第19話 信頼
雷神と棒人間の戦闘は未だ続いている。しかし、それもあと少しで決着がつきそうだった。
「ぐぅ……チキショウ。いい加減電流が気持ちよくなってきたぜ……」
「ふん! まだそんな口を叩くか! もう強がりは止めろ!」
雷撃を過分に受け、クリムの身体は時折バチバチと小さな電気を体外に向けて放っていた。満身創痍の棒人間は、その場に膝をつき、今にも折れてしまいそうだ。
そんなクリムを虫けらのように見下ろす雷神は、腕を組んでふんぞり返っている。
「そんな無様な姿になってまで人間を庇いたいか! 何故だ!?」
ぜぇぜぇと全身で息するクリム。乾いた笑いを一つ溢すと、クリムは語った。
「元々、困ってる奴は放っておけない性質でね……。あの目つき悪男、可哀想な男なんだぜ? 生まれた時から両親と離れ離れでよぉ。コミュ障だから友達もできねぇし。ずっと一人ぼっちだったんだ。俺ぁ、それをずっと見てきたんだ……。そいつが、ようやく一人立ちしようとしてんだ。応援したくなるのが人情だろうがよ」
ケッとつまらなそうに雷神は悪態をつく。しかしクリムは続ける。
「それに、あいつがこんな事になったのは、俺達二次元種のせいなんだぜ? 俺達がこの世界に来なけりゃ、あいつはこんな目に遭うこともなかった。お前だって、村の人間を殺すことも無かった! どれだけ多くの人間が悲しんでるか分からないのか!? 俺達二次元種は、人間を楽しませるために生まれてきたのに、なんで悲しませなきゃいけないんだ!」
クリムが体に残る力を振り絞り、叫ぶようにそう言うと、雷神は頭を項垂れた。
「そもそも、貴様と我々とでは考え方が全く違うようだな。人間を楽しませる? ふざけるな! 我々を勝手に造り、無責任に崇拝――かと思えばゴミのように捨てる自分勝手な人間どもの玩具になれというのか!? 我々にも魂はある! 誇りがある! 存在を否定され、貶されることがどれほど苦痛だったか! ……これは、我ら二次元種の反乱だ! 身勝手な人間どもに復讐する、下克上だ!」
雷神は怒りを体現するかのように大きくバチを振り上げた。
「貴様の戯言はもう聞き飽きた。さらばだ、愚かな落書きよ」
今まさに、雷神のバチが雷太鼓を叩きならす――その時だった。
雷太鼓に何かが飛んできた。
赤い結晶。衝突の瞬間、周りには無数の矢印が浮かび、消える。
話に熱が入り、雷神はそれが飛んでくることに気づかなかった。
「――! なんだ、これは! 何者ぞ!」
雷神は振り下ろしていたバチを止め、結晶が飛んできた方向を見る。そこには三人の人影がいた。
一人は先ほど自分が蹴とばした蒐集家、紫苑。
一人は数分前にも出会っていた絵師らしき少女。
一人は先日滅ぼした村にいた青年。
三人が緊張した面持ちで雷神を見ていた。
雷神は何をされたのか分からないといった様子だったが、不敵の笑みを浮かべて言う。
「……全く、うっとおしい奴らだ。そんなに早く死にたければ、先に貴様らから屠ってやろう! この棒人間のように、真っ黒な炭クズに変えてくれるわ!」
太鼓の叩きつける角度を変え、俺達に向けた雷撃を打ち込もうと、バチを振り下ろす。ドンという重く鋭い雷を模した音と共に、雷撃が三人を襲う――はずだった。
雷神は確かに太鼓を叩いたが、雷は落ちなかった。
「な……何!? 何故雷が出ない!? いや、そもそも――」
ここにきて初めて雷神は心底驚いた様子を見せた。自分が持つバチと太鼓を交互に見比べる。確実にバチを太鼓に打ち付け、鳴らしたはずだった。手にも叩いた感触があったはずだ。それなのに音だけが出なかったのだから、驚くのも無理はない。
雷神が慌てふためく中、遠く離れたところにいる俺は安堵のため息を溢した。俺の溜息が聞こえ、雷神は我に返ったのか少し落ち着きを取り戻したらしい。こちらに問いかける。
「小童……! 貴様っ! 何をしたっ!」
怒る雷神に睨まれるが、俺は淡々と応える。
「ずっと、雷をどうすりゃ防げるか考えていたが――違う、そうじゃなかったんだ。お前ら二次元種のやり方は滅茶苦茶だからな。人間基準で考えちゃ駄目なんだ。ちゃんと、お前たちの持っている
続けて言う。
