第30話 姉妹
夕刻前の森の中、オレは一人歩く。
赤いマフラーは森の中で目立つが、そんなこと気にせず堂々と辺りを見渡す。あるモノを探す――が、目当てのものは見つからない。はぁ、とため息が溢れる。上手くいかないもんだな、色々と。探索にも疲れたし、ちょうど近くに倒木もあるので、腰掛けることにした。
「ちぇっ、なーんも見つかんねぇや。熊か猪でも出てこねぇかなと思ったけど……季節的にまだ寝てんのかね」
そう言って吐いたため息も白く煙る。まだ獣たちは冬眠しているのだろう。洞穴の中、死んだように眠る紫苑のように。
橙色になり始めた空を見上げ、再三ため息を溢す。しかし、すぐにハッと我に返った。
「いやいや、このオレ、クリムゾン・ボースプリットってこんなキャラだったか? もっと爽快で快活で活発なキャラだっただろ。空を見上げてため息溢すような性格じゃあない。こういう陰気なのは紫苑の役割だぜ」
倒木から立ち上がり、軽く屈伸。準備運動で気持ちを入れ替える。憂いている場合ではないのだ。今は陰気な紫苑のために、食糧の調達をしているところなのだ。倒木の上に立ち、辺りを見渡す。
「今のあいつにゃあ血が必要だかんな。日が暮れるまでに、何かみつけなきゃ」
背中を刺され、大量に出血した紫苑。オレもかつて大怪我をした時には肉を食いまくって治したんだっけ。あの場所が――
そもそも、俺がいた世界とこっちの世界では物事の成り立ちや性質がまるで違う。こっちの世界の人間は魔法を使えないし、体も脆すぎる。そんな奴らからすれば、なるほどたしかにオレ達の世界は空想の世界の住人なんだろうな。
だがオレ達はそれが空想であるとは微塵も思っていない。1人1人生きてきた記憶がある。あの痛みも悲しみも苦しみも、そして幸福も全て本物だ。それを否定されれば――作り物だと言われれば少し怒りたくもなる。が、なにも人類を皆殺しにするほどでもないと思うけどなぁ……。今まで見てきた
っと、いけね。こんな考え事をしている場合ではない。紫苑の怪我のことを考えていたのに、脱線してしまった。……まぁ、治療法はオレ流で大丈夫だろう。
「オレが怪我した時は、三日間寝たきりだったんだっけ。それに比べりゃ紫苑の怪我は軽いもんだな。ガハハ……」
笑い、昔を思い出す中で気づいてしまった。たしかにオレの方が大怪我だったが、あの頃と違う点が一つある。それは、紫苑には『仲間がいない』ことだ。いや、オレは仲間のつもりなんだが、あいつはそうは思っていないんだろう。
はぁ、とまたしてもため息を溢してしまった。
「あいつに仲間がいればな……。あーあ、ちくしょう。乃蒼が戻ってきてくれたらなぁ」
と、呟きながら後ろを振り返った、その時。
「ただいま戻りました!!」
頭上の木から、逆さまの生首が飛び出した。
「うおおおおぉぉぉ!?」
「うわわわっ!」
口から心臓が飛び出るかと思った。オレの絶叫に呼応して、その生首も目を見開いて叫んだ。そして、そのままボトリと地面に落ちる。……びっくりした、生首かと思ったら、ちゃんと身体も付いてた。
オレ自身倒木からずり落ちそうになったが、体勢を整え、改めてその人物を確認する。夕暮れ時で誰だか一瞬分からなかったが、その見覚えのある人物に、オレは再び驚き叫ぶ。
「の、乃蒼! どうしてここに!?」
「いてててて、ビックリした……。どうしてって紫苑さんが怪我をしていると聞いたもので。今、どこにいるんですか?」
葉っぱや小枝にまみれた乃蒼。木からずり落ちたが、大きなリュックがクッションとなり、特に怪我はないようだ。……というか、木から落ちてきたということは、そんなバカでかいリュックを背負って木の上を渡ってきたのだろうか? 案外、フィジカル強いな。
