2章

第11話 遭遇

 俺と乃蒼が出会い、めちゃくちゃな戦闘の末に相棒となってから、3日が経った。


 時刻は昼前。天候は先日から続く快晴。明るい日差しが木々の隙間から漏れるが、未だに早春の冷たい空気が辺りを包む。


 俺達は相変わらず山道を進んでいた。二次元種の気配も無く、雑談しながら歩いている。


「――以上です! 私が今まで読んだ漫画は! あ、すみません! 私ばっかり喋っちゃって! 紫苑さんは漫画読んでました?」


「まぁ、人並みには読んでたな。家の倉庫に古い漫画が山ほど積まれてたから」


「そうですか! 私の家と同じですね! うちもおっきな書斎があって、漫画も沢山あったので昔から読んでたんですよ! どんな漫画が好きですか?」


 俺は少し考え、答える。


「ベタだが『ニャンピース』とかかな」


「少年漫画ですか! 私も大好きです! 『鬼殺の銃』とか『祝術大戦』とか! ちなみに、少女漫画は嫌いですか? あんまり趣味じゃないかもしれませんが、少女漫画も面白いですよ!」


「……」


 こんな具合に、ほとんど乃蒼が主導で話していた。他人と無駄話をする機会が少なかった俺はあまり雑談というものに慣れていない。正直、乃蒼がペラペラ喋るのは助かる。


 しかし、聞き役に徹するだけなら楽なものだが、時折余計な横槍が入る。


「いやいや、乃蒼。意外に紫苑は少女漫画も読むんだぜ。いや、むしろ少年漫画より少女漫画の方を好んで読んでたな」


 このように、乃蒼のリュックからクリムが上半身だけ乗り出して茶々をいれてくる。――って、なんでコイツ、俺が少女漫画好きなことまで知ってるんだ! 爺達にもバレないようにしていたはずなのに……。


「えぇー! 意外!」


 珍しいものを見るかのように乃蒼が俺の顔を覗き込む。俺は顔に火照りを感じたが、表に出してはいけない。平常心、平常心。


「だから言っただろ「人並みには読んでた」って。少女漫画も参考程度に読むさ。それとも何か? 男が少女漫画読んじゃいけないのかよ」


 鼻で笑い返すが、我ながら少し言葉が震えていた。クリムがそれに気づいたのかカカカと笑う。


「なぁにが「参考程度に」だ。紙の中に閉じ込められてたが、オレも倉庫の中にいたからな。お前が爺さんたちに隠れてこっそり少女漫画ばっかり読みふけってたの、見てたんだぜ~。しかも、純愛物ばかり! 何回も同じ漫画の同じ巻を読み返してたよなぁ。その漫画の話、乃蒼にしてやらなくていいのか?」


「えーっ! めっちゃくちゃ乙女じゃないですか! 紫苑さんがハマるなんて……何ていう漫画ですか!?」


 半分笑いながら問う乃蒼と完全に嘲笑うクリム。

 

 恥ずかしさと怒りのせいで顔が燃えそうに熱い。俺は2人を睨みつける。


「俺が少女漫画読むのがそんなに面白いか! 乃蒼だって女なのに少年漫画読んでるだろ!? 「男だから」という男女差別、古い考えは捨て去るべきだと思わんか? そもそも漫画を少年だの少女だのでカテゴライズするのもナンセンスだ! 面白い漫画に性別なんて関係ないあるか!」


 熱論に気圧され流石にまずいと感じたのか、乃蒼は後ずさりながら言う。


「いえ、男の方だから、とかではないのですが……。何というか、その……」


 しどろもどろの乃蒼の弁解にクリムが援護射撃する。


「その顔と性格で「恋愛漫画が好き」っつーのがギャップありすぎなんだよなぁ」


 俺は一瞬声が出なかった。頭を鈍器で殴られたような衝撃だ。なまじ自分でも気にしてた違和感を他人に言葉にされるとは。わなわなと震えながら俺は棒人間の名を叫ぶ。


「――――っ! クリムぁ! て、てめえ!」


 今すぐ紙の中に戻してやろうかとにじり寄るが乃蒼が必死に宥める。


「ちょちょ、落ち着いて……すみません、なんというか、クールで現実的な紫苑さんが恋愛漫画を読んでる所が想像できなくて。ねっ! クリムさん!」


「ピュアでロマンチックな恋愛漫画ばっかり読んできたくせに、どうしてそんな風になっちゃったのかねぇ。その捻くれた性格のお前が、どんな気持ちで純愛を読んでいたのか気になるぜ」


 クリムの歯に絹着せぬ言葉にノアが吹き出した。


 俺は大きく息を吸い、吐き出す。ストレスがピークに達した時はこうしている。一旦落ち着き、冷静になる。そして、最も適した判断を――この場合ではこいつらが最も悲しむ行動を取らねば。

 

