第12話 隠れ家へ

 男の名は脇谷わきや有墨ありすみ。この川辺近くに住んでいるらしい。


 一応の礼儀として俺達も名乗ると、脇谷は「ひとまず私たちの隠れ家に行きましょう。お連れの方も暖をとった方が良さそうですし」と言ってずぶ濡れの乃蒼を気遣い、隠れ家への案内を申し出た。


 正直、意外だった。二次元種から隠れ住む者にとって、何の資源も持たない旅人は、限られた村の資源を食い潰す敵とも言える。更に俺達は蒐集家と絵師だ。絵というを抱える危険な奴らだ。それなのに脇谷は俺達を招き入れようとしている。


 何か裏がある。そんな匂いがした。


「どうしたんですか? 早く連れてってもらいましょうよー」


 俺の心配を余所に、川から上がりたての乃蒼が鼻水を垂らしながら催促する。こいつには危険や厄介事を嗅ぎ取る嗅覚がないのだろうか? 少なくとも今は鼻が詰まって利かなそうだが。

 

 俺は小さくため息を吐く。


「仕方ない、ついて行くか。あまり気乗りしないが、ひとまず目標に近づいたし、良しとしよう」


「え? どういうことです?」


「旗師会に近づけたかも、ってことだ。……おいおい、それよりも、リュックが泥まみれじゃあないか」


 そう言って、俺は乃蒼のリュックを叩く。傍から見ればリュックに付いた泥や石を叩いて落としているように見えるが、俺はこっそりリュックに顔を寄せ、呟くように言う。


「クリム、分かってるとは思うが、お前はリュックから出るなよ。二次元種と行動してるのがバレると面倒だ。……分かったら絵の具を1個落とせ」


 再びリュックを軽く叩くと赤い絵の具がポンと飛び出た。了解したらしい。


 クリムへの忠告が済むと、再び脇谷の方へと向き直す。


「それじゃあ、案内を頼もうかな。お互い腹に一物ありそうだが……俺の相棒の腹が冷えて体調崩されても困る。早いとこ暖を取りたい」


 ガタガタ震える乃蒼を見ながらそう言うと、脇谷は笑みを浮かべて答えた。


「えぇ。そのようですね。少し歩きますので、我慢していただけますか?」


 問われた乃蒼は珍しく無言でコクリと頷く。脇谷とは初対面ゆえに人見知りしている、という訳でもなさそうだ。こいつはそんなキャラでもない。よほど体調が悪くなってきたのだろう。

 

「ええい、とりあえずコレ使え」

   

 俺はそう言ってバインダーを開き、紙から毛布を具現化した。


「ありがとうございまず……」


 乃蒼は毛布を体に巻き付けた。


 すると、脇谷が興味津々にこちらを見ているのに気が付いた。


「それが、DIGですか」


「あんたも見るのは初めてか? まぁ、その辺も含めて色々聞かせてくれ」


「えぇ、もちろん」と頷いて脇谷は歩き始めた。


 脇谷に導かれ、道なき道を歩く。先頭に脇谷、その後ろに俺、乃蒼の順で歩いていく。二次元種の襲撃を恐れ、歩いた痕跡が残らない柔らかい落ち葉の上を選んで歩き、無言を貫いている。


 警戒中のところ申し訳ないが、俺はさっそく問いかける。


「なんであんたは旗師会のことを知ってる?」


 脇谷へ「旗師会か?」という問いをした時、彼は即座に否定していた。否定できるということは旗師会というものを知っているということだろう。


 脇谷は歩みを止めず静かに答えた。


「私たちの村は大きな村。ある程度規模のある村には旗師会と繋がりがあるのをご存知ですか?」


 少し気になる言い方だったが、スルーして頷く。


「あぁ。具体的にどうやり取りをしているかまでは知らないが」


 二次元種の襲来により地上の通信施設はもちろん、発電所すら稼働していない現代。遠方との通信手段は限られている。おおかた、どこかが秘密裏に使っていた衛星通信か、もしくは伝書鳩とかだろうか。