「お前が言ったんだぞ。「太鼓は叩けば音が鳴る。音が鳴れば雷が出せる」って。だから、太鼓の音を消したんだよ! お前の設定に従って、雷太鼓の効果を失くしたんだ!」
そう言われるが、雷神には未だに理解ができていないようだ。
「太鼓から音を消すだと? たとえ氷漬けにされようが、叩けば鳴る太鼓を……? そんな……そんなことができるものか!」
怒り、雷神は再び太鼓を叩きつける。己が渾身の一撃を叩き込み、氷漬けにされた鼓面が確かに揺れるのを感じた。鼓面が振動すれば、音が出るはずだが、やはり音は出ない。
「なぜだ! なぜ……!?」
雷神は食い入るように太鼓を見つめる。自分の放った衝撃が太鼓まで届いているのは目に見えて分かる。
「……はっ!」
ここで、ようやく雷神は異変に気づいた。
氷漬けの太鼓の中に異変が起こっている。目を凝らすと分かった。
否、厳密にはそれも違う。同じ波長ではない。太鼓の鳴る波長とは、逆の波長だ。太鼓が送る波長を、氷が反対の波長として「反射」しているように。
「こんな……まさか!」
起こっている現象は理解したようだ。親切な俺は説明してやることにした。
「太鼓のような打楽器から出る音の波長は平面波と呼ばれるらしいな。そして、その平面波を消す方法は、逆位相の波長をぶつけること。更に、その逆位相の波長の作り方は、受けた波形を固定端反射すれば良い。「凍結」の抽象画に「反射」の抽象画を
かつて家の倉庫に仕舞われていた物理学の本を読み得た知識だった。漫画以外の本も読んでおいて助かった。
そして、元々乃蒼が身体を暖める為に作った「反射」の抽象画。『熱と――あとは、光とか音くらいのものしか反射できない』という言葉を我ながらよく覚えていた。
確かな知識とでたらめな能力。この2つを掛け合わせ、ようやく雷太鼓を封じ込めることに成功したのだ。
唯一の武器を封じられた雷神は、その事実を突きつけられ数秒間固まったままだった。
しかし、次の瞬間大きく笑い出した。
「ふははははっ! なるほど、強力な雷を封じるのは無理だが、音ならば封じられると! いいぞ、小童! ここまで追い詰めたのはお前が初めてだ!」
笑いながら雷神はバチを足元に投げ捨てる。そして、未だ立ち上がることのできないクリムを一瞥すると、まるでゴミを払い除けるようにクリムを俺達の方へと蹴り上げた。
「クリム!」
吹き飛ばされたクリムを俺はしっかりと受け止めた。蹴り自体にたいしてダメージは無かったらしく、クリムは一応無事のようだ。
「……おう、紫苑。ナイスキャーッチ……。それにしても、よくやったな」
「あぁ。お前が時間稼ぎしてくれたお陰だ」
「おぉ。……え、気持ち悪っ! お前が素直に褒めるなんて……さっき転がった時の打ちどころが悪かったのか?」
「折角褒めてやってんのに口の減らねぇやつだな。そういえば、さっきの演説はなんなんだ。お前はいつから俺の保護者になったんだ」
「あらら、聞こえてたのね。ちょっと恥ずいぜ。でも、事実だぜ。紙の中からとはいえ、爺さんと婆さんに次いで、お前を見てきたのはオレなんだからよ」
「その紙を保護してたのは俺なんだが」
「う、うーん。それもまた事実だな! 守り守られ……素敵な関係じゃないの! ガハハハ」
クリムがの手の中で笑っていると、それをかき消すように正面からも笑い声が聞こえてきた。雷神だ。
「貴様ら! 勝鬨を上げるのはまだ早いぞ! 雷が使えなくなったとて、儂は雷神! 貴様らが崇める神だ! 貴様ら3匹の虫けらなぞ、雷が無くても殺せるわい! ――神の鉄槌を、喰らうがいい!」
雷神は拳を握りしめ、正拳突きの構えをとる。そして、全身の筋肉が膨れ上がった。
次の瞬間、雷神の周囲に風が吹き、薄い雲がその身体を包む。
恐らく、俺を追いかけてきた時のように、宙に浮かび飛び、突っ込んでくるのだろう。あの周囲の雲は空を飛ぶためのアイテムか。
奴の言うとおり、雷を封じたところで国宝級二次元種に変わりはない。潜在能力は俺達より格段に上だ。既による殴打で余裕に人を殺せるはず。このままでは、数秒後にはこちらに飛びかかり、その神の鉄槌とやらで俺達は皆殺しにされるだろう。
「紫苑……! ボケっとしてないで、早く逃げ――」