 そうして、にっこりと笑って言う。


「乃蒼は晩飯抜き」


「うえぇ! そ、そんな! 違うんです! ちょっとギャップに笑っただけで、紫苑さんのこと馬鹿にしてるわけじゃあ――」


「笑った時点で同罪だ。それと、クリムはそのマフラー没収な。そんでもって、紙に戻してしばらく具現化禁止な」


「い、嫌ぁぁ! オレの唯一のアイデンティティを奪わないでくれ! マジで著作権管理が面倒臭いキャラになっちゃう!」


「何と戦ってるんだお前は……」


 俺は謝りしがみ付く二人を払いのける。冗談で言っただけだが、暫く2人には反省してもらおう。俺は悶える2人を置いて前へと進む。


◇◆◇◆


 お通夜ムードの2人を引き連れること数十分。


 俺は乃蒼の足音が聞こえないことに気づいた。振り返ると、やはり数メートル後ろで立ち止まっていた。腕を組み、何か考えている様子。


 先程の晩飯抜きを真に受けて、抗議でもしようと言うのだろうか? それとも、体調に異変でもあるのだろうか? 後者であればすぐさま対処せねば。


「どうした? 足でも痛めたか?」


 そう聞くと、乃蒼はハッと我に返り、小走りで俺に駆け寄る。体調に問題はなさそうだ。元気よく「大丈夫です!」と言うが、奥歯に物が挟まったような面持ちだ。


 大丈夫ではない様子。長旅になるだろうし、体調不良ならば早めに相談して欲しいところだ。俺は無言で見つめると観念したのか少し戸惑いながら乃蒼が言った。


「さっきクリムさんが「紙の中に閉じ込められたけど、見てた」っていうのを聞いて思ったんです。二次元種の方って、。ということは、この前、紙に戻したパジャマちゃんって――」


 そこまで聞くと、ようやく乃蒼が言わんとしている事が理解できた。俺はバインダーから例のパジャマ姿の二次元種の絵を取り出した。


 「凍結」の抽象画の効果により氷に閉じ込められた少女。3日前と変わらない姿で描かれている。描かれた絵は「物」ではあるが、これはただの「物」ではない。一度はこの世界に存在した「者」なのだ。そして、その「者」は紙の中でも意識はある。


 俺はため息をつく。


「……見てろ」


「え?」


 DIGを取り出し装着すると、紙に手を入れる。そして――


「"UNDO"」


 と言うと、紙から手を抜き出した。


「……? 紫苑さん、何を?」


「ほら、これでいいだろ?」


 俺は幼女の絵を乃蒼に見せた。先ほどまで氷漬けになっていた幼女の周りから、すっかり氷が無くなっていた。


「これは――!」


「DIGを使って、絵を直前の状態に戻した」


「DIGってそんな機能もあったんですね! 凄い!」


「まぁ、な」


 俺はすぐにDIGをポケットに戻した。


「良かったです! 私の描いた絵のせいでこの子がずっと苦しめられちゃうのかと思っていました!」


 安堵の表情を浮かべる乃蒼。


 クリムをあっさり受け入れた時にも思ったが、どうやら乃蒼は二次元種を人類の敵と考えるよりも先に、一つの生き物として捉えているようだ。


 しかし、これは人間の常識から外れている。奴らは突如現れ、人類を蹂躪した化け物。唾棄すべき存在ではあれど、思いやるような存在ではない。――というのが三次元種である人間の常識だ。


 普通ならば「人類の敵に情けを掛けるなんて」と非難するのかもしれないが、俺はそうしなかった。なぜなら、俺もそうする予定だったからだ。1週間ほど氷漬けにしておき、反省させてから氷を除去しようと考えていた。理由は――秘密だ。


 乃蒼にはバレないようにこっそりやる予定だったが、まさかこいつの方から提案されるとは思ってもいなかった。


「えへへ……ありがとうございます! 紫苑さん!」


「なんでお前から感謝されなきゃいけないんだよ」


 先へ行くため、バインダーを閉じようとした時、見えた幼女の絵は心なしか笑っているように見えた。


◇◆◇◆


 昼飯をとってから約1時間後。相変わらず山道を歩いている。しかし、先頭を歩いていた俺の足がピタリと止まった。雑木林の先に、小さな川が流れているのだ。


「わぁ、綺麗な川ですね!」


「ちょうどいいや、浄水器の水もなくなりそうだったし、ちょっと補給――」


 と、言い切る前に言葉を止めた。


 流れる水の音、微かに吹いた風が鳴らす木の葉、自分と乃蒼の声しか聞こえていなかったこの場に、別の音が聞こえたのだ。ほんの微かな小さな音が。そして、その音と共に視線のようなものを感じた。


