第34話 圧倒
2本の剣を紙から具現化。1本をクリムに投げ渡した。そんな戦闘準備を脇谷はいっさい邪魔せず、岩の上から見下ろしているだけだ。俺達のことをかなり
クリムは受け取った剣をクルリと回して身構える。脇谷へ剣を向けつつも、俺へ囁くように言う。
「紫苑。その剣でいいのか?」
俺は自分が持つ剣を見て、少し笑う。あいかわらずデタラメな剣だ。刀身がグニャリと垂れているのだから。そう、この剣は乃蒼が初めて描いた作品。パジャマ姿の二次元種と闘った時に使った得物だ。
そんな武器で闘えるのか? というクリムのが質問の意図だろう。たしかに武器と呼べる見た目ではないが――問題ない。
「あのパジャマ姿の二次元種を倒してから、夜中にこっそり練習をしてたんだ。こういう切羽詰まった状況があるんじゃないかと思ってな。少しずつだがコツが掴めてきてる。前よりは使いこなせるさ」
言って、柄を軽く握る。すると垂れ下がっていた刀身がシュッという鋭い音と共に立ち上がり、立派な直刀になった。その変化にクリムは「おぉ」と息を漏らす。
「夜中にこっそりテントを抜け出してたのは知っていたが、そんな修行をしてたのか! 一人でシュッシュッしてたから、俺はてっきり――」
「やめろ馬鹿。今そんな冗談言ってる場合じゃないだろ。……おい、脇谷、悪いが2対1でやらせてもらうぞ」
すると脇谷はふんっと鼻で笑い、
「2対1でも構いませんよ。私も……」
そう言い、岩の後方に飛び、死角に消えた。逃げたのか? と一瞬思ったが、そんな口ぶりではなかった。
合図するまでもなく、俺とクリムは同時に動いた。雑草掻き分けながら、俺は右回りに、クリムは左回りに岩の裏側に回り込む。
岩陰に中腰になっている脇谷の姿が目に入ると俺達はほぼ同時に斬りつけた。
縦に振った2つの斬撃が脇谷の頭上に迫る。が、鈍い金属音を鳴らして2つの刃が止められた。
「「!?」」
俺達2人の渾身の一撃をあっさりと防いだ
「てめぇ……! それは!」
「あぁ、これですか?」
脇谷は受け止めた刃を弾き、俺達を後方へと吹き飛ばした。
俺はなんとか宙で体勢を整え、着地。再び剣を構える。改めて脇谷の持つ物を確認する。脇谷を挟んで反対側にいるクリムもソレを見て同様に焦りの色を見せていた。
「なんで……お前がそれを……!」
それは雷神が神器・雷太鼓のバチだった。更に、足元に太鼓本体も見える。脇谷は太鼓を掴み、軽く宙に放った。すると風も吹いていないのに太鼓はフワフワと浮かび揺れ、脇谷の背中辺りで留まった。
「雷神から紫苑さん、紫苑さんから旗師会へ渡っていたものが、私の所へ
脇谷は再び足元の何かを拾い上げる。そして、それを再び中空に放る。
それは白い縦長の布――いや、布ではない、袋だ。2mほどの筒状の布の両端が紐で縛られ、中にフワフワとした何かが詰まっているようだ。
これにも見覚えがある。――思い出した途端、戦慄した。この山頂にたどり着き最初に風神を発見した時、なぜ気づかなかったのだろう。奴の近くには、その象徴ともなる神器が無かったではないか!
「もうお気づきでしょう? そう! 風神の風袋です! そういえば、「2対1でやらせてもらう」と仰ってましたよね!? 構いません! こちらも国宝級二次元種の武器を2つ使わせてもらいますからねぇ!」
ドス黒い満面の笑みを浮かべる脇谷。もはや落ち着いた優男の面影はなく、荒ぶる狂人へと変貌を遂げていた。バチを持った両手を上げ、戦闘態勢に入ったようだ。
(まずい、国宝級二次種の武器相手じゃ、数で勝っていても、質で敗ける……!)