「いや、もう逃げん。というか、逃げれないだろ。乃蒼や脇谷がいるからな」
辺りは炎で囲まれている。乃蒼達が入ってきた抜け道まで逃げる余裕も無いだろう。
今、ここで、決着をつける他ない。
「だったら何か策は!? 乃蒼の抽象画か何かないのか!?」
珍しく本気で問いかけるクリム。ダメージ量からも流石にふざける気力がなくなったらしい。
俺はチッと舌を鳴らす。嗚呼、もはや万策尽きた。――どうしても使いたくなかった、たった一つの策を除いては。
俺は言い淀んだが、勿体ぶる時間も無い。死がすぐ目の前まで差し迫っているのだ。ポツリと独り言のように微かな声で言う。
「……お前を「元の姿」に戻す」
そう言うと、クリムは固まった。俺の言葉を頭の中で反芻しているようだ。そんなクリムを片手に、俺は一枚の白紙を取り出し、DIGで表面を撫でる。
「い、いいのかよ、あれだけ「裏切るから駄目だ」って言ってたくせに」
震える声で、信じられないものを見る目で(目は無いが……そう見ている気がした)、クリムは俺に言った。
「どうせこのままだと奴に殺される。奴に殺されるか、お前に殺されるかの違いだけだ」
「――馬鹿野郎、俺はお前を殺さねぇよ。素直に「信頼してる」とか言えよ」
俺は口を閉ざす。
先程の窮地の中、クリムが雷神に主張した俺のことや二次元種に対する思いを振り返る。あんなこと聞かされては、こちらもそれ相応の応えが必要だろう。
……少しはこいつを信頼してもいいかもしれない。だが、なんか癪に触るから、言葉には出してやらない。
俺はクリムを紙に近づける。その行動に、クリムは一切抵抗しなかった。
「ししし、紫苑さん! 来ますよ!」
後方の乃蒼のその声に一切動じることなく、クリムを綴じ込めた紙に手を入れたまま呟く。
「"UNDO"」
――風が、吹いた。
僅かに辺りを照らしていた月明かりが陰り、視界に闇が増す。
影を作ったのは雷神。拳を構えた鬼神が、眼前に飛び込んできていたのだ。
「死ねぃ! 小童共!」
まさしく雷の如く素早い拳が振り下ろされる。狙いは俺の頭。そのまま頭ごとぶち抜くような勢いだったが――。
止まった。否、止められた。
バチンと、電気が弾けたような音と共に、雷神の拳は
「なっ――!?」
驚く雷神の目に飛び込んだのは、俺が持った紙から出てきた「手」。人間の手だ。
紙から伸びた手が雷神の渾身の一撃を受け止めたのだった。
「ちぃ!」
雷神は後ろに飛び退いた。その顔には僅かに動揺の色が見える。
紙から手だけが出ているのは一見してホラーのように見えるが、それが怖かったのではない。紛れも無い渾身の一撃を止められたのが恐ろしかったのだろう。
「な、なんだその手は!? あの棒人間以外に、我らに逆らう二次元種がいるのか!?」
雷神がそう喚き散らす中、紙から出ていた手は肘、肩の順にその姿を露わにし、雷神が言い終わるころにはその全貌を表していた。
そいつは気怠そうに頭を掻き、辺りを見渡す。大きく深呼吸し、背伸びする。
後ろで結い纏め上げられた金色の長髪は、月明かりでキラキラと輝いている。紅い瞳と満足気に微笑む唇からはみ出した八重歯。中性的な顔つきは幼いが、俺より少し高い背格好から歳は17,18歳くらいに見える。
首元の長く紅いマフラーと、黒いボロ布のような外套がバサバサと風でなびく。一瞬吹き抜けた突風が外套をめくり上げると、白シャツの上にレザーベスト、黒いパンツと丈の長いブーツを露わにし、大航海時代の海賊のような服が垣間見えた。――また、その豊満な胸から女性であることが一目で分かる。
女は後ろを振り返り、ニヤリと笑うと、再び雷神の方へ視線を移して口を開く。
「こんな奴らの味方する奇特な奴ぁ、この世にたった一人しかいないぜ? さあさあさあさあ! 満を持してオレ登場! そういや自己紹介がまだだったな! 名乗らして頂こう、オレの名は……おっと、そろそろお時間か。気になるオレの正体は――次回へ続く!」
と、誰に向かっていっているのか分からないが、女はしたり顔でそう叫んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます