第14話 国宝級二次元種
俺が仮眠から目を覚ますと脇谷が隠れ家に戻っていた。目覚めた俺の目に映ったのは、両腕に芋や菜っ葉を抱えた脇谷の姿だった。額に汗をかき、ぎこちない笑みを浮かべ俺達に帰還の挨拶をした。
話によると、以前村だった場所にまだ食料が残っているそうだ。旗師会との連絡を行う通信機も村にあり、毎日連絡を取るために村に行っては隠れ家に食料を持って帰っているらしい。ただ、持ってきたほとんどが子供達のその日の食事に消えていくそうだ。
隠れ家の子供達全員に食料を渡し終えた脇谷と俺達は、既に消えた焚火の前で共に夕食とることにした。俺と乃蒼は自分達のなけなしの食料にありつく。
「すみません。できれば、あなた達の食事も用意したかったのですが、子供達の分で精一杯で……」
「いや、構わねぇよ。子供から飯を奪う程、落ちぶれちゃいないんでね。それよりも、重要なことを聞き忘れてたんだが……いいか?」
「はい。なんでしょう」
特に味わう様子もなく脇谷は口の中の物を飲み込み、聞く姿勢になる。
「あんた達の村を襲った二次元種について聞きたい。ま、旗師会が来るまで遭わなきゃいい話だが――万が一ということもある」
「ふむ」というと脇谷は手を顎にあて少し考える。
「紫苑さん、「風神雷神図屏風」ってご存知ですか?」
……は?
脇谷がそう言った瞬間、俺は血の気が引くのを感じた。
軽い眩暈を感じながら、震える声で聞く。
「な、何で、そんなことを聞く? まさか……」
「その様子だと、ご存知のようですね」
ニヤリと笑みを浮かべる脇谷。この暗闇のせいか、その笑みは深く黒い。
「そうです。村を滅ぼしたのは「風神雷神図屏風」から出てきた「風神」と「雷神」です」
まさしく雷に撃たれたかのような衝撃が脳内に奔った。
思わず胸を押さえつける。脈打つ心臓の鼓動が痛い。
掠れる声で俺は更に問う。
「……描いたのは誰だ? 酒井抱一か? 尾形光琳か? まさか――俵屋宗達だなんて言わないだろうな?」
「俵屋宗達です。僕の見立てが正しければ、ですけど」
――嗚呼。くそっ……ふざけんな。
もはや言葉が出ず、脇谷を直視することもできない。現実から目を逸らすように、視線が逃げた先は乃蒼の元。乃蒼はすっかり体も温まり、呑気に飯を食らう。何をそんなに驚いてるの? という顔でこちらを見返している。
暫くの沈黙。乃蒼の咀嚼音しか聞こえない。流石に呑気していた乃蒼も何かを察したらしく、口の中の物をゴクンと飲み込み、申し訳無さそうに聞く。
「あの……さっきから、よく分からない会話が続いてたんですが……なんなんですか? 「風神雷神ずじょーぶ」? って」
俺はクラクラする視界の中、縮こまった肺を振り絞って言う。
「絵師のくせになんでこんな事も知らないんだよ……。「風神」と「雷神」って聞いて、最初に思い浮かぶ絵はなんだ?」
乃蒼は逆に問われたことに些か驚いたが、頭を傾げて考える。
「えーっと、あの、左端に電電太鼓を持った白い鬼? 神様? と、風袋を持った緑色の鬼? 神様? の絵でしょうか? 背景が金ピカで!」
疑問符の多い答えだったが、正解だ。
「そう、それだよ。そいつが「風神雷神図屏風」だ。多分「風神」と「雷神」の絵の中で一番有名だろうな。で、その絵は何人もの人がオリジナルの絵を模写している。有名なのが尾形光琳と酒井抱一だな」
なるほど、と頷く乃蒼。ようやく理解したらしい。
「つまり! そのオリジナルを描いたのが、俵屋宗達さんってことですよね!」
俺が首をコクリと縦に振ると、乃蒼は少し嬉しそうに笑った。
「有名な絵描きさんの絵が見れるってことですね!」
「その絵に殺されるかもしれないってことだよ! 分かってんのか!? 相手は国宝級の二次元種だぞ!? 戦って勝てるわけがないだろ!」
乃蒼を叱りつけ、今度は脇谷に怒りの矛先を向ける。
「あんた……わざと黙ってたな! 国宝級の二次元種が相手だと、俺達が逃げると思って、わざとこの話を伏せてたな!?」
洞穴の中で響く怒号。捲し立てるが、意に介さず脇谷は自嘲気味な笑みを浮かべて言う。
「えぇ、もちろん。ですが、分かってください。それほど僕たちも必死だということを――」
「てめぇ!」
「わ、わ。紫苑さん!」
脇谷が言い切る前に、俺はその胸倉を掴みかかっていた。慌てて乃蒼が仲裁に入ろうとするが、焼け石に水だ。しかし、脇谷は淡々と続けて言う。
「大丈夫です。結局は旗師会が来る前に遭わなければいいだけです。この隠れ家でジッとしていれば済む話ですよ」
「最悪、出逢っちまったら俺達を囮にするんだろ!? 保険だとは聞いていたが、割に合わん! こんな所さっさと出るぞ!」
「いいんですか? 段々天気も荒れてきました。風と雷も鳴っています。もしかしたらすぐそこに奴らがいるかもしれないですね? ――ここにいた方が安全です。それに先ほどの台詞、ミステリー物だったら真っ先に殺される人のものでしたよ?」
「……っ!」
遠く、洞窟の外から確かに風が吹き荒び、雷が鳴り響いているのが聞こえる。
俺は胸倉を掴んでいた脇谷を突き飛ばすように解放する。軽く尻もちをついた脇谷はすぐに座り直し、堂々とこちらを見据えている。隠し事をしておきながらこの威風堂々たるや。余計に腹が立った。
しかし、怒りに震える俺を乃蒼が宥める。
「脇谷さんの言う通りですよ! ここで隠れてれば遭遇することなんてないんですから!」
「その台詞もフラグにしか聞こえないんだよ……くそぅ」
頭を抱える俺に向かって脇谷は淡々と言う。
「色々と隠し事をしていてすみません。ですが、良い話もあります。旗師会についてです。今日の無線のやりとりで連絡してくれたのですが、救助部隊の到着を予定より早めてくれるそうです。おそらく、明日の明け方には着くらしいです。つまり、紫苑さん達は明日の朝までここに居てくださるだけで良いのです」
またコイツは……!
俺の苛立ちとは反対に、乃蒼は「なーんだ、良かったです!」などと胸を撫で下ろしている。良いことあるか!
その話には何の信憑性もない。俺達をここに留める嘘かもしれないのだ。くそっ、これだから人とは関わり合いになりたくないんだ。どいつもこいつも、信用なんかできやしない。
俺は自分でもようやく聞こえそうな声で言った。
「明日……明日中に旗師会が来なかったらここを出る。それまではひとまず、ここにいてやる」
すると脇谷はまた暗闇の中で微笑んだ。
「ええ、大丈夫ですよ。きっと」
また含みのある言い方に苛立ちを覚えたが、これ以上の口論は無駄に神経をすり減らすだけだ。俺は口を閉ざした。
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