第8話 戦いを終えて

 バインダーから白い紙を取り出し、氷漬けにされた幼女に押し付ける。あれだけお喋りだった幼女も流石に「凍結」されてしまえば口を開くことすらできない。無音で紙の中に吸い込まれていった。


「蒐集完了っと」


 ため息交じりで俺は紙の中の幼女へ目を落とす。


 ギャグ漫画のように大きな氷の中に閉じ込められた幼女。寒さと驚きの表情を浮かべ、少し間抜けな絵面になってしまった。しかし、この幼女に数分前まで殺されるところだったのだ。二次元種は見た目で判断できないことを再び思い知った。


 絵をバインダーに戻すと、後ろで乃蒼が急に喜びの声をあげた。


「いやー! やっぱり二次元種は強いですね! しかし、このコンビに勝てない敵などいないのであった! って感じですねぇ!」


 乃蒼がピョンピョン跳ねながら周りを回り始めた。最初はやれやれといった様子で見ていたが、流石に周回が三週目あたりになるとイライラしてきた。四週目に突入する前に乃蒼の頭を両手で掴んだ。


「い、痛いです!」


「そんな手放しに喜んでられるか! 元はと言えば、お前がちゃんとした絵が描けてればこんなに苦戦しなかったんだぞ! 抽象画に関しても、今回は上手くいったが、場合によっては俺達も死んでたかもしれないんだぞ!」


「え、えぇ~~? 大丈夫ですよ! 私の絵はそんなことしません!」


 パッと頭を放してやるとその場に屈みこむ乃蒼。下から恨めしそうに俺を見上げる。やはりこいつは全く理解していない。


「あのな、なんでDIGの具現化で具象画しか使われないか、分かってるのか?」


「はぁ……。分かりません!」


 威勢のいい返事に苛つきを覚えるが、俺は答える。


「途中でも説明したが、DIGで具現化する絵は2つの「想い」と「クオリティ」に依存する。具象画は文字通り具体的な対象物だから、ある程度「クオリティ」や「描き手の想い」が確立しやすい。だが、抽象画に関しては「クオリティ」も「描き手の想い」も不確定なものになる。今回はお前が純粋に「凍結」をイメージして描いたから良かったものの、少しでも雑念が絵に紛れば、それは「凍結」の抽象画にならなかっただろうな。もし、そんな不完全で不確定な抽象画を具現化したら、どうなるかわかったもんじゃない……」


 の強制発生。


 具現化した瞬間、爆発・溶解・切断・蒸発、その他諸々、最悪の場合一瞬で「死」という事象が発生したかもしれない。

 想像しただけで背筋が凍った。


「大丈夫です! 私、絵を描く時はひたすら無心なので! 雑念なんて入りません!」


 元気にそう答える乃蒼だったが、俺は依然として声を落として答える。


「具現化させる俺の身にもなってみろ! 毎度暴走しないかヒヤヒヤしてたら寿命縮まるわ! ……ま、次に組む『蒐集家』には抽象画についてちゃんと説明しとくんだな」


「はぁい……ん? ?」


 キョトンとした様子で固まる乃蒼。しばらく停止した後、ようやく意味を理解できたのか狼狽え始めた。


「「次の」って何ですか!? それじゃあまるでコンビ解散するみたいじゃないですか!?」


「あぁ? そうだよ。コンビ解散だ」


「えぇー! そ、そんな!」


 地面に崩れる乃蒼。この世の終わりのように頭を垂れてしまった。いくら強力な抽象画を描けるからと言って、あんな不確定要素の多い力を使い続ければいつか痛い目を見るのは明らか。こんなリスキーな絵師を相方とする度胸を俺は持ち合わせていないのだ。


 落胆する乃蒼になんと別れの声を掛けようか考えていると、肩に乗る棒人間が俺の頬を軽く叩いた。


「いてぇな……なんだよ」


「お前なぁ、窮地を共にした仲間になんてこと言うんだよ。いいじゃねぇか、これからもコンビ組み続ければ。中々良い組み合わせだと思うぜ? 性格的にも対照的で。お前と反対で明るくて面白……良い子だぜ」


