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 路地を歩く。店の右の方へ向かい、海に出たところでまた右に曲がる。左を見るとテトラポットの向こうに水平線が空の青と海の碧を隔てている。右を見ると釣りや食堂、海産物の店などがある。いくつかは潮風に錆びたシャッターを開け始めているところだった。カフェはもう開いている。奥には港があり、漁師が朝早くから動いたり旅行客の観光スポットの一つになっていた。うちにもたまに客は来るが、悲しいかな大体素通りだ。

 五分ほど歩くと、『中華料理 金魚』と書かれた看板のかかった店が見えた。金衛さんの店だ。店主はちょうど正面口に立っていた。

 釣り目の特徴的な中性的な顔つきの人だ。背は高く、俺と同じ位の172センチもある。すらりとしたモデル体型だが、着ているのは白い調理服だ。彼女は電機屋を始めてからすぐに客となり、それ以来の付き合いだ。月一ほど点検で呼ばれる以外にも、個人的に金枝さんの店に行くこともある。味が個人で気に好みで、夜の海を見ながら楽しめるところが気に入っていた。一度素直に褒めたら、料理を半額にされた。なんだか気が引けて、最近は軽く礼を言う程度だ。ただ相手も俺のことを気に入っているのか、食べに来いよとよく誘われる。此処に知人もなく一人で来た身としては、金衛さんのお節介さはありがたかった。

 店長で料理長がこちらに気づいて手招いた。

「桜庭ーこっちから入ってくれー」

「あ、はい!」

 早足で店に向かう。金衛さんは暖簾を上げて中に入れてくれた。「ありがとうございます」と軽く頭を下げて中に入る。

 店内は明かりがついていた。昔ながらの中華料理店のように縦長な店内に調理があり、その周りにカウンター席が六席、壁際に三つ四人席が並び、窓際に二人席が一つある。奥の壁に大きなエアコンが張り付いている。シンプルだが頻繁に掃除しているため、清潔感はあった。このご時世衛生に気を遣う必要があると強く言っていた。

 金衛さんが遅れて中に入ると同時に声をかける。

「またってことは、室外機が壊れたんですか?」

「そう。また壊れた」

 金衛さんはカウンターに座り、困ったように頭を軽く掻いた。

 一週間前、この人から『室外機が動かない』と連絡を受けた。すぐさま店に向かい、内診と修理を行うとすぐに治った。海が近いため潮風によって錆びたのかと推測していたが、そうではなく配線の問題だった。配線を修理し、一応他の部分も確認したが特に異常は無かった。

 二日前、再び呼び出されてまた修理した。少々怒り気味の金枝さんに呼び出され中を確認した。同じ配線の故障だった。今度も同じように修理し、一応メーカーの方に連絡してくれとお願いしてから帰った。そして今日は三回目だ。金衛さんは怒りというよりも疑問符が頭に浮かぶようだ。

「昨日メーカーの人を呼んで診て貰ったんだが、異常はないと何度も念を押されたよ。でも今日壊れたってことは……多分人為的なものなんだろうな」

 なるほど。合点がいった。

「今日は修理だけでなく、監視してほしいってことですか」

「そういうこと。大丈夫か?」

「修理とは別料金となりますが、よろしいですか?」

「ああ。何度も壊されるよりましだ」

「わかりました。明日以降は難しいので今日だけとなります」

「いい。さっき防犯カメラ注文したから、明日以降はそっちに任せる」

「あの通りで買えますよ?」

「余計なもんついてるだろ」

「……かも、しれませんね」

 かっ、と空に向かって笑う。あの路地はジャンク街との呼び名の通り、ろくでもないものも売っているところもある。俺の店はちゃんとした会社からカタログを貰い、取り寄せて設置する。だが他の店では自作PCを売ったり、違法スレスレの通信機を作っているところもある。説明書が無いものもあり、一つ間違えれば制御できない。好き者で相当詳しい人でなければ、金衛さんのような素人なら立ち入らないのが自衛になる。正直伝導率を考えてカンマ数秒早いパソコンを売っていると言われても俺にもわからない。勉強中だが、製造の意図の理解追い付かない。

 電機屋というのも俺の能力に一番向いてそうなため選んだだけで、営業許可のための知識は持っているがそれ以上はあまり興味がない。

 軽く手を振り、契約書の原本の一覧を開く。今回のような一日拘束するものは無い。

「契約書は後でいいですか?時間拘束などを考えてこれから書きます」

「わかった。とりあえず室外機の方確認してもらってもいい?」

「そうですね。もしかしたら直っているかもしれません」

「だったらいいなぁ。あ、一応この話は外でしないで。誰が聞いてるかわからないから」

「気をつけます」

 金衛さんは立ち上がり、裏口へ歩き出す。俺もその後ろに着いていき、裏路地に出た。




 


 

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