「二次元種にバレない特殊な衛星回線があり、それで連絡を取るんです。度々情報交換したり、時には人材の提供もしていました。あちらも人手不足なので使える人間を送るほど村への物資の供給が増えたりと、恩恵もありました」


「なるほど……」


 通信方法も旗師会の動きも概ね予想通りだ。しかし、その説明は聞けば聞くほど暗い気持ちにさせた。とにかく過去形で語られるのだ。恐らく、その村で何かがあったのだろう。


 俺の怪訝な表情を見ながら脇谷はまたしてもぎこちなく笑う。


「嫌な予感をしていますね? まぁ、そういうことです。んです。つい先日、二次元種の襲撃に遭うまでは。……村のほとんどの者が死にました。命からがら逃げきった者達で、新たに隠れ住む場所を探し、ようやく一息つける場所を見つけたんです」


 そこまで聞くと、俺はその足を止めた。ピッタリ後ろにくっついて歩いていた乃蒼が軽く背中にぶつかった。


「そうか、そりゃあ大変だったな。だが、そんな村に、俺達を招き入れるのはどういう了見だ。なにを企んでる?」


 腹の探り合いは得意ではない。そもそもあまり経験もないし。俺はストレートに問い詰める。あからさまに怒気を含めた口調で言ったはずだが、脇谷はやはり微笑んで答える。


「企んでるだなんて……少し、お願いしたいだけです」


「「村を襲った二次元種を倒してくれ」ってか?」


 脇谷は足を止めた。


「そこまでは言いません。少しの間、村にとどまってくれるだけでいいのです。実は、村が襲われ、逃げる前に、例の衛星回線を使って旗師会に救助要請を出しました。しかし、こちらに来るのにあと2、3日ほどかかるそうなのです。……その間だけお願いできないでしょうか?」


「……! 旗師会が来るのか!」


 思わぬ僥倖。こんなにも早く旗師会と接触できるとは。乃蒼もさぞ喜んでいるだろうと思い振り返るとギョッとした。


「うお、なんだその唇。真っ青じゃねぇか……」


 乃蒼はガタガタ震え、顔青白くなっていた。それもそのはず。春に近づいたとはいえ、ずぶ濡れではやはりまだまだ寒い時候。


「………大丈夫、心配しないで。問題ないわ……………」


「キャラ崩壊してんじゃねーか!」


 やたら明るくうっとおしい性格が180度変わっている。このままでは体調不良で倒れかねない。


「わ、わかった。旗師会が来るまで俺達が居よう。とにかく早く案内してくれ、うちの絵師様が死にそうだ」


 その言葉に脇谷は満足そうに頷き、再び案内を始めた。


◇◆◇◆


 脇谷達の隠れ家は川から少し離れた所にあった。

 木々が深く広がる一角を越え、切り立った崖の下。大人一人がようやく通れるような穴が空いていた。無論、空きっぱなしになっているわけではなく、草木で穴を隠していたため、穴の正面に立つまでは俺も存在に気づけなかった。


 脇谷を先頭に、俺達も屈んで中に入る。まとわりつくような湿気と生暖かい嫌な空気。凹凸の激しい足場を転ばないように進む。嫌な湿気に包まれ、足場に揺られながら進むと地上なのに船酔いしたような気分になる。


 先に微かな光が見え始めた。そこを目指し、更に進むと広い空間に出た。その空間は高さ約3m、幅は十数m、奥行は暗くてよく分からない。なんとか視認できた最奥の壁には更に続くと思わせる小さな坑道の入口が見えた。


 洞穴の構造を確認する中で目につくものがあった。そこかしこに置かれたライトの傍に群がる人影。皆、小さく背中を丸めていた。布を被り顔は見えないが、恐らく子供だろう。6つのライトにそれぞれ4、5人ずつ固まっている。


「やぁ、皆。ただいま」


 光に群がる子供達が、脇谷の声で一瞬ギクリと肩を竦めた。てっきり彼の帰りを迎え入れる声がかかると思ったが、岩屋の住民たちは一様に言葉を噤んでいる。


 チラリと脇谷を見ると、悲しそうに語った。


「彼らは皆、孤児です。彼らの親はなんとか子供達だけでも助けようと必死でした。結果、彼らは生き残りましたが、親達は全員……。この子達はあまりの出来事で喋ることができなくなったようです」


