第10話 これから
歴史の授業も終わり、沈黙の中でスープを飲み干した。二次元種の繁栄と人類の衰退を聞き、乃蒼は何を感じただろう。人類を憂いていたのか、「デザート食べたいな」と考えていたのか。食料の入ったリュックに狙いを定めている様子から恐らく後者か……。
これ以上の食料の消費は看過できない。仕切り直すように俺は再び口火を切った。
「さて、これからの具体的なプランについて話し合おうか。――っと、その前に一応聞いておくが、お前はどうやって父親を探そうとしていたんだ? どこか行くアテでもあったのか?」
「いえ! 特にないです! とにかく人のいる村を渡り歩いて、お父さんのことを聞いて回るつもりでした!」
そう乃蒼は言い切った。どこまで無鉄砲なのだろうか。
「お前……俺と会えてラッキーだったな」
「えぇ! ですから「運命的だ」と!」
「うるせぇよ……。結局ノープランだったってことか。でも、村を回るってのは俺と同じだな。じゃあ、俺が行こうと思っていたところに行くか」
ポリポリと頭を掻いて、俺はバインダーから紙を取り出す。
「人がいる場所を知ってるんですか?」
「あぁ。おおよそだがな」
俺が紙から取り出したのは一枚の地図。日本の関西地区が記されている。京都の北部を指差して言う。
「市街圏から少し離れた山奥。ここを目指す。以前、ここから逃げてきた人と話す機会があってな。二次元種に見つかってない村がいくつかあるらしい。その人の村は二次元種に見つかって崩壊したらしいが……。まだいくつか点在してるって話だ」
「なるほど! 総当りで聞いてまわるんですね!」
「そうしてもいいが、小さい村に行った所で有力な情報は無いと思っている。現に、小さな村出身のお前は何も知らなかっただろ? できれば大きな村を狙って探す。そこにはきっと「
「「旗師会」?」
首をかしげる乃蒼。俺はすかさず補足説明に入る。
「DIGを作った組織だ。今では絵師と蒐集家を集めて戦闘部隊を作ってるらしい。常に戦える人材を探しているから、大規模な村と繋がりがあるはずだ。旗師会は全国――いや、全世界で勢力を伸ばしている。やつらの情報網を使えば、俺達の探し人も見つかるかもしれない」
「はぁ……なるほど……」と、感嘆のため息を漏らす乃蒼。
次の瞬間、羨望の眼差しを俺に向けた。
「やっぱり紫苑さんとコンビが組めて良かったです! なんだか希望が見えてきました!」
熱烈な称賛に俺はため息で応えた。
「俺はお先真っ暗だけどな。そもそもそう簡単に村が見つかる保証も無いし、それまでの日数と食料の調整も……あぁ、道も考え直さなきゃな。乃蒼でも歩いていけるルートとなると――」
今後の事を思い、俺は独りごちる。その様子を乃蒼はキラキラとした瞳で見つめていた。なんだか面倒な奴を相棒にしてしまったが、頼られるのはそれほど悪い気はしなかった。
暫し考えること十数分。旅の計画も概ね立つと、俺はようやく地図から目を離し、顔をあげた。先程まで羨望の眼差しで見つめていた乃蒼は、もう興味をなくしたのか、頭に乗せたクリムと談笑していた。
「へぇ、物を食べなくても平気なのは便利ですね!」
「そもそも、オレには口が無いからな。ほら、顔に何もないだろ?」
「あぁ、ほんとだ! って、じゃあどうやって喋ってるんですか!?」
「確かに! どこからオレの声って出てるんだろ……ま、こまけぇこたぁどうでもいいか。ガハハハ」
仲良く話し合う二人の間に、割って入った。
「お前らな、俺が安全と効率を考えて計画練ってるっつーのに、なに異文化交流を楽しんでんだ。異文化というより異種間? まぁ、どっちでもいいか……」
俺にジロリと睨まれた二人は揃って肩を竦めるが、お互いすぐにその場で正座して誠意を示す。そのシンクロした動作がまた少しイラついたが、俺は怒るのを止めて地図をバインダーへ戻した。
「京都までのルートは頭の中に叩き込んだ。二次元種との遭遇を避けるため、今日みたく山道を進むから覚悟しとけよ。二次元種以上に心配なのが……」
俺はキッと乃蒼を睨んで続ける。
「乃蒼、お前の画力についてだ。今後、いつ二次元種と遭遇するか分からん。いつでも戦えるように武器のストックを作って欲しい。が、そもそもお前は具象画の練習をしなきゃいけない。正直、どれくらいでまともな絵が描けるようになれる?」
やはり二次元種との接触する可能性だけは未知数だ。今この瞬間ですら、いつ二次元種との戦闘が始まってもおかしくはない。最悪のケースに備えるだけの事はしておかなければならない。
問われ、乃蒼は少し考え、おずおずと答える。
「具象画は遊び程度で描いてたので……ちゃんと戦えるくらいの画力となると、いつになるかちょっと分かんないです……」
「とりあえず、今、練習で描いてみたら?」
乃蒼の頭上で正座するクリムがそう言うと俺も頷き、「じゃあ、また「刀」を描いてみろ」と注文する。乃蒼は元気に「はい!」と返事した。
先の戦いではとにかく酷い絵だった。刀であるはずなのに、直線的な所は全く無く、重力に負けるほどグニャグニャに曲がっていた。
あそこまで酷いのは、初の戦闘で緊張していたからだ、と思いたいが果たして――?
