第15話 風雲急を告げる
一向に雨は止む気配を見せず、寧ろ刻々と雨足は強くなっていった。洞窟の其処此処から雨が染み出し、小さな水たまりができている場所もある。
俺達は自分たちが寝る所に雨が落ちてこないかヒヤヒヤしているが、子供達はあまり気にしていないらしく、既に深い眠りについている。
ひとまず雨漏りしていない所に寝袋を敷いた。その隣にすかさず乃蒼が寝袋を並べる。
「あーあ、ちくしょう。まんまと一杯食わされた……」
俺は呪言のように呟きながら寝袋を敷く。すぐ隣に寝袋を敷いた乃蒼が口を尖らせて言った。
「え、紫苑さん、脇谷さんからご飯貰えたんですか? ズルい!」
「そういうことじゃねーよ! 騙されたっつってんだ!」
「騙されたって……別に脇谷さんは嘘は言ってなかったですよね。最初から「二次元種に襲われた」と言っていましたし」
悔しいがその通り。初めに詳しく聞くべきだった。落ち度は俺にあるのだが……。
「お前に正論言われるのも腹立つな……。てか、お前は怖くないのかよ、国宝級二次元種だぞ? この前の奴等とは格が違うってこと、分かってんのか?」
うーん、と乃蒼は腕組み、数秒程考え目を爛々と輝かせながら能天気に答える。
「怖さよりも、好奇心が勝ちました! 国宝級の絵なんて見たことないです! しかもそれが動いてるなんて……見たことある人、なかなかいないんじゃないですか?」
「そりゃあ、見たことある奴は大体殺されてるからな! あぁ、もう、お前に共感を求めたのが間違いだった!」
あっけらかんと笑う乃蒼。笑いながら寝袋を俺の隣へピタリとくっつける。
「……やたら近い気がするんだが」
おや、とわざとらしく今更気づいたような表情を浮かべ、乃蒼は首を横に振る。
「大丈夫です! 私は全然気にしないですよ!」
あはは、と笑っているが、その挙動にピンときた。
「ははん、さてはお前、「好奇心が勝った」とか言っておきながら、本当は怖いんだろ」
図星のようだ。ギクリとした時の泳ぐ目はもう見慣れたものだ。モニョモニョと口ごもりながら反論し始めた。
「いや、その……察しが悪いなぁ! んもう、乙女がそっと枕を寄せてるんですよ!? 乙女の恥じらいは黙って察するのが男の役目でしょうに」
わざとらしくポッと頬を赤く染める乃蒼。ムカつくなぁ。
「なぁにが乙女の恥じらいだ! ついさっき目の前で素っ裸になろうとしてた奴が言う言葉か!」
自分の寝袋を引き寄せ、乃蒼の寝袋から距離をとる。更にこちらに詰め寄ろうとしていたが、俺は乃蒼の頭を押して引き離した。
乃蒼が「ギーッ」という謎の鳴き声を上げ、悔しそうにしていたその時。
バリバリッという一際大きな雷鳴が轟いた。打撃のような、炸裂のような、とにかくけたたましい轟音が洞窟内を反響し、足場が揺れたような感覚さえあった。
おそらく近くに雷が落ちたのだろう。俺がそう思うと同時に、洞窟内でも悲鳴が上がった。一際大きく騒いだのは、隣の乃蒼だった。「ギャアア」と叫んで寝袋に顔だけ突っ込んでいる。
あまりの滑稽さに吹き出しそうになった。しかし、そう思うも束の間。
「うぅっ!」少し離れた子供達の中で、誰かが呻き声を上げた。そして、そいつは立ち上がり、急に走り始めた。
洞窟内の闇を駆けるその子供を見た時、奥の方から声が上がった。
「紫苑さん! その子を捕まえてください!」
脇谷の声に応え、俺はその子供が走る先を確認する。あの子は洞窟の出入り口へ向かって走っているようだ。
あまりの雷鳴に、パニックでも起こしたのだろうか? この環境下では仕方もない。それに、雷だ。もしかしたらあの子の親は雷神に――。
などと考えている暇もない。俺はため息をつく。もしあの子が洞窟から飛び出すところをたまたま雷神に見られでもしたら一巻の終わりだ。この雷も雷神が人間をあぶり出すためのものという可能性もおおいにある。
不思議なことに、そう考えつくより先に、俺は既に走り始めていた。まるで、走る言い訳を考えているかのようだった。いつからこんなに捻くれた性格になったのだろうか。頭を振り、急いで追いかける。
子供は既に外に出てしまったようだ。雨漏りで濡れた洞窟内では思うように走れない、という言い訳だけ頭の中で呟く。
隠れ家の入り口に着いた。外はやはり雨が轟々と降り注いでいる。風は弱いが稲光がしきりに視界を走り、雷鳴は少し遅れて聞こえる。細々と深く暗い山を照らすが、それでもこの豪雨の中で子供探すのは一苦労だ。
――と思った矢先、思いのほか子供は簡単に見つかった。洞窟から出た数メートル先の木の下で丸まっていたのだ。ガタガタと震え、縮こまっている。
「動けなくなるくらいなら外に出るなっつーの……」
文句を垂れながらも俺は小走りで駆け寄った。木の下で震える少年に声を掛ける。
「おい、大丈夫か? というか、ここにいたら危険だ。いつ二次元種に見つかるか分からねぇぞ。さっさと元居た洞窟に――」
そう言うや否や、少年は俯いていた顔を上げ、震えながらも早口で言った。
「逃げなきゃ……皆、あいつから逃げなきゃ!」
俺にすがりつき、少年の見開いた目が告げていたのは恐怖そのものだった。とてつもなく深く大きい恐怖を受け、魂にまで畏怖が刻みつけられたかのようだった。
やはり、雷神に襲われたトラウマがこの雷鳴でフラッシュバックしたのだろう。少年の両肩を掴み、じっと目を見つめる。少年も怯えながら見つめ返してくれた。
「わかってる。俺も怖ぇよ。だが、「逃げなきゃ」つってるのに、わざわざ自分から洞窟を出るな。せっかく奴らから隠れてるのに――」
と、言い終わる前に誰かが俺の背を叩いた。
ハッとし、振り返ると――乃蒼だった。雨の中、ガタガタ震えている。本日二度目の濡鼠だ。何故か乃蒼も少年同様、怯えた様子だ。
「どうした乃蒼? 水も滴るいい女だな。特にその鼻水がいいアクセントだ」
そんな皮肉を意に介さず、乃蒼は震えて言う。
「こ、子供が外に飛び出しちゃったって聞いて、私も追いかけてきたんでず! ど、どこに行って――って、そこにいるんですね! よかったぁ……早く戻りましょ! か、かかか雷がががが……」
そう言って頭を抱える乃蒼。ああ、雷が怖いのかとようやく理解した。それなのによく外に出れたものだと少し関心。
兎にも角にも、早く隠れ家へ帰ろう。俺は再び少年へ目を向けるが、少年は首を横に振る。
「ち、違う…」と少年が言った、その瞬間。
辺りが光に包まれた。そしてほぼ同時に、身体の芯にまで響く爆音が耳をつく。
流石に俺も少し怯んだ。雷がかなり近くに落ちたのだろう。閃光で目が眩んだが、すぐに少年の目を見つめる。
だが、今度は少年は見つめ返してくれなかった。視線が俺より上、空を向いている。否、空よりは上ではない。もう少し下、
その中空から、何かが聞こえた。雷鳴ではない。
激しい雨音の中ではっきりと聞こえる
「雷……神……!」
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