乃蒼の無事を確認できると、オレは辺りを見渡す。
「そうか……ところで、旗師会の奴らはどうした? 近くにいるのか?」
グルリと見回すが、それらしい気配を感じない。
乃蒼は淡々と「いえ、居ないですよ。旗師会、抜けてきちゃいましたから」と言う。そうか、抜けてきたのか。
オレはその言葉の意味を理解できず暫くキョロキョロ辺りを見回していた。そして数秒後、言葉の意味を理解すると、思わず大きな声が出た。
「抜けた!? アイツらと縁を切ったってことか!? なんで!?」
「まぁ、色々とあったのです。それより、早く紫苑さんの所へ行かなきゃ! 怪我、まだ完治してないんですよね? ……それとも、もしかして私、要らない子でした?」
「い、いや、そんなことは……」
何がなんだか分からないが……とにかく、いい方向に流れが向いてきた気がした。オレは乃蒼の手を奪い取るように素早く、強く握る。
「要る! お前が必要だ! まさか戻ってきてくれるとは……本当に助かるぜ!」
「どぅへへ……いえいえ! 私も自分のやりたい事をしたかっただけですので!」
そう言って乃蒼はオレの手を強く握り返す。――オレは、目頭が熱くなるのを感じた。
「うぅ……やっぱり良い奴だなぁ。こんな子があいつの相棒なんて……」
「クリムさんこそ紫苑さんにつきっきりで大変だったでしょう! でも、どうしてクリムさんはそこまで紫苑さんのことを? あ、もしかして……好きなんですぅ?」
ちょっと困った様子でそう問われるが、オレは笑って返す。
「いやいや、そういうのじゃねぇぜ。あいつが小さい頃から見てたからなぁ。あいつの保護者というか――姉貴になった気分なんだよ。出来の悪い弟分は放っておけねぇよな。ガハハ」
すると乃蒼は合点がいったようにぽんと手を叩く。
「たしかに、紫苑さんって基本スペックは高いんですけど、運がなさすぎてポンコツっぽく見える時がありますよね」
「割とキツイこと言うな…」
「あ、いや……紫苑さんには内緒ですよ? ちなみに、私はなんだか紫苑さんを小うるさい兄のように思っています。クリムさんが紫苑さんの姉ということは……三段論法的に、クリムさんは私の姉、という事になりますね! そもそも、クリムさんの漫画の作者が私の父ということは……私達って実質姉妹みたいなものでしょうか?」
なるほど、たしかに。あのゴタゴタの中で埋もれてしまったが、乃蒼の父=オレの作者ということは、ある意味オレ達は姉妹なのかもしれない。
「……嗚呼、妹よ!」
「お、お姉ちゃーーん! うわぁーい!」
握った手を放し、オレ達はガシッと抱き合う。乃蒼はヤケに強くオレの胸に顔を埋める。まぁ、妹だから勘弁してやるか。暫くしてから、オレは乃蒼を持ち上げ、その場で二、三回転する。
「アハハハ」「ウフフ」と更に数回転し、少し冷静になると乃蒼をそっと地面に下ろした。
こんなことしてる場合ではなかったと反省。
「……さぁてと、感動の再開も済んだし、我らが兄弟の元に急ぐぜ!」
「一瞬、紫苑さんを忘れてました。はい! 行きましょう!」
段々と乃蒼も紫苑の扱いを心得てきたようだ。今のやり取りを紫苑が見てたら、ブチ切れるんだろうな。クククと笑いが込み上がった。そういや俺も
俺と違う境遇だと思ったが――お前も同じだったようだな、紫苑。お前にも、ちゃんと危機に駆けつけてくれる、仲間がいるんだよ。
もうため息なんて出なかった。爽快で快活で活発なオレは乃蒼と共に森を進む。
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