第22話 逃走

 理解し難い真実を、乃蒼はただ復唱することしが出来なかった。


「紫苑さんが……二次元種と三次元種の、ハーフ!?」


「……」


 俺は黙ることしかできなかった。そんな俺を若草が指差す。


「紫苑、貴様は最初に私へ「お前は二次元種か? 三次元種か?」と聞いたな? ならば、貴様はどうなんだ!? 貴様は二次元種なのか? 三次元種なのか? ……答えはどちらでもない。貴様はさしずめ、二・五次元種とでも呼ぶべきかな」


 言い終わり、吐き捨てるように笑う。俺は、何も言い返せなかった。言葉が、出てこない。


 反論を期待したのか若草は少し待っていたが、いつまで経っても返事が出ないことを悟ると再び語り始めた。


「初めは純粋に貴様らの実力を見てやろうと静観していた。だが、驚いたよ。まず、そのDIGが、虹守が使用し我々に提供したプロトタイプのものだった。その時はまだ、貴様は虹守の関係者程度だと思っていた。


 しかし、貴様が二次元種と共に戦っているのを見て初めて異常を感じた。これは何か裏がある。そう思い観察を続けると、今度は二次元種の描き替えをしたではないか! あれはDIGの機能にはないものだ。一体どういう仕組みなんだと考えた時、ふと思いついた。お前がならば、それも可能なのでは? と。そして最後にお前自身が証明してくれた。まさか紙に中に自ら入るとは!


 これで、おのずとお前の正体が何なのか分かった。この結論ならば全ての事に説明がつく。貴様が、虹守と二次元種の女との間に出来た子供という結論ならばな!」


 長い長い沈黙の末、俺は首を縦に振った。


「そうだ。あんたの言う通りだ。俺は虹守典哉とその嫁、二次元種との間に生まれた」


 直後、若草は高笑う。しかしすぐに笑いを止め、また厳しい口調で問いつめ始めた。


「やはりそうか! 虹守は今、どこにいる!? そして、貴様はそのDIGを使って、何をしようとしている!?」


「親父はどこに居るか知らない。俺も親父を探している。……そうか、あんた達も知らないのか。ちっ、アテが外れちまったな」


 俺は自分でもわかるほど張り詰めた顔をし続けていたがようやく笑うことができた。少し、ぎこちないが。

 

 若草は更に追及する。


「父と会って何をする気だ! またこの世界をめちゃくちゃにする気か!?」


「別にそんな大層なことしねーよ。ただ会うだけだ。子供が親に会っちゃいけないのかよ」


「貴様ら親子に限ってはな。何をしでかすか、分かったものじゃない」


 睨み合う俺と若草。乃蒼はオロオロと両者を交互に見ている。脇谷とクリムは依然として静観を決め込んでいた。


 沈黙の中、微かに殺気のようなものを感じた。俺は、いつ戦闘が始まってもいいように身構える。


 若草はそれを察したのだろう。右手を上げ、声を張って言う。


「とにかく、貴様のDIGは回収させてもらう。抵抗すれば、我々、旗師会が相手になろう!」


 その言葉を合図に、若草の後ろに広がる木々の間から、複数の人影が現れた。皆、若草と同じ白衣を身に纏い、その両手には黒いDIGを装着している。若草と違う点はそれぞれ白いヘルメットとガスマスクを装着していることくらいだ。


 現れた者達の数は、目測15人。いつでも飛びかかれるように身構えている。


 俺は自分の後方を確認するが、後方には誰もいないことが分かり少しホッとした。恐らく、後ろにはまだ雷神が残した炎があるため、旗師会は回り込めなかったのだ。


 それが分かると、クリムに視線を送る。アイコンタクトが通じたのか、クリムは小さく頷いた。


 俺はすぐさまDIGを外し、両手を上げながら降参の意思を示す。


 若草はまたつまらなさそうな、残念そうな顔をしているのが腹立たしいが、DIGを掲げながら言う。


「返せと言うなら返してやる! これで文句はないだろ?」


 すると若草はニヤリと笑う。


「貴様が持つ絵も全て没収だ。雷神の絵と武器もこちらに渡せ」


「欲張りだな……」


 俺は腰のバインダーを取り外す。


「ほらよ!」


 俺はDIGとバインダーを放り投げた。手袋とバインダーは俺と若草の中間地点へ飛んでいく。


 皆がその軌跡を目で追っている。殺気が緩み、油断が生じた今がチャンスだ。


「――だが、身柄まで拘束される訳にはいかない!」


 俺は後方に向かって全速力で駆け始めた。それと同時にクリムも駆ける。


「行くぞ! クリム! 炎は任せてもいいな!?」


「おうよ! 炎の一つも操れなきゃ、「クリムゾン」の名折れよ!」


 駆け出した瞬間、若草は舌打ちし、後ろに並ぶ者達に指示を出す。


「しまった、クリムゾン・ボースプリットは炎を操る! 炎の壁が突破される! β、γは奴らを追え!」


 そう叫ぶと若草の後ろで控えていたうちの10名が俺とクリムの後を追う。それは一部の迷いも戸惑いも無く、獲物を狩る集団の狼のように統率のとれた迅速な行動だった。


 置き去りにされた乃蒼は振り返り、森の中に消え行く俺に向かって言う。


「紫苑さん! 私も――」


 と、言い、走り始めようとした時。若草が間髪入れず叫んだ。


「絵垣君! いいのか!? 彼に味方するならば、我々と敵対することになる! 父親と会えなくなるぞ! それでもいいのか!?」


「えっ、あ……うぅ……」


 乃蒼の悩んだ声が微かに聞こえた。


 言わねばならない。散々人を疑う発言をしておきながら、俺自身がもっとも大きな嘘をついていたのだから。俺は走りながら大声で言う。


「乃蒼! お前は来るな! ……すまん!」


 なんと罵られるか、怖くて聞けない。能天気なあいつも、きっとめちゃくちゃ怒ってるだろうな。


 もはや誰から逃げているのか分からなくなってきた。とにかく、全力でこの場から離れたい。俺とクリムは、森の深い闇の中へと逃げていった。

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