1-2
抜けるような青空が目に広がった。重い頭を左右に動かすと、繁華街から一つ外れたジャンク街にもまばらに人が増え始めていた。
二階建てのビルが並ぶこの路地は大体二百メートルほどの専門店街だ。一つ隣の道は大通りであり、ブランド店や土産店など一般的な店が並ぶ。一方こちらは各々の趣味を突き詰めたような店や、電機屋が多い。中身は通信機器や呪術品などマニアックなものばかり。外観もわざわざ一昔前のフォントを用いたり怪しげな彫像が店先に置かれたり軒先に吊るされている。都市計画の一つとして賃料や建築スピードの観点からはほぼ同じ規格の建物が並ぶのだが、左隣のダビデ像が看板に生えているカフェを見ると信じがたいところではある。ちなみに右隣は木に侵食されている花屋だ。個性の強い店に挟まれている俺の店は特に飾りつけは無い。ただ横に細く『桜庭電気店 営業時間 10:00~19:00 定休日 毎週月曜日』と下部にホームページのQRコードが書かれた簡単な看板がかかっているだけだ。普段は無感情で景色を見るが、今は無個性に思えた。
重い足取りで店の裏口に回る。暗く湿った狭い路地は薄汚れていた。換気扇が回る鈍い音が響く。ほぼ同時にポケットのスマホが振動した。
来たか!?素早く取り出した。だが、予想していた人物ではなかった。期待外れの結果に肩を落とす。電話の主は金枝瑞樹、懇意にしている近所の中華料理屋の店主からだ。
人息整えてから電話に出る。
「もしもし、桜庭電機店ですが」
『何そんな不機嫌そうなの』
真っ先に入ってきたハスキーボイスにうっと呻く。
「……気づきます?」
『そりゃまあ。いつもより一トーン低い』
「ああ……」
金衛さんは調理場がカウンターで囲まれる料理店で働いているから、ちょっとした感情に気づかれる。千里眼で見られているようで落ち着かない時もある。今回は親しい人に指摘されて良かったことにしようと、頭を切り替える。
「店員がちょっと寝坊しているみたいです」
『店員って家主さん?』
「そうですね」
朝食後二桁電話をかけたが反応なし。メールの受信フォルダに仕事の依頼は来てなかったから今回は何事も無かったが、流石に音信不通はやめてほしい。連絡の履歴を眺め、気が滅入っていたのが十分前のことだ。
「特に問題は無いんですが、店員と連絡がつかなくて少し困ってます」
『同じ家に住んでいるんじゃなかった?』
「部屋には入れないんです」
ああ、納得したようなため息が漏れる。
家主は三階に住んでいるが、合鍵は持ってない。何度かベルを鳴らしても反応が無ければもう諦めるしかなかった。
『初めてじゃない?』
「そうですね。一仕事終えてそのままって感じです」
『はー。困ったね。話聞く限り真面目そうなのに』
「真面目ですよ。だから体調の方も心配ですね」
『まあでも何もなければ軽く注意しておきなよ。賃金払ってんだから』
「」
『んでさ、今日って空いてる?』
気を取り直すように話題変換。これ以上長引かせても困るので、内心感謝した。開いた左手の人差し指を曲げると今日のスケジュールが現われる。
「空いてます」
本日が締め切りの仕事はない。あるとしたら明日の点検の準備くらいだ。
『ならよかった。じゃあこれから来てくれない?』
「またですか」
『ああ。また室外機の調子が悪いんだ。だから、ちょっと点検以外も頼みたい』
「わかりました。すぐ行きます」
『よろしく』
電話が切れた。ポケットにスマホを戻し、店の中に入る。ロッカーと机とパイプ椅子と工具しかない事務所の電気をつけて、机の方に向かう。事務机の上の引き出しから余り紙を取り出して、『仕事のために外出中。連絡がある場合電話してください』と書く。その後にホームページのSNSに外出中と書く。デジタルになっても張り紙の方がひと手間かけずに見れるという点で楽だ。書き終え、椅子に掛けてあった藍色のシンプルなエプロンを着る。ついでに身なりを確認し、黒のTシャツとジーンズに運動靴のどれにも異常が無いことを確認。壁の姿見で軽く髪形を整える。短髪を軽く整えて、準備を終える。
「行くか」
ひとりごちて、工具箱と紙を持って事務所を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます