第33話 真っ黒

 脇谷達の隠れ家である洞穴を出た後、すぐさま俺達は山頂部へと向かった。


 その頃には雷鳴は止み、風も落ち着いていた。しかし、それが逆に恐ろしかった。それはつまり、何かが終わったことを示していたからだ。


 夜空を覆った曇天は全ての光を遮り、山には濃い影が落ちている。視界は完全なる闇で包まれている。


 暗闇を駆け、山頂まであと数百メートルといったところか。道は段々と険しくなり、雑草が踏み均されているだけの獣道と大差ない。倒木や岩を跨いで進む。


 道なき道を進み続け、足元ばかりに気を取られていたが、ふと先を見据えた時。目の前には、燦々たるものが広がっていた。


「こりゃ……酷いな……」


 山道に沿って、何人もの人間が倒れているのだ。全員、白衣を着た旗師会の者達だ。白衣は血で赤く染まっている。みな倒れているが、一応生きてはいるようだ。耳を澄ますと微かに呻き声をあげている。


「紫苑、どうするよ、コイツら」


 クリムが倒れ込む一人に近づくが、手当ての施しようもなく立ち尽くす。


「あいにく俺達は「回復」の抽象画は持っていない。乃蒼の話だと、かなりの量を描いたはずだが、コイツらそれも使い切ったのか? 誰か残しているといいんだが……とにかく、俺らだけではどうしようもない。助けるにしても、乃蒼を救出するのが先だ」


 クリムを歯痒そうな顔をしていたが、渋々と頷いた。流石は漫画の主人公だ。傷ついた人を放って置くのは心苦しいらしい。俺はというと、先日深手を負わされたこともあり、少しだけ「これが因果応報か」と感じていた。……やはり俺は主人公向きの性格ではないんだなとつくづく思う。


 其処此処に倒れる旗師会の面々を横目にしながら、遂に山頂へとたどり着いた。山の頂は雑草が生い茂り荒れ果てている。山道とは違い平地で、テニスコート2面分ほどの広さだ。昔は登ってきた人達が休憩やキャンプをしながら、壮大な山岳と広大な空を一望できる絶景を楽しんでいたに違いない。それがいまや、遠くの山々も真っ暗な闇を抱え、空も暗雲立ち込めおどろおどろしい雰囲気を佇ませている。


 現在進行系で誰かが争っている気配は無い。不気味なほどの静けさだ。それでも警戒し、俺とクリムは高い雑草に身を隠す。互いに無言で周囲を確認する。


 すると、背の高い雑草のせいで気づかなかったが、広場の中央にぽつんと一つ大きな岩が置いてあった。それに気づいたと同時に岩の近くに誰かが立っていた。


「……紫苑! 見ろ!」


 クリムが指差した所、その誰かの足下に誰かが倒れていた。


 苔のような深い緑色の肌。上半身は裸で、衣服は藍色の袴と両肩に巡らせた深緑の帯だけ。両手両足首に金色の輪を付けている。あの現実離れした様相は――


「風神!? だけど、あれは……」


 緑色の巨躯はうつ伏せのままピクリとも動かない。気絶しているのか絶命しているのか定かではないが、とにかく風神は負け、その傍にいる者が勝ったという事なのだろう。


 闇が深く、その正体が掴めない。目を凝らし、段々とその「誰か」の輪郭が見えてきた。すると、奴も俺達の存在に気づいたのか、ゆっくりとこちらに向いた。


 岩の傍に立っていたのは、旗師会の班長、若草だった。ふらつき、肩を押さえている様子から、怪我をしていることがわかった。俺が気づくと同時に若草も俺達を見つけたようだ。


「貴様は……紫苑……」と言い放つと、突如として若草は口から血を吐いた。


「……!」


 俺が無言で驚く間に若草の身体はふらりと揺れ、前のめりになって倒れた。風神に覆いかぶさるようにうつ伏せで重なる。背中には大きく切り裂かれた傷跡があり、血が波々と溢れ出てきていた。