雷神戦で最も苦労したのは武器を無効化することだった。デタラメな力を持つ武器を無効化することにより、ようやく本体に刃が届いたのだ。もし、彼の二神が同時に出てきていたら、勝利は収められなかっただろう。
それが今回は二神の力を持つ武器を同時に相手しなければならない。以前は「凍結」と「反射」の抽象画の合せ技でなんとか凌いだが、今回はどう切り抜ける? 同じ方法は通用しないだろう。脇谷もあの戦闘を見ていたのだから。
何か、手は――?
すると、脇谷の後ろから声が聞こえた。
「紫苑! 何をボケっと突っ立ってんだ! ――とにかくヤるぞ!」
最初に動いたのはクリムだった。一直線で脇谷の元に飛び、斬りつける。が、やはりバチでその剣撃を防がれた。
「脇役勢の憎き敵である主人公、さらには三次元種の味方までするなんて……情状酌量の余地なし! クリムゾン・ボースプリット! あなたは死ななくてはならない!」
そう言って脇谷は腰付近を舞う風袋に手をかざす。すると、袋は膨れ上がり、次の瞬間。
「うぉわ!?」
クリムは見えない何かに殴られたかのように、山頂から吹き飛んだ。脇谷の後ろにいる俺のところまで叩きつけるような風が吹きすさぶ。おそらく、風袋から風の塊が飛び出したのだろう。
「おわあああぁぁぁ……」
遠ざかっていくクリムの叫び声を聞きながら、俺は地面を蹴って脇谷に飛びかかる。攻撃直後の今を叩くしかない。こちらに背を向けている脇谷の背後、雷太鼓めがけて剣を振り下ろす。
だが、その攻撃も妨げられた。こちらを向くまでもなく、後ろ手に回したバチで防いだのだ。
「にゃろう……!」
「勝つためなら手段を選ばない貴方にしては無策ですね。不意打ちとはいえ単純に斬りかかるなんて。そんな遅くてか弱い攻撃でどうにかなるとでも? よーく考えて下さい。あなたは二・五次元種。身体能力はほとんど三次元種と同じ。そんな貴方が、私たち二次元種に敵うわけないでしょう。それなのに、不用意にこんなに近づくになんて……馬鹿ですね!」
脇谷はそう言うと、俺の方に振り返る。
直後――バチで俺の腹は突かれた。メリッという太鼓の音色よりも鈍く、嫌な音が体内で響いた。
「……っ!」
一瞬、視界が真っ白になる。バチが腹を貫通したのかと疑うほどの衝撃。息を吸うことも吐くことも出来ず、二本の足で立つのも辛い。俺がたまらず膝をつき、倒れ込もうとした時――。
「先にクリムゾン・ボースプリットから始末します。貴方はその間に乃蒼さんに「回復」してもらってください……ねっ!」
「がぁっ!!」
顔面に強い衝撃を喰らった。もはや為す術もなく衝撃に身を任せて飛び、地面に転がる。視界はグルグルと回り、全身余すところなく痛みが走る。
木にぶつかり、ようやく転がり終えた。パラパラと草や砂が俺の顔に降り注ぐ。……かろうじて意識はある。ゴロゴロと嫌な異音がする自分の呼吸音を聞き、まだ生きていることを自覚できた。
呼吸するだけで吐きそうなほどの痛み。なるだけ浅い呼吸を心がけながら、この数瞬の出来事を理解する。たぶん、屈んだ俺の顔を脇谷は蹴り上げたのだ。鼻の骨が折れる軽い音が生生しく耳に残っている。意識がギリギリあるのが最悪だ。なるほどたしかに奴は恐怖の想いを植え付けるプロフェッショナルだ。
霞む視界の端に映る脇谷がどこか遠くへ飛んでいった。正直、ホッとした。これ以上何か攻撃を受ければ、死んでしまう……!
生命の危機という根幹的な恐怖にさいなまれる中、どこからか「紫苑さんっ」と悲痛な声が聞こえた。バタバタと走り寄る音が聞こえる。乃蒼か。あぁ、とにかく早く「回復」の絵を描いて欲しい。
そして――
否、俺の中で既に答えは出ていた。
たった2発の攻撃でここまで身体を、心をへし折られるなんて――何が何でも、奴から逃げなければ。
数分、いや数秒前のいきがっていた自分を恨みながら、俺は心の底から恐怖していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます