいです。こっちがニュースで調べても出てきません」

『そのあたりはもう警察呼んだ方がいいんじゃないか?』

「そこまでの事件かもまだわからないので。ただの故障の線もあります」

 俺の能力で電流は見れるが、他の人には見えない。警察も同様だ。明確な証拠がなければ帰るしかない。

『それは依頼じゃないんだろう』

「ですが、まあ夜に何かあったら困るかと」

『金衛さんが心配なのか?』

「常連ですから」

 実際に月一でメンテナンスを頼まれている。新規の電機屋としては非常にありがたい客だ。怪我をして店を辞めて欲しくない。

 十秒ほど沈黙して、元の甲高い声に戻って返答した。

『わかった。調査の分の金はどうする?』

「俺が払います」

『それも困る。ちゃんと金を払ってもらえ』

「……こちらの勝手なサービスですから、流石にお金をもらうわけには」

『こっちも仕事だ。無理なら大盛のチャーハンを持ち帰ってこい』

「……はい」

 いつも金枝さんの仕事の後は半ば押し付けられる形でチャーハンを貰って帰っている。初回大盛にするかと聞かれて遠慮して帰った思い出の残るものだ。近所で取れた海産物の入ったチャーハンは非常に美味しく、月城の大好物の一つだ。後ろめたさはあるが、金衛さんは大盛を頼んでも疑問に思わないだろう。むしろ一日張り付いたお礼として喜んでやるに違いない。別料金を払ってもらうよりかはいい。

『次はちゃんと顧客に話を通せ。いいな?』

「わかりました」

『大体情報が集まれば連絡する。いつまでいる?』

「午後九時までですかね」

『わかった。それまでにできるだけ早く連絡する』

 電話が切れた。ため息をついた。常連ができたから少し張り切ってしまった。確かに契約以上のことは勝手にすべきじゃない。心配だから値引きするのは公私混同だ。気を付けなければ。あと月城のためにも酢豚の持ち帰りを頼んでおこう。

 ため息をついて、再び右手を上に振り、ニュースの検索を再開した。

 月城の返信は一時間後、差し入れのチャーハンを食べている途中だった。

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