 俺は、声も出さず無言のまま片手をポケットへと突っ込み、DIGを装着。もう片方の手で腰のバインダーに手を掛け、金具に反射した後方を確認する。


 そして、見つけた。後方、約10メートル先。木の影からこちらを覗く者がいる。獣ではなく人間らしい。多分、男だ。問題はこいつが二次元種なのか、三次元種なのか。


 未だに川を屈んで見ている乃蒼に、小さな声で伝える。


「乃青、気づいてるか? 後ろに誰かいる」


「え? ――って、うわっ!」


 乃蒼は驚き、思わず体のバランスが崩れたのだろう。勢いよく川へ落ちてしまった。


「あばばばば……」


「この……アホ!」


 リュックの重さで中々立ち上がれない乃蒼。しかし、溺れるほどの深さではない。暫く放置しても問題はない。それよりもこの騒ぎに乗じては何かアクションを起こすはずだ。


 俺はすぐさまDIGを装着した手をポケットから抜き出し、振り返ってバインダーを開く。いつでも何か具現化できるよう、臨戦態勢に移る。


 案の定、奴は木陰から姿を現し、こちらに近寄っていた。僅か5メートルほど先に立っている。 


 俺は反射的に叫ぶ。


 「動くな! てめぇ、二次元種か? 三次元種か? どちらにせよ、動けば攻撃する!」


 俺の威嚇と警告と質問に、そいつは両手を上げて答える。そのジェスチャーは万国共通の降伏のメッセージ。「敵意は無い」の意思。


 最も嬉しい返答だ。ひとまず緊張の糸を緩める。俺は一呼吸置き、奴の様子を探る。


 歳は17~20歳くらいだろうか。ボロボロのジーパンに泥まみれのTシャツ。背は俺より少し高いくらい。顔はこれといって特徴もなく、体も中肉中背、記憶に残りにくそうな男だ。荷物だろうか、白いポリタンクが二つ足元に置いてある。


 男は俺の観察が終わったのを感じ取ると、引きつるような笑みを浮かべた。


「君たち、三次元種ですよね? DIGも持ってるみたいですし」


 男は俺の手に装着したDIGを見ている。視線は次第にバインダー、俺の顔へと移っていった。こいつもまた俺を深く観察している。


 俺は問いに答える。


「そうだ、俺達は三次元種だ。あんたは?」


「あぁ、良かった。うん、私も三次元種の人間です」


 安堵のため息を漏らし、男は上げていた両手を下げる。しかし、俺は尚もバインダーから手を離さなかった。


「それを証明できるものはあるか?」


「うーん、証明はできませんが、それは君たちも同じでしょう?」


 男は苦笑しながら歩み寄ってきた。


 たしかに、自分で言ったものの、三次元種であるか証明することは難しいのだ。明らかにこの世のものとは思えない見た目ならば二次元種とすぐに判断できるが、リアルに描かれた二次元種は判断しづらい。


 二次元種かどうかの判断材料の一つとしてが挙げられる。先日戦ったメイドと制服姿の二次元種のように単純な言葉しか話せない二次元種もいる。そのため、初めて会う者とはいくつか問答を重ね、その受け答えからが出ないか探ることで判断できる。


 もう一つ挙げるとすると、だろう。二次元種は基本、感情表現が乏しいので会話中の表情等から判断もできる。乃蒼と初めて会った時、あのあたふたした様子からすぐに人間だと判断できた。


 ただ、高画力な二次元種は知能指数も感情も持ち合わせている。そのためこの2つで確実な判断はできないが、そもそも高画力な二次元種に遭遇した時点でである。二次元種と判断できても為す術もない。


 今のところ、こいつにはリアルな人間味しか感じ取れない。俺は一旦警戒を解いた。


「……たしかに、あんたの言うとおりだ」


「分かって頂けて何よりです」


 安堵したぎこちない愛想笑いにはまだ緊張の色が見える。そんな奴の顔を見て、俺はひとまずこいつが三次元種であると信じることにした。ここまで感情表現豊かで、こんなに無個性な二次元種もいまい。無個性の塊である棒人間のクリムは――だが。


「あんたは俺達を疑わないのか?」


「えぇ。後ろの子があまりにも三次元種っぽいので」


 男は俺の後ろの方へ目をやる。そこには未だ小川で溺れかけ、必死にもがいている乃蒼がいた。知能指数は低そうだが、感情表現に関しては文句無しだな、こいつは。


「ったく、お前は……」


 俺はバインダーを仕舞い、川辺に近づいて乃蒼をリュックごと持ち上げた。


「はひ……助かりました。ありがとうございます」


「どういたしまして、俺まで恥かいたじゃねーか。まぁ、それより――」


 びしょ濡れになった乃蒼を適当な場所に下ろし、振り返る。


「どうやら「DIG」の事も知っているようだが、何者だ? まさか、「旗師会」?」


 言いきる前に男は首を横に振る。そして、


「いえいえ、僕はこの辺りに住んでいる、まぁ、しがない村人ですよ」


 と言い、やはりぎこちない笑顔で応えた。

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