3章

第21話 真実

 森の奥から拍手が聞こえる。


 俺は雷神を蒐集した紙をバインダーにしまい、すぐさま乃蒼とクリム、脇谷の元へ移動した。無論、雷神の使っていた雷太鼓やバチも忘れずに蒐集しておく。


 拍手が段々と大きくなる。こちらに近づいてきているようだ。


「あっ!」


 乃蒼が一番最初に音の出所に気づいたようだ。前方を指さす。


 拍手をしながら現れたのは、一人の男だった。


 夜の森でも目立つ白衣を纏い、シンプルな白シャツと黒いズボンを履いている。一見して長身の細い体型だが、服の上からでも分かるほど無駄のない筋肉が見てとれる。オールバックの黒髪、スクエア型の眼鏡を掛け、体つきに似合わず、頬のこけた神経質そうな顔立ちで鋭い目をしている。引き締まった体と年季のある面持ちのため推測し難いが、歳は40歳前後と推定。


「君たちの戦い、見させてもらったよ」


 男は拍手を止め、落ち着いた低い声で話し始めた。


「まさか国宝級二次元種を蒐集するとはね。恐れ入った。それに、特殊な絵も使う。実に素晴らしい。これほどの人材は中々お目にかかれない」


 ゆっくりと歩み寄る男。


「それ以上近寄るな!」


 俺はすぐさま警告した。男はその警告をすんなりと聞き入れ、その場で立ち止まる。


 辺りに注意を払い、他に仲間がいないか辺りを見回した。しかし、そんな張り詰める空気の中、乃蒼が耳打つ。


「なんか、強キャラ臭がしますね!」


 「たしかに」と思ってしまったが口には出さなかった。代わりに男に聞く。


「お前はどっちだ! 二次元種か? 三次元種か!?」


 男はフッと笑うと白衣のポッケに手を入れ、何か取り出した。


 黒い手袋だった。手袋をはめ、白衣をめくり上げると腰にA四サイズの黒いバインダーが見えた。


「それは……!」


「そうだ。私は三次元種。人間だ。このDIGを見れば信じてもらえるかな?」


 男はそう言い、冷ややかに笑う。


 その手にはめているのは俺のとは色違いだが、確かにDIGのようだ。うっかり操作を誤ると自身が紙の中に引きずり込まれてしまうため、二次元種がDIGを使うとは考え難い。つまりは、この男は蒐集家であり、三次元種――人間のようだ。


 ということは、こいつが――。


 俺が問いかけるより先に、脇谷が歩み出て言った。


「ということは、まさか、あなたは!」


 男の方も脇谷に気づいたらしく「あぁ」と頷く。


「その声。もしや、あなたが連絡をくれた脇谷氏か」


「そうです! まさかこんなに早く来ていただけるなんて!」


 脇谷は笑いながら男の元へ駆けよった。男の元へ着くなり固い握手を交わし、何度も「ありがとうございます」と言って頭を下げる。対して男の方は軽く頷くだけの冷たい反応だった。このやりとりからも、男の正体が分かった。