 そう言って脇谷はある一角に近寄る。焚き火の道具が置いてあった。脇谷は手際よく焚き木に火をくべ、俺達にあたるように促す。


「調理用の焚き火ですが、これで暖をとってください。一応、空気穴がありますが、あまり長くは火を点けないようにしてください。体が暖まれば消して下さいね」


「あぁ、助かった。おい、乃蒼。とりあえず着替えろ」


 俺は紙から自分の替えの服を取り出し、鼻水を垂らす乃蒼に手渡した。黒のTシャツに深緑のカーゴパンツ。今、俺が来ている服と全く同じだ。


「…………はい…………ズビッ」


 乃蒼は体に巻いた毛布とリュックを床に置き、おもむろに服を脱ぎ始めた。


「〜〜っ!!」


 俺は言葉にならない声を発しながら、目を逸した。


「せ、せめて端っこの暗い所で着替えろ! は、恥というものがないのか!」


 「恥ずかしがってるのは紫苑さんの方じゃないですか……ズズッ」などと鼻声でぶつくさ言いながら乃蒼は更に服を脱いでいく。


 いや、別に俺は恥ずかしがってはいない。女がみだりに肌をさらけ出すべきではないと思ったまでだ。あぁ、まずい、下着までそのまま脱ごうとしてやがる! 周りには子供しかいないが、すぐ横には脇谷がいるのに……!


「くそぅ、おい乃蒼! ちょっとだけ待て! もう俺達が離れるしかねぇな。すまない、脇谷。ちょっと移動しよう」


「え、えぇ、構いません。……意外と紳士ですね」


「「意外と」は余計だ」 


 脇谷を引き連れ洞窟内の壁沿いを歩く。ちょうど乃蒼の姿が見えなくなるような岩陰を発見。ひとまずそこに逃げ込んだ。

 一息つき、俺は壁に寄りかかかる。


 さて、ひとまず相棒の体の心配はなくなった。脇谷に色々と質問したいが、まず何から聞くべきか。


「あなた達は……旗師会に入るため旅を?」


 あれこれ考えている間に先に脇谷から質問されてしまった。俺は首を横に振る。


「俺もあいつも、人探しをしていてな。そのために旗師会の力が必要なだけだ」


「人探し、ですか」


「あぁ。虹守典哉って男を探している」


 そういうと暗がりでも分かるほど脇谷の目が大きく見開いた。


 これだ。こういう反応が欲しかったのだ。乃蒼とは違い、脇谷はこの名前を知っている様子。


「そんなビッグネームが出てくるとは思っていませんでした。ただ、残念ですが、居場所までは知りませんね……」


 そうだろうな、と思い軽く頷く。そう簡単に見つかる奴ではない。


「じゃあ、あいつが探してる――絵垣亜門(だったけ?)という人は知ってるか?」


 脇谷は暫く中空を眺めて考えるが、やはり思い当たらなかったようだ。


「申し訳ありませんが存じ上げませんね。しかし、なるほど。人探しなら旗師会のネットワークを使うのが最適ですね」


「そういうこった。だから、あんた達を無事に旗師会に保護させた後の紹介は頼んだぞ」


「それはもちろん。無事に会えれば、ですけど」


 不吉なこと言うな……と思ったが口には出さなかった。村が襲撃に遭い、全てを失ったその心境たるや。ネガティブになるのは無理もない。


 今度はこちらから質問をしようとしたが、脇谷はこの場を離れ始めた。


「子供達へのご飯を調達しなければいけませんので、失礼しますね。1,2時間ほどで帰ってきますので」


 そう言って、脇谷はさっさと外へ出て行ってしまった。

 ポツンと一人取り残された俺。


 「なんだか最近、人に振り回されてばかりいるような気がする……」


 溜息まじりの虚しい独り言も闇に溶けていった。

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