第18話 合流

 落雷が一撃、二撃と頭上から降り注ぐ。


 その度にクリムは飛び上がり、俺の身代わりとなって雷を受けた。そして、その隙に俺は雷神の懐に飛び込み、斬撃を繰り出す。だが、そのほとんどを雷神はバチで受け止める。たまに斬撃が雷神の腹や腕に当たるが、やはり決定打には至らない。


 それでも俺は攻撃の手は止めなかった。攻撃の手を止めた瞬間、それが俺達の命も終わる瞬間でもあるのだ。


 一撃、二撃、三撃……太刀筋を変え、手を止めずに攻め続けるが――やはり雷神は止まらない。


「ふん! いいぞ! 小童! 今まで屠ってきた蒐集家の中で一番良い動きをする! その齢でこの境地へ辿り着くとは!」


 そりゃどうも。国宝級二次元種に褒められるとは恐悦至極。傭兵崩れの爺に鍛えられたかいがある。だが、必死で剣を振るう俺はそれに返答する余裕もなく、苦笑しかできない。次なる攻撃に移ろうと剣を振りかぶる――しかし、


「お前は後で相手をしてやろう。今はそこな二次元種の面汚しを始末するのが先だ!」


 剣を振りかぶった、一瞬の隙。雷神は喝と共に、目にも止まらぬ速さでバチを突き出し、俺の胸部を穿った。


「――っ!」


「紫苑っ!?」


 だるま落としのように頭に乗っていたクリムだけがその場に残り、俺は後方に吹き飛ばされた。地面に叩き付けられ転がる。視界に映る世界はぐるぐる回る。転がりつづけた体も木にぶつかってようやく止まった。


「――っぐはっ! ……」


 転がる間、死んだように止まった肺が数秒ぶりに動き出してくれた。呼吸を取り戻したが、酷く辛い。肋骨にヒビでも入ったのかもしれない。吐血とまではいかないがむせ返り、突かれた胸の鈍痛はズシリとまだ残っている。


 痛みに悶ながらも、雷神とクリムの話は耳に入ってきた。


「全く、デタラメな奴め。そんななりでよくも儂の雷を耐えたものだ。――で、どうする?」


「「どうする」って? 勝負方法でも変えるってか? だったらジャンケンだけはやめてくれ。こんな手だからチョキが出せないんだ。グーとパーの違いも分かりづれぇしな」


 クリムの強がる様子に雷神は吹き出しながら言う。


「このまま死んでいいのか? と聞いているんだ。お前の味方していた人間も、蹴鞠のように軽く吹き飛んでしまったぞ。三次元種なんぞに肩入れせず、二次元種同士仲良くしようではないか。お前が先程の戯言を訂正すれば、の話だがな」


 するとクリムは呆れたように溜息を吐く。


「かぁ~、その台詞、如何にも敵役ヴィランっぽいねぇ。俺がいた世界でもそんなこと言うやついたぜ。敵役ヴィラン界ではそういう言い回しが流行ってんの? ダセェからやめとけ?」


 飄々としたクリムの態度に、ついに雷神がキレた。


「この落書き風情が! やはりお前は消し炭にしてくれるわ!」


「おー怖、雷落っこちたぜ。……いいからさっさとヤろうぜ!」


 雷太鼓の音を合図に、雷神と棒人間がぶつかり合う。


◇◆◇◆


 雷神とクリムの戦いは、ほぼ一方的なものだった。


 雷神が雷太鼓を狂ったように叩き鳴らし、雷撃を落とす。その雷一つ一つをクリムは舞うように躱すが――時には直撃もした。しかしクリムはめげずに次の雷を躱す。余裕がある時には雷神本体目掛けて蹴りを繰り出すが、やはりバチで受け止められてしまう。ものの数分ほどの戦いだったが、その攻防は雷の如く速く激しいものだった。


 俺はというと、ようやく正常な呼吸を取り戻したところだった。立ち上がり、バインダーに手をかける。しかし、立つのもようやくな状況で何ができるのか。


「どうする? 俺が対抗できるのか?」


 呟き、自分の弱さに苛立ちを覚える。背にした木を叩き、悪態つく。


「クソっ! せめて、絵師がいれば……!」


「呼びました!?」


「うぉおっ!?」


 唐突に背後から来た声に俺は飛んで驚いた。聞き覚えのありすぎる声。振り返ると、奴がいた。


「……乃蒼!?」


「遅くなりました! 相棒ここに見参! です!」


 相当急いで走ってきたのか、頭のベレー帽が今にもズレ落ちそうな角度で乗ったまま、乃蒼は何かの決めポーズを取っていた。恐らく何かの漫画のポーズだろう。徐々に(帽子がズレる)奇妙なポージングだった。そして、その後には脇谷が苦笑いしながら立っていた。


「なんであんたがここに?」


 乃蒼を完全にスルーしながら問うと、脇谷は何故か申し訳なさそうに答えた。


「護衛を頼むだけ頼んで、自分は逃げるなんて忍びないと思いまして。ちなみに、あの逃げ出した子は無事です。今、他の子達の元にいます」


「そうか。そりゃあ、良かった」


「あの、そろそろ私にもコメント頂けませんか?」


 未だにポージングを決めている乃蒼だったが、俺は一瞥くれてやると無言でその額にチョップした。


「いて……。酷いです!」


「うるせ! というか、お前らどうやってここに!? 火に囲まれてたはずじゃ……?」


 俺はぐるりと辺りを見渡す。先ほどの雷神の雷撃により、辺りは炎に包まれているはず――だったが、ここより山頂方面に火の手が見えない箇所があった。


「えぇ! ほとんど炎に囲まれてましたが、一か所だけ氷で炎が消えているところがありました! たぶん、私の描いた「凍結」の絵の効果だと思うんですが、違いますか?」


「……あぁ。そうか、あれか」


 少し考えた後、思い出した。


 雷神の雷太鼓を凍らせた後、再度「凍結」を繰り出そうとした際に、誤って明後日の方向に結晶を飛ばしてしまったのがあった。それが、山頂方面に飛んで、取り囲んでいた炎の一部分を消したのだろう。


「ミスったと思っていたが……思わぬ僥倖になったな。あ、そういやお前の抽象画、勝手に使ったぞ。わりぃな」


「いえいえ! お役に立てたなら本望です! ついでにこれも使ってください!」


 何か思い出し、乃蒼はリュックから一枚の紙を取り出した。


 緑色と黄色の絵の具を使った抽象画だった。中心には緑の円があり、それを中心に黄色や黄緑色の線が放射上に描かれている。


「これは?」


「「回復~初めての治癒(ちゆ)~」です! 紫苑さんが怪我をしているんじゃないかと思って、走りながら描いてきました! 怪我、してますよね?」


 雷神に殴られた胸の鈍痛がドクンと脈打つ。


「ちょっと、な。「回復」の抽象画か……使っても大丈夫なのか?」


 恐らくその題名の字の如く、怪我を治す事象を発生させるとは思うが……正直、不安だ。


「大丈夫です! 相棒を信用してください!」


 自信満々な乃蒼とは対照的に戸惑う俺。確かにこのまま負傷した状態ではクリムを助けるどころか、足を引っ張ることしかできない。一か八か、賭けるしかない。


「分かった……。その絵、使わせてもらうぞ」


「はい!」


 乃蒼から受け取った紙に手を触れる。


 取り出したるは緑色の結晶。仄かに温もりを感じる。


 ごくりと生唾を飲み込み、それを「ええい。南無三!」と言いながら、自身の胸に押し当てた。すると、


「……お? ――おぉ! 痛みが消えた!」


 胸にじわりと温もりを感じ、こんな状況にも関わらず微かに高揚感も生まれた。先ほどから続いていた鈍痛がすっかり消え、呼吸もし易い。


「南無三って言う人初めてみました」


 驚く俺に対して、違う所で驚く乃蒼。しかし、乃蒼はすぐにハッとして言う。


「で、どうしましょう? 早くクリムさんを助けなきゃ! 私が短時間で描ける絵と言ったら……やっぱり抽象画になります。また「凍結」の絵を描けばいいですか?」


 未だ「回復」の効果に驚いている俺だったが、乃蒼に問われ、すぐに頭を切り替えた。


 再度「凍結」絵で雷神本体を狙うか? いや、正直当てられる気がしない。最初に凍結を当てた時と違い、戦闘が始まりアンテナがバリバリに立った奴にたとえ不意打ちでも攻撃を当てるのは至難の業。なんとか当てれそうな雷太鼓でも、これ以上「凍結」を重ねたところで意味がなさそうだ。叩いて音が鳴れば良いというのは厄介な設定だな。


 ――が、思考を巡らせた中、浮き出たあるワードがを与えた。


 『「凍結」を重ねた』


 ふむ、と頷き、熟考。そして、乃蒼に言う。


「「凍結」は描かなくていい。「あの」抽象画を描いてくれ」


 俺はとある抽象画の作成を乃蒼に依頼した。

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