「あれが「旗師会」……!」


 男は脇谷のしつこい握手をあしらうと、俺の方に向き直した。


「私は旗師会日本支部第七班班長、若草わかくさあつむだ。以後よろしく」


 どう見てもよろしくしようと思っていない冷めた挨拶だった。


「そりゃどうも……。俺は――」


「そちらの絵師は?」


 俺の自己紹介を遮り、若草は乃蒼に名を聞いた。俺は無視かよ。


「わ、私は、絵垣乃蒼といいます」


 乃蒼はこのピリッとした空気に緊張しているのか、珍しくおとなしく名乗り、お辞儀した。


「絵垣……? まさか……」


 乃蒼の名前を聞くと男は懐から小さな手帳を取り出し、何かを探すようにページを捲る。そして、小さく頷く。


「ふむ。もしや、君の母親は絵垣えがきまどかか?」


「え! は、はい! よくご存知で……」


「なるほど、つまりは君の父親は舵美だび亜門あもんか。道理で!」


 男はニヤリと笑い何か納得し、手帳をしまい込んだ。


 反対に俺は頭に疑問符を浮かんでしまった。乃蒼の父親が「だび あもん」? 何か勘違いしているのだろうか。意味が分からず、乃蒼にこっそり聞く。


「なんだ? 「だび あもん」って。違うなら訂正しといた方がいいんじゃないか?」


 そんな俺の思いとは裏腹に、乃蒼は首を横に振る。


「いえ……合っています。父の名は「舵美亜門」です」


 俺は思わず「はぁ!?」と大声を上げてしまった。


「「絵垣亜門」じゃないのか!?」


 すると乃蒼はバツの悪そうな顔をする。


「あ、あれー? 言ってませんでしたっけ? 絵垣は母方の性なんですよ」


「なんじゃそりゃ。そんなの初耳だ。それにしても、舵美亜門? どこかで聞いたことある気が…」


 首を傾げる俺に若草が即答する。


「知らないのか。ちなみに、そこにいる二次元種の原作者でもあるんだぞ」


 当然のようにそう言ったが、俺達一同はポカンとしていた。少々間があき、若草が「そこ」といって見つめた先を追うと、どうやらクリムのことを指しているようだが……。


「「「はぁ!?」」」


 俺も乃蒼も、当人のクリムも驚き三人で顔を見合わせる。


「まじ? そういやオレ、自分の作者のこと何も知らねーわ」


「わ、私も、父は画家ということくらいしか知らないです……」


「クリムの作者、というか「ホワイト・シップ」の作者はたしか舟大ふなだい一門いちかどだったはず――いや、そうか。ペンネームか!」


 思い出した。舵美亜門という芸術家が成し遂げた偉業とその分野の広さを。どこかで聞いたことがあると思ったが、そういうことか。


 大きな溜息が聞こえたかと思うと、俺達の様子を見て心底ウンザリした様子の若草が語る。


「我々が確認しただけでも十七種類のペンネームを持つ男だからな。漫画だけでなく油絵、水墨画、トリックアート、抽象画、写真、彫刻、映画や小説、俳句に詩まで手を出していたな。すべての分野で成功を収めた稀代の芸術家、舵美亜門。それが君の父親だ」


 俺は隣の乃蒼を見て言う。


「お前の親父、そんな凄い人だったのか」


「え、えへへ……」


 ぎこちなく照れる乃蒼。その様子から察するに今まで意図的に隠していたことが分かった。だが、何故? 考える余裕も与えず、若草は続ける。


「今の世で彼のような絵描きは兵器――否、生きる兵器の生産工場とも言える。そのため、我々は彼を探している。まぁ、全国に散らばる蒐集家の情報網を使えば見つかるのも時間の問題だ。推測するに、君も父を探しているのではないか?」


「は、はい。一応」


 何故か乗り気ではない乃蒼。いつの間にか俺の後ろに隠れている。そんな様子もお構いなしで若草は続ける。


「どうだ。我々の元に来ないか? 無論、慈善活動をしたいわけではない。君にもそれなりに働いてもらう。君のその抽象画を描く力、我々「旗師会」の元で発揮してみないか?」


 遠くながら乃蒼に向かって手を差し出す若草。乃蒼はポカンと口を開けた。


「え……それって、つまり……」


「君を、我々「旗師会」の一員として迎え入れたい――と、お願いしているのだが? 無論、君が拒否するなら仕方のないことだが」


「きょ、拒否なんて! とんでもない! 入ります! 入りたいです!」


 嬉しそうに飛び跳ねると、乃蒼は若草に聞こえない程度の声で俺に言った。


「「旗師会」の人に接触できれば――って、話でしたけど、まさか勧誘されるとは思いませんでしたね! これで私たち、今日から正式な絵師、正式な蒐集家ですね!」


 俺は「あぁ」と素っ気なく答える。


 乃蒼の喜ぶ様子を見ていた若草は、次に視線をクリムに移した。その時、初めて若草の感情が表に出たような気がした。親の敵を前にしたような、深く猛烈な憎悪を感じさせる。


「まさかこんな所にいたとはな「ホワイト・シップ」の「クリムゾン・ボースプリット」! この十数年間、どれだけ貴様を探したか! こんな所で出会うとは思ってもみなかった!」