「悪かったな根暗でつまらん奴で。たしかに抽象画は凄いと思うが、武器にするには危険すぎる。具象画が多少描ければ相方にしたが、抽象画しか描けないんじゃ話にならん。お前だって見ただろ、あのグニャグニャな刀」


「確かに見た目は酷かったが……。ほれ、アレ見てみろよ」


 クリムが指さす先に、戦闘中に幼女に吹き飛ばされた例の刀――乃蒼が描いた刀身が垂れる刀が落ちていた。相変わらず刀身はグニャグニャに曲がっている。しかし、刃渡りだけは綺麗に輝いていた。


「見ろよ。あの幼女の攻撃を受けておきながら、傷一つない。それほどあの刀は頑丈だってことだろ? ただのクオリティの低い刀だったら、すぐに折れちまうよな?」


「……まぁ、確かに」


 クリムの言う通りだ。クオリティが低い絵ならばすぐに崩壊してしまう。しかし、あの刀はクオリティが低くても強度がある。と、いうことは……。


「「描き手の想い」が強いのか。低クオリティを補って余るほどの乃蒼の「想い」があの刀に乗っかってる。って言いたいのか?」


 クリムはうんうんと頷く。


「この子は絵自体のクオリティは酷いが、絵に「想い」を込めることができるってことだ。こいつぁ一朝一夕で身につくもんじゃあねぇよ。だが、クオリティの低さは修練次第でどうとでもなる。絵師を後援するのも蒐集家の仕事なんじゃねぇの?」


 確かにその通り。だが、


「こいつが絵師として育つのを待ってる間に、二次元種に殺されちまう。俺が欲しいのは即戦力になる絵師だ」


「じゃあ即戦力になり得る絵師と巡り会うのを待つか? それより先に二次元種と巡り会うと思うけどね」


 悔しいが、これもクリムの言うとおりだ。


「……。家を出る前に婆ちゃんに描いてもらった剣も壊れちまったし……ちっ」


 俺は舌打ち、地面に突っ伏す乃蒼に言う。


「やっぱりコンビ解散は保留にしておく」


 すると乃蒼はすぐさま顔を上げ、お辞儀した。


「あざまっす!」


「ただし、今後は抽象画だけじゃなく、具象画も描け」


 俺の言葉に乃蒼は再び衝撃を受けたらしい。目を見開いて硬直した。


「そ、そんな! 私の得意な絵が描けないだなんて! 私、抽象画専門なんですよ!?」


 泣き出しそうな声を出し、俺の足元にすがりつくが、それを振り払って言う。


「練習あるのみ! 描いて描いて描きまくれ! 具象画も得意になれ! 第一な、抽象画を描く人=写実的な絵が描けないわけじゃないからな。ピカソだって写実的な絵は滅茶苦茶上手いんだ。基礎は出来てるが、あえてああいう絵を描いてんだよ。お前も基礎からやり直せ!」


 熱く語る俺に対し、クリムが冷ややかに突っ込む。


「ムチャクチャな指摘だな……。結局「頑張れ」しか言ってないし」


 そう、つまるところ根性論。無茶を言っているのは重々承知。しかし、無茶を通すのが修行。俺だって蒐集家になるために積んだ修行も無茶の連続だった。嗚呼……思い出すと吐き気がしてきたのでもうこの話はやめよう。


「うぅ……」と小さな悲鳴をあげる乃蒼だったが、次の瞬間、


「ま、そうですね! 得意なことばっかりやっててもつまらないですし! 具象画も描いてみます! やってやれないことはなし! やるぞーー!!」


 一変して快活に笑う乃蒼。

 なんだこいつ……。


「引くほどポジティブだな……」


「いやぁ、うん。やっぱりお前とは正反対だな。面白……心強い相方ができて良かったな!」


 ガハハと笑うクリムとそれにつられて笑う乃蒼。俺1人だけ顔を手で覆い今後の行く末を憂いていた。


 とにもかくにも、『蒐集家』と『絵師』として初の戦闘が無事に終わった。


◇◆◇◆


 今後使えるか分からないが、乃蒼の描いた刀を回収することにした。バインダーに収め、これからのことについて考え始めた。


 ひとまずこの山を下りるにしても、何処から出た方が良いのか。また二次元種に遭遇していては体がもたない。そもそも、がむしゃらになって逃げたため、現在の位置もよく分かっていない。ここから目的地の方角は――。