俺の心配を余所に、乃蒼はすぐさま絵を描く準備を始めた。画板をあの大きなリュックから取り出し、上部についた紐を首に掛け、板を腹の辺りで固定する。そこに白い紙を置き、今度は筆と絵の具の準備を始めた。一見ごちゃ混ぜに見えるリュックの中身だが、ある程度法則があるらしい。特に迷う様子も無く絵の具を選び出している。左手に円形のパレットを着け、そこに絵の具を乗せて準備が整ったらしい。
筆に灰色の絵の具を付け、乃蒼は白い紙に一筆。それを見た瞬間、俺は思わずツッコミを入れる。
「なんだその曲線!?」
「え?」
何故ツッコまれたのか分からない様子の乃蒼。絵には灰色の大きな弧が描かれていた。
「いや、普通、日本刀っていったら直刀だよな? 先端に向かうにつれ、少しずつ曲がるのは分かるが……なんだその曲線は!?」
「あー、いや……。こう、スパッと振り下ろされている瞬間を描きたくて。絵に動きがあった方が格好いいじゃないですか」
「「動き」て! いきなり難易度高くないか?! もっと簡単に、止まってる時のでいいだろ!?」
「何言ってるんですか! 練習なんだから、挑戦しなきゃ上達しませんよ!」
「向上心は立派だな! んなことは自分の実力考えてから言え! ……普通のでいいんだよ」
「はぁ、紫苑さん、「普通」が一番難しいんですよ?」
「……もういいからさっさと描いてくれ」
俺はガクリと肩を落とす。
なるほど、こいつが具象的な絵が下手な理由が分かった気がする。乃蒼はそもそも精密に描こうと思っていないのだ。こいつにとって絵を描くというのは自分の頭の中のイメージを表現するだけ。思うまま楽しく描ければそれで満足。それがリアルに描けているかどうかは、二の次なのだ。
「まぁまぁ、見ててくださいよ。最終的には上手く纏まりますから! えいえいーっと!」
そう言って乃蒼は軽い調子で筆を滑らせる。みるみるうちに絵は出来上がるが――それが日本刀に見えるかは、怪しいものだった。
「はい! 出来ました!」
出来上がった絵を掲げるが、やはりそれは乃蒼以外の人間には刀に見える代物ではなかった。半円の刀身に小さなな柄、歪な鍔をした日本刀らしき物がそこには描かれていた。
「これは酷い……」
「え! 駄目ですか!?」
「クリム、どう思う?」
いつの間にか俺の肩に乗り移ったクリムに聞くと、絵を見てポツリと呟いた。
「なるほど。深い……」
「あは、わかりますぅ?」
「なるほどなるほど、ここが「現在」。そしてここが「未来」」
「うんうん」
「そしてここが……「過去」を表しているんだな」
「はい……。全く以てその通りです……」
クリムとノアが熱く固い握手をした。
「日本刀描けって言わなかったっけ? 現在・過去・未来ってなんだよ。なんでお前ら握手してんの……? 意味がわからなさすぎて、怖いから! ……クリム! テキトーに言ってんだろ」
「バレたぁ? テヘペロ」
俺が項垂れると乃蒼は頬を膨らまして言う。
「むー、二人とも馬鹿にしてぇ。そんなに言うのなら、紫苑さんも描いてみてくださいよ!」
筆と紙を渡そうとするが、俺は受け取らなかった。
「描けないことはないが……。DIGを使っても具現化できない」
「え、なんでですか?」
「俺には絵心がない。つまりは、具現化する二次元に必要な要素の「描く側の想い」が全く無いってことだ。蒐集家と絵師の違いはこの絵心の有無なんだろうな。お前の描く絵は、「描く側の想い」が極端に強い。だからクオリティや観る側の想いが低くても、その絵は強く頑丈に具現化できる……と思う」
筆を渡すのを諦めた乃蒼。不思議そうに自分が描いた絵を見つめながら言う。
「うーん。なるほど……。自分では他の人と大差ないと思っているんですが、そんなに違うんですね! でも、ということは、クオリティを上げれば更に役に立つ絵が描けるってことですよね! なんだか燃えてきました! 練習するぞー!」
自分の伸びしろに気が付き、やる気に火が付いたらしい。また新たに絵を描き始めた。取り残された俺とクリムはそれを呆然と眺めながいう。
「すげぇ集中力。たぶんもうオレ達の声聞こえてないだろうな」
「あぁ……。頑固で自分勝手。こいつを育てるのか……」
「骨が折りそうだな。ま、オレは骨がないから折れるのは紫苑の骨だけだな」
「お前骨無いんだ……内蔵とかどうなってるんだ? あとさっき話してたけどお前の声ってどこから出てんの? 不思議だなぁ……」
「現実逃避すな」
俺達二人のやり取りを他所に、乃蒼はバリバリと刀の絵を練習を続けた。
日も完全に落ち、絵の練習も乃蒼がひとまず満足するまでできた(上達できたかはさておき)。
乃蒼の目は眠たそうにトロンと落ち、口数もめっきり減ってしまった。色々と限界らしく、俺は予備の寝袋に乃蒼を転がし入れた。クリムも乃蒼のリュックの上で絵に書いたような鼻ちょうちんを付けて寝ている。こいつ、鼻あったんだ……。
「昨日までは1人だったのに、今日一日でやかましい奴が2人も増えちまった。どうりで疲れたわけだ。……寝よう」
本当ならば夜番を乃蒼とかわりばんこでするべきだが、俺自身も体力の限界がきていた。倒れるように寝袋の上に寝そべる。
走馬灯のように長い長い今日の出来事が脳裏を過ぎ去っていく。そのうち、俺の意識も暗闇に沈んでいった。
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