 圧にも負けずクリムはヘラヘラと軽い調子で笑っている。


「別に隠れてた訳じゃないんだけどなぁ。そんなに俺を探してたのか。人気者は辛いねぇ」


 そのスカした態度が癇に障ったのか、若草の態度はますます険悪なものになった。今にも火花が散りそうな両者の間に、俺が割り込む。


「こいつは、とりあえず今は俺達三次元種の敵じゃあない! 寧ろ協力してくれる! その事実はあんたも見ていたんだろ?」


 クリムの代わりに若草の威嚇を受けたが、激しい憎悪を含んだ視線は思った以上に鋭く刺さるようだ。


 しかし、おかしなことに気が付いた。クリムにだけ向けていたはずの憎悪が、何故か俺自身にも向けられているような気がする。


 睨み合いが続き、沈黙に耐えかねて俺は聞いた。


「その……「見ていた」ことについてだが、何故最後まで傍観していた? 手伝ってくれても良かっただろ。というか、いつから見てたんだ?」


 すると、若草の威嚇が多少収まったように感じた。そして、若草はまた淡々と説明する。


「もし、救援を要請した一般人である脇谷氏らに被害が出るようであれば、すぐさま手を出していた。しかし、あの場にはお前達「蒐集家」と「絵師」のコンビがいた。稀に、お前たちのように何処でDIGを手に入れたかは知らないが、DIGを使う奴等がいる。そのような輩を見つけた時の対処は二つある。

 一つは、その者が有能であれば勧誘し、旗師会の一員として受け入れる。

 一つは、その者が無能あるいは危険な思想を持つものであればDIGを徴収、場合によればその者を排除する。

 このどちらかだ。それを推し量るため、お前達二人があの雷神をどう捌くか見ていたのだ」


「その結果、見事合格! ってことですよね!」


 乃蒼が嬉しそうに言うが、若草はそれをバッサリと斬り落とした。


「残念だが違う。紫苑といったな? ……貴様は駄目だ。絵垣君は良くても、貴様だけは駄目だ。そのDIGは没収。そして、貴様の身柄も拘束する。抵抗するならば排除する。ちなみに、「いつから見ていたのか?」という質問だが、答えてやろう。それは、最初からだ。貴様が雷神と戦闘を始めたところからだ。つまり、貴様がクリムゾン・ボースプリットを元の姿に戻したところも、貴様自身が紙の中に入ったところも――全て見ていた!」


 若草の言葉に、乃蒼は固まってしまった。呆然とし、全く理解できていない様子。


 しかし、入会を拒否のみならず、場合によっては抹殺まで宣言された俺本人は、口を閉ざし、ただただ若草を睨みつけているだけだった。いや、黙っているしかできない、と言った方が正しい。


 ようやく頭の中で若草の言葉が整理できたらしい乃蒼は、若草に喰いかかる。


「な、なんで紫苑さんが駄目なんですか! それに、排除だなんて……! 紫苑さんがいなければ、雷神さんは倒せなかったんですよ!?」


 すると若草は素早くそれに答えた。


「そうだ。棒人間のクリムゾン・ボースプリットを元の姿に戻し、最後の攻撃を紙の中に入って躱す……そんな芸当ができたからこそ、君達は勝てた! だからこそ、彼は排除しなけらばならないんだ!」


「ですから……それが分からないんですよ! クリムさんを元に戻して、紙の中に入れて――って、蒐集家なら当たり前じゃないですか! DIGを使えば、そんなことちょちょいのちょいとできるでしょ!?」


「DIGにそんな機能は存在しない!」


「え?」


 目をパチクリさせ、再び理解に苦しむ乃蒼。

 若草が続ける。


「DIGに「絵を以前の姿に戻す」機能も、「蒐集家自身が絵の中に入り自由に外に出る」機能も存在しない! もっとも、彼が持っているのは我々旗師会が量産しているDIGのプロトタイプだが、それでもそんな機能は存在しない! それができるのは――」