 そうこう考えていると、乃蒼がおずおずと問いかけた。


「あ、あのー……」


「なんだ?」


「今更かもしれないんですけど、その方は?」


 乃蒼が指差すは俺の肩に乗っている棒人間、クリムだ。俺は思わずハッと息を呑んだ。


「しまった。そういやの忘れてた。もういい!クリム。もどれ!」


「ポ○モンみたいな扱いすな! せめて「よくやった!」って言えよ! ま、褒められても戻らねぇけどな! ようやくシャバに出れたんだ。まだまだ三次元の世界を楽しませてもらうぜ!」


 俺の命令を無視して息巻くクリム。生意気な……初期のピ○チュウかよ。


 俺とクリムが睨み合う中、乃蒼が驚きながら言う。


「や、やっぱり、二次元種ですよね! それなのに、どうして!?」


 俺はギクリと肩を竦める。戦力不足のため、仕方なく呼び出したが、こいつは乃蒼の言う通り二次元種である。本来ならば三次元種に仇なす敵だ。


 とある事情のため、クリムは現時点で敵ではないが、それを説明するにはいくつか面倒な話をしなければならない。一応コンビを組んだ中ではあるが、まだそれを説明するほどの乃蒼への信頼度は高くない。


 しかして、どう説明したものか。


 説明しあぐね、さぞかし不審に思うだろうという俺の予想とは裏腹に、乃蒼は目をキラキラさせていた。


「凄いです! 二次元種の方となんですね!」


 意外過ぎる反応に肩透かしを喰らった。


「お友達て……。二次元種を引き連れてるなんておかしいだろ! なんか疑わないのかよ。実は俺が二次元種側のスパイだ! とか」


 思わず自ら嫌疑をかけるような発言をしてしまったが、乃蒼はキョトンとしている。


「えっ! スパイなんですか!?」


「いや、違うんだけどな……。ええい、もういい! こいつは俺の家の倉庫に仕舞い込んであった、二次元種だ。色々あって、俺の手下として従わせてるんだ」


 そう言って俺はバインダーから一枚の紙を取り出した。


「さて……もうお役御免だし、元の紙ん中に戻ってもらう」


「わああぁぁ! お前らのやりとりにほっこりしてたら油断したぁ! 嫌ぁ!! ちょっと待て待て! まだ戻りたくねぇよぉ!」


 白紙の中に戻そうとするが、クリムは俺の頭にしがみ付いた。すぐさま空いた手でクリムの体を掴み取る。


「抵抗すんじゃねぇ! いいから! 大人しく入りやがれ!」


「いーやーだーっ! 何年ぶりだと思ってるだ! もうしばらく堪能させろよ!」


 なんとか紙の中に入れようと試みるが、クリムは存外しぶとくしがみついている。一旦掴むのを止め、どうしようかと考えていると、乃蒼がヒョイとクリムを摘まみあげた。油断していたクリムは思わず「ひっ!」と悲鳴をあげるが、乃蒼だと分かると少し安心した様子で身を委ねた。


「せっかく二次元種のお友達が三次元に来られるようになったんですから、同じ次元にいましょうよ。それに、肩に乗せるのが嫌なら、私のリュックの中に入ってもらうのはどうでしょう?」


「おぉ! 良いこと言った! えーっと……」


「絵垣乃蒼です! よろしくおねがいします!」


「あぁ! よろしくぅ! 俺はクリム――」


「こいつは棒人間のクリムだ。……はぁ、勝手に意気投合しやがって。好きにしろ!」


 乃蒼があっさりとクリムを受け入れたことにホッと胸を撫で下ろしたいが、同時にその安易な受け入れが理解できずやはり胸の内は晴れない。


 人類の、三次元種の敵である二次元種をこれほど素直に受け入れるとは。余程心が広いのか、それとも単に何も考えていないのか。


 そう考えている間にも、乃蒼とクリムは既に意気投合し、和気あいあいと談笑し始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る