「紫苑さん!」


 現状把握で頭がいっぱいになっているその時、不意に聞こえた声。逼迫した声色だったが、間違いなくアイツの声だった。


「乃蒼! どこだ!?」


 辺りを見回すと、広場から少し離れた右手の雑木林の中、乃蒼が座り込んでいた。どうやら縄で木と身体を縛り付けられているらしい。


 辺りに注意しつつ、俺とクリムはすぐに乃蒼の元に向かった。罠らしいものも無く、あっさりと乃蒼を縛るロープを引き千切り、救出できた。その間、乃蒼は口をパクパクしていた。目元も赤く腫れ、どうやら泣いていたらしい。


「どこか怪我は?」


「あ、あの……し、紫苑さん……あの人が……あっ!」


 カチカチと歯を鳴らしながら再び泣きそうな声で喋る乃蒼が何かに気が付いたようだ。乃蒼の視線の先、あの大きな岩の方を見るとギョッとした。


 いつの間にか岩の上に誰かが座っていた。若草ではない誰かが。ぼんやりと空を見上げている。


 黒い雲で覆われた空だったが、ほんの小さな隙間から夜明け前の微かな月明かりが差し込んだ。


 その月明かりの光でそれが誰かはすぐに分かった。そいつは――。


「……脇谷! てめぇか!」


 名を呼ばれ、脇谷は解せない様子で首を傾げる。


「「やっぱり」? 「なんでお前がこんな所に!」……って驚くところでしょう? 折角凝った演出をしてあげたのになぁ」


「決まってんだろ。「知ってたから」だ。ここに来る前に、を見てきたからだ!」


 すると脇谷は「あぁ…」と自分の顎に手を当て、頷く。


「なるほど。一直線でこちらに来ると思っていたのに、それだけは誤算でしたね。まさか、子供達を気遣って様子を見に行った――なんてこと紫苑さんはしませんよね。何故隠れ家に?」


「色々と気掛かりがあってな。テメーがもしかしたら「そっち側」かと思ってたら……まさしくそのとおりだったんだよ!」


 睨むと脇谷は「へぇ」と頷く。座りこんでいる乃蒼だけがオロオロとしていた。


「え。ど、どういうことですか? 「そっち側」?」


 俺は頷く。


「脇谷は、二次元種だったんだよ。で、雷神と風神はこいつの手下だったんだ。おおかた、風神と旗師会を戦わせて、疲弊しきった若草を襲ったんだろ。風神を捨て駒にしてな!」


「え、えぇ!? そんな……」


「上手く騙せてたと思っていたんですけどねぇ。ここまで騙せてたら、最後の最後まで騙し通したかったんですが……いつ頃から怪しいと?」


 脇谷は言う。残念そうな台詞だが、そこには全く感情が込もって聞こえない。


「正直、隠れ家の中を見るまでは確証がなかった。だが、思い返せば怪しいポイントがいくつもあったよなぁ? 我ながら、それに気付けなかったのが頭にくるぜ」


 一息つき、続ける。


「一つ目。雷神と出会う直前。隠れ家から逃げたしたガキが言っていた「アイツから逃げなきゃ」が不可解だった。あの時点ではまだ雷神も出てきていなかったのに、何から逃げると? せっかく洞穴の中で隠れていたのに、何故外に逃げた? 一体誰から逃げるんだ? ……って考えたらあの洞窟内に逃げなきゃいけない「何か」がいたってことだろ。

 二つ目。雷神と戦ってる時、あいつは俺達に対して「貴様ら3人を」と言っていた。あの場に居たのは俺と乃蒼、クリムとアンタの4人だったのに、だ。1人だけカウント外の奴がいたんだよ。単なる数え間違いかと思ったが、あの雷神が敵を見誤るなんて考えられない。

 三つ目。これはただの直感だ。根拠なんてない。だが、一番大きい気掛かりだ。……あんた、俺達を初めて見つけた時、殺そうとしてただろ。あの時の殺気が、二次元種の奴らのソレだったんだよ」


 一度に捲し立てたせいで呼吸が荒くなった。俺が言い切るのを確認すると、脇谷はクククと笑った。


「なるほどです……つまりは最初から疑ってたと。カンで疑われちゃあどうしようもないなぁ。で、洞窟の中を確認して、確証に至ったと」


「紫苑さん! 一体、洞窟の中で何があったんですか?」


 我慢できなかった様子で食い気味に乃蒼が問う。あの場で見た光景が不意にフラッシュバックし、俺は一瞬言葉が詰まった。しかし、すぐに胸くそ悪さが込み上がり、それを脇谷に叩きつけるように言葉にして吐き出した。


「隠れ家の更に奥、坑道跡の先に部屋があった。そこで数十人の人間が鎖に繋がれていた。ご丁寧に、喉や手足を潰されてな」


 ヒッと乃蒼が息をのむ音が聞こえた。


「殆どが瀕死状態だった。生きるか死ぬか、ギリギリのラインで生かされてたんだろう」


 ――あの場に駆け込んだ時のことを思い返す。


 隠れ家の洞窟の中、ところ狭しと並べられた旗師会のテント。洞窟の更に奥、小さな坑道の先から子供達のすすり泣く声が聞こえた。俺とクリムは声のする坑道へと入り込んだ。しっとりと冷たく嫌に湿った空気。ライトがなければ右も左も分からない暗闇。そこを抜けた先、まず感じたのは酷い臭いだった。鉄と腐った肉の匂いが充満し、呼吸するたびに吐きそうになった。


 片手で鼻を押さえながら、ライトで先を照らす。そこには凄惨たる光景が広がっていた。ピクリとも動かない肉の塊がいくつも折り重なって放置されていたのだ。それが人だと気づくのに数秒かかったほどだ。ガリガリに痩せた人に近づき、震える手でその喉元に触れる。その時初めて死体ではなく生きていることを確認できた。微かな脈拍、浅い呼吸、冷えきった体温。もはや「生きている」ではなく「生かされている」に近かった。


 よく見ると全員手と足を鎖で縛られ、それぞれが繋がれていた。逃げ出せるような状態ではないのに、やけに用心深い拘束だ。――いや、用心深いのではない。これは強い恨みからくるものだと感じた。なにせ、拘束だけでは飽き足らず、口元まで縫い付けられているのだから。この家畜以下の扱いは凶気以外の何物でもない。


 そこでようやく確信した。脇谷こそがこの悲劇の元凶だと。


 ――思い返し、再び寒気がする。あれを作り上げた人物が目の前にいる。若干の恐怖心すら生まれていた。


「ひ……酷い……」


 乃蒼の悲痛な声に脇谷がため息交じりで応えた。


「いやいや、生かさず殺さずの状態で保存する――あれ、結構調整が難しいんですよね。現に何人か死んじゃいましたし。あ、お気づきかとは思いますが、あれのほとんどは隠れ家の子供達の親ですよ。子供にあんなことするとすぐに死んじゃいますから。でも子供は便利ですね。恐怖で支配すれば口も封じれますし、動きも制限できる。たまにパニック障害になる子もいますけど」


 ふんっと鼻で笑い続ける。


「面倒なのが蒐集家の連中なんですよね。殺すのは勿体無いし、野放しにしていると噛みついてくるし。なので、手足を削いだりして動けなくする必要がある。本当に面倒ですよ」


 ゾッとするような事をあっさりと言ってのける脇谷。やはりその思考は人間三次元種を家畜以下のモノと思っているようだ。狂気ではなく純粋に人間を見下し、生物として一線引いている。


 脇谷が乃蒼の方を見ると、不気味に優しく笑った。


「でも、絵師だけは特別です。一応、我々を創造してくれた親みたいなものですから。五体満足、メンタルケアもばっちり管理し、我々の仲間を死ぬまで量産して頂きます」


 青ざめた乃蒼が叫んだ。


「じゃあ、どうして柳さんを!?」


 涙ながら叫び、乃蒼が指差す先を見る。ここから少し離れた雑木林、女性が倒れていた。白い白衣が真っ赤に染まっている。すぐにその人が若草達の班唯一の絵師、柳だとわかった。


「絵師は特別って言ってた割に、やってることが随分違うみたいだが?」


 俺がそう言うと脇谷は再び鼻で笑った。


「全ての絵師が対象ではありません。実力あるものだけ特別待遇するんです。……あの女は駄目ですね。クオリティの低い絵を量産するだけの絵師と呼ぶのもおこがましい者でしたよ」


「なん…………ですって………!」


 ブツリと何かが切れるのが聞こえた気がした。俺の後ろで乃蒼が雷神風神顔負けの鬼の形相をしている。いまにも飛びかかりそうな乃蒼を制した。


「落ち着け。お前が殴ったって倒せる相手じゃない」


「でもっ!」


 乃蒼には悪いが、他人がブチ切れているのを見ると自分は冷静になれた。冷えた頭で考えると脇谷の言動がどうもおかしいことに気がつく。わざわざ俺達の前に姿を現し、やけに挑発的な態度をとる? ――少し考えると狙いがみえてきた。


「あの野郎、わざとお前を煽ってるんだ。心を乱すと抽象画が描けなくなるだろ? それが狙いだ。――俺はあの柳って人の絵で殺されかけた。それだけあの人の絵は想いやクオリティが高かった証拠だ。あの人が絵師としての劣ってるわけねぇだろ」


 乃蒼はまだ少し納得いかない様子だが、歯ぎしりしながらグッと堪えてくれた。しかし、脇谷がまた嘲るように笑う。


「あぁ、まさか紫苑さんがあんなので死にかけるほど弱いとは私も思っていませんでした。死なれちゃ困るので乃蒼さんにあなたが重傷であることを伝えて、助けに行くよう仕向けまてあげたんですよ? いやぁ、死ななくて良かったですね。――それにしても、本当に操り易い人だなぁ、二・五次元種という存在以上に頭の出来が中途半端なんですかね?」


 な、なんだと……?


「この野郎……!」


 今度は俺の頭の中で何かが切れた音がした。しかし、すぐに誰かが俺の肩に手を置き、制する。クリムだ。


「お前も落ち着け紫苑。お前も安い挑発に乗ってどうすんだよ……」


 む……確かに。少し反省。代わりにクリムが問答を続ける。


「脇谷、ちょいと聞きたいんだが、紫苑を「助けに行くよう仕向けた」と言ったが、なんでそんな真似をした? 有能な絵師として乃蒼だけを攫うなら、そんなことしなくてもよかったんじゃねーの?」


 クリムの質問も一理ある。たしかに何故そんなことをしたのだろうか。


「それは勿論、乃蒼さんだけでなく、紫苑さんも必要だったからですよ。DIGを使わずに二次元に干渉できる力……! なによりオリジナルのDIGにさえ無い「描き換え」の能力! これさえあれば我々二次元種はどんなに傷ついても紙の中に戻り、傷を描き換えれば元に戻れる! 死ぬことはない! こんな素晴らしい能力、野放しにするわけないでしょう!?」


 嬉々として語る脇谷は最後に付け加えた。


「ついでに言えば、クリムゾン・ボースプリット、貴女にも来て欲しかったんですよ」


「……へー」


 頷き、クリムを睨みつける脇谷の瞳には嫉妬の色が見えた。更に続けて言う。


「少し、歴史のお勉強でもしましょうか。三次元種と二・五次元種の紫苑さんは知らないでしょうが、二次元種がこの世界に現れ三次元種を蹂躙した後、ある時期を境に二次元種内で抗争が起こりました。

 それは「主人公勢」対「脇役勢」の戦いでした。作中で甘い蜜ばかり吸っていた主人公勢に対し、苦汁をなめさせられてきた脇役勢が反旗を翻したのです。

 本来であれば、想いの力の強い主人公達に脇役達が敵うはずもなかったのですが……想いの力の源である三次元種の大半が死に絶えることで主人公勢と脇役勢の差がなくなったのです! 我々脇役勢はあらゆる人気作品の主要キャラ達を1人ずつ潰していくことで勝ち残ってきたのです。

 当然、世界的にも有名だった人気漫画の主人公、クリムゾン・ボースプリットも我々脇役勢の抹殺対象となっていました。しかし、誰も貴女を見つけることができませんでした。……それがこんな所で出会えるなんて!」


 武者震いをしながら笑う脇谷。黙って聞いていたクリムがようやく口を開いた。


「なるほどね。テメーら脇役勢はこうやって人間に恐怖や憎悪を与え、負の「想い」を増やし、更に力を付けてきたのか。……脇役から立派な敵役になれたってわけか!」


「はっ! あなたのように作られた時から全てを与えられた主人公様に、私たち脇役の気持ちが分かってたまりますか! 貪欲に、狡猾に、欲しい物は他者から奪わなければならない、弱者の気持ちが分かりますか!?」


 クリムは拳を握りしめ、前傾姿勢になる。


「分かるわけねぇだろ! ……今はオレの方が弱者なんだよな? だったら見せてやるよ。正々堂々、真っ向勝負で守りたいもの守ってやる!」


 クリムはいつでも脇谷に襲い掛かる準備ができていた。乃蒼も同調し、鼻息を荒くしている。みなが怒り、一瞬触発の緊張感が辺りを包む。


 が、俺だけは未だに棒立ちで状況の俯瞰に徹する。


 先程はまんまと挑発に乗ってしまったが、このままではマズい。相手は旗師会を一人で片付けた強敵。どうにかして、頭に血が上った2人を抑え、冷静に対処しなければならない。無闇に仕掛けては、確実に殺される。


 ――と、考えていると、脇谷は急に俺の方へ視線を向けて笑った。


「紫苑さん、あなただけは私と闘う理由が薄いようですね。「隙を見て、とにかく逃げよう」とか考えてるんでしょう。ならば、あなたにも闘う理由を与えましょう」


「闘う理由?」


「私が何という漫画の脇役か答えていませんでしたね。私がいた漫画の名は「透明な羽の天使」。聞き覚えがあるでしょう?」


 確かに、聞き覚えがあった。否、忘れるわけがない。なぜならその漫画は――


「そう、あなたの母親である九里亜尋音と同じ漫画です!」 


 父の研究室の机の上に、大事そうに保管された漫画。本棚に雑多に配置されていた他の漫画とは明らかに扱いが違うそれらを、母の漫画生まれ故郷であることを直感で理解していた。その漫画の名を、この場で呼ばれるとは思ってもいなかった。――だが、その事実が俺の闘う理由になるのか?


 考え込む俺を尻目に脇谷はさらに続ける。


「そして、私は尋音の次にこの世界に具現化された二次元種達の1人なんですよ! そして、オリジナルのDIGを奪い、世界中に二次元種と解き放った張本人だったとしたらどうします!?」


 クリムと乃蒼のハッと息を飲む音が聞こえた。つまるところ、こいつはこの世界をめちゃくちゃにした張本人だということだ。そんな極悪人が目の前にいるが――俺はまだ揺るがない。


「……それがどうした。悪いが俺は正義のヒーローじゃないんでね。諸悪の根源を見つけた所で、成敗しようなんて――」


「では、あなたの家族を――をバラバラにした原因だったとしたら!?」


「――!?」


 父と母と息子をバラバラにした? 二次元種達の暴動が起こる前に父と母は俺を捨てた。爺や婆ちゃんからはそう聞いていたが、何故、父と母も離れ離れになっているようや言い方を? 



 ――もしや、俺が知らない出来事が当時起こっていたとすれば?


 俺の動揺が目に見えたのか、脇役は餌にかかった獲物を見るように笑う。


「さぁ、この言葉の意味を知りたくば、私を倒してください!」


 てっきり父と母は一緒に出て行き、俺だけを残し、ひとりぼっちにさせたのかと思っていた。すなわち孤独な想いをさせた原因は両親であり、恨む対象も両親だったが――それ間違いだとしたら? 俺は何年も愚かな間違いをしていたことになる……!?


 錯綜する感情に頭と心の整理が追いつかない。目の前の男は、そんな俺の姿を楽しんでいるように見えるのが更に俺を苛立たせた。


「アンタ、やっぱりいけすかねえ野郎だな。腹の中まで墨みてぇに真っ黒だな! ……いいからさっさと全部教えろ!」


 俺が吠えると脇谷は両手を広げて言う。


「言ったでしょう? 知りたくば私を屈服させてください! さぁ、これで二次元種、二・五次元種、三次元種――あなた達全員に私を倒す動機ができましたね! いい加減、話も飽きたでしょう! 三人まとめて、かかって来て下さい!」


 殺気というものは目で見えることを初めて知った。奴の背からドス黒い靄が立ち込めているようだ。怒り、戸惑い、恐怖、数多の感情が波のように押し寄せる。たまらず、俺は叫んだ。


「クリム! ……ヤるぞ! 乃蒼は何処かに隠れてろ!」


「おう!」


「は、はい!」


 クリムは腕を軽く回し準備体操。乃蒼はすぐさま近くの草むらへと身を隠した。


 こうなったら後には引けない。俺はバインダーを捲り、剣の絵を具現化する。

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