 と、言いかけた所で、若草は一息つく。自分の声が荒くなっているのを自覚したのだろうか。フッと深く息を吐くと、声のトーンを落とし再度語り始める。


「そういえば、紫苑。君の苗字を聞いてなかったな。……当ててやろうか? 君の苗字は「虹守こうもり」。君の本名は、「虹守こうもり紫苑しおん」。そうだろう?」


 俺は、答えない。心臓の鼓動が早くなっていくのを感じた。これ以上、奴に喋らせるのはまずい。止めねば。止めねばならないのだが……言葉が出ない。


 代わりに乃蒼が答えた。


「ち、違いますぅー! 紫苑さんの苗字は……なんだっけ? そうだ! 「山田」! 「山田紫苑」ですよ! やっぱり、若草さん、何か色々と勘違いされてるんじゃないですか? ねぇ、紫苑さん?」


 半ばヤケになって乃蒼は俺の肩を揺する。俺は首を縦に振った。


「ほら! やっぱり」


 ホッとする乃蒼を尻目に、俺は――覚悟を決めた。いずれはバレることだ。遅いか早いかの違い。それだけだ。


「俺の名は、「虹守紫苑」だ。……すまん、初めに言った「山田」は偽名だ」


 乃蒼の本日何度目かのポカンとした呆け顔。そしてすぐに本日何度目かの絶叫を上げる。


「え、ええぇぇーーっ!!? 嘘はだったんですか!? ま、いっか。それがどうしたんです! 「虹守」なんて名前でも、別にいいじゃないですか! むしろ、ちょっと格好良くて羨ましいくらいです!」


 すると若草は深いため息を溢し、頭を抑える。


「絵垣君、君はもう少し歴史に興味を持った方がいいんじゃないか? 「虹守」という性に、何かピンとくるものはないか?」


「いえ、全く!」


「即答か。じゃあ、そんな君でもこの話は知っているだろう? この世界に二次元種が現れた原因。この地獄を作った男の話を!」


 若草は語る。


 その昔、天才と呼ばれた科学者がいたことを。そして、その天才の発明により、一人の少女が具現化されたことを。さらにその後、何者かによって二次元種を具現化する装置が奪われ、無尽蔵に二次元種が世界に現れたことを。

 以前、俺が乃蒼に話した内容と相違ない。しかし、若草は全て語り終えると最後に一文、付け加えた。


「――そして、この混沌の世界を作った天才科学者の名は「虹守こうもり典哉のりや」」


 常に誰かが主張する喧騒が続いていたが、その言葉を最後に皆押し黙る。燃え盛る夜の森、木々が燃え爆ぜる音とぬるい風の音が木霊する。


 頭を抱え錯綜した乃蒼は、一つ一つを確認するように言う。


「えーっと悪い科学者さんが「虹守」。で、紫苑さんも実は「虹守」。じゃ、じゃあ、その天才科学者さんと紫苑さんは……」


「親子だ」


「親子……。あぁ! だから紫苑さんはDIGを持ってるんですか! さっきプロトタイプがどうとか言ってたのは、紫苑さんが虹守典哉さんの息子だから、発明途中の物を受け取ったってこと!? なるほど合点がいきました! ……でもだからって紫苑さん自身に悪いことはないじゃないですか!」


 うんうんと頷き納得しつつも怒る乃蒼。コロコロと感情が変わる乃蒼に対し、やはりウンザリといった様子で若草が溜息をこぼす。


「全く、君は理解が遅いな! 絵垣君、分からないか? そいつの父が、虹守典哉だとすると、は誰なのか! 分かるだろう!?」


「紫苑さんの母親? つまり、虹守典哉さんのお嫁さんだから――」


 乃蒼の顔が一瞬、サッと青くなる。言葉が途切れ、続かない。


 俺の心臓が痛いほど大きく鼓動を打つ。


「虹守典哉の嫁。つまりは最初に具現化された二次元種。少女漫画「透明な羽の天使」のヒロイン、九里亜くりあ尋音ひろね! そう、紫苑の母はだ。虹守紫苑は――三次元種と二次元種の混血だ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る