第6話 恐怖の想い

 紙の中に綴じた制服姿の二次元種を確認すると、全身からドッと汗が噴き出した。


 思い返せばギリギリの戦いだった。死んでもおかしくない場面が幾つもあった。勝ちはしたが、勝ち誇れるような内容ではない。


 額の汗を拭い、紙をバインダーに戻す。反省会は後にしよう。もう一戦の方が気になる。


「クリムは大丈夫か――」


 呟き、振り返ろうとした瞬間。俺の頭に何かが激突した。


「大丈夫じゃねぇよ!」


「いってぇ……!」


 一瞬ふらつき、足元を見ると棒人間クリムが大の字で倒れていた。


「不意打ちとは酷ぇな……! パジャマ姿の二次元種――もとい、あの幼女はどうした?」


「不意打ちはこっちの台詞だ! 呼び出して早々に投げつけやがって! ――てか、何あの幼女! 超強いんだけど!」


 半泣き半ギレ状態のクリムはよろよろと起き上がり、飛ばされてきた先の幼女を指さす(指は無いが)。


 指した方からフワフワとした足取りでパジャマ姿の幼女が歩み寄る。大きめのピンクのパジャマを着て、眠たそう眼をしながら笑みを浮かべている。


 それでも隠しきれない威圧感。まるで冬眠から目覚めた熊と対峙したときのような、本能に訴えかける圧力と殺意。熊とは違い、見た目とその圧力がちぐはぐになっているのが二次元種の不気味なところだ。


「いやいや、棒人間君も滅茶苦茶強いよ~。私とほぼ互角だもん。そんな低クオリティの癖にこんな強いなんて……ほんと、何者? って感じ~……って、ありゃ、制服の子、やられちゃったの~? ヤバいじゃ〜ん、もう私一人〜?」


 劣勢を憂うセリフだがその言葉に焦りの色は見られない。それもそのはず、クリムと比べほとんどダメージが無い。制服姿の二次元種が俺に蒐集されたと分かっても、時折欠伸を漏らし、尚も余裕の様子だ。


「いやー、しかし、心なしかワクワクしてきたな。そうだろ? 紫苑。超絶絶体絶命。少年漫画だったら手に汗握る場面だな」


「そういうのいいから。それに俺が読んでた漫画は自分が不利になる場面なんてなかったよ」


「かーっ、俺TUEE系が好みか。そうですかそうですか。……今度オススメの一冊を紹介してやるよ。熱い展開がよぉ、バシバシ出てくんだ!」


「遠慮する。どうせお前の漫画だろ」とクリムが喋る合間にも、幼女はジリジリと距離を詰める。


 俺に若干の余裕があるのには、それなりの理由があった。未だ敵に存在を知られていない味方、乃蒼の存在だ。戦闘が始まり数分しか経過していないが、なにかしらの絵を描くには充分な時間だろう。俺の計算では、そろそろ――


「紫苑さん! できました!」


「うぉ!」


 思わず声をあげて驚いた。後方の草むらから、突如として乃蒼が現れたのだ。一枚の紙を大事そうに抱えて草むらから飛び出していた。


 にじり寄るパジャマ姿の二次元種もこれには驚いたらしく、歩みを止めた。しかし、表情だけは変わらず笑みを浮かべている。


「わぉ。すっごいね、お兄ちゃん! さっきから驚かされっぱなしだよ~。しかも、もしかしてその子、『絵師』~? うわ~、大変だ~」


 これっぽっちも慌てた様子を見せず、棒読みでそう言うと、急に頭を項垂れた。一呼吸の間が空き、声のトーンを落とし、続けて言う。


「『絵師』がいるんだったら……もう、殺しちゃおっかな~」


 甘ったるい声色だが殺意に溢れた台詞が俺の心臓に突き刺さる。ニコッと浮かべるその笑みは、始めから張り付いている笑顔と変わらないはずなのに、言葉以上の狂気を孕んでいた。


 幼女の言葉を聞き、乃蒼はガタガタと震え出した。


「こ、こここ殺されるんですか、私!?」


「いや、たぶん殺すなら俺の方だ。二次元種にとって『絵師』は貴重な仲間を増やすみたいなもんだ。それに比べて『蒐集家』は仲間を減らす。そうだろ?」


 そう言うと、パジャマちゃんはコクリと頷く。


「うん~。そうだね~。それに、お姉ちゃんの方が恐怖の『想い』が強そうだしね~」


「? 恐怖の『想い』……?」


 俺の疑問を無視し、パジャマ姿の二次元種は欠伸を一つ掻くと、両手をパジャマの裾にすっぽりと引っ込めた。所謂その「萌え袖」は茎の折れた花のようにプラプラと揺れている。


「ふんふんふんふん♪」


 楽しそうに袖を振り回す幼女。徐々にその袖がグルグルと円を描き始めた――次の瞬間。回る袖が発火した。一瞬で炎は袖全体に広がり、そして、


「え~~い!」


 と、パジャマ姿の二次元種は、近くの木に向かって袖に纏わりついていた炎を投げつけた。炎は轟々と唸りながら飛び、一瞬で木を紅く覆い尽くす。


「――っ!」


 熱風が俺達を襲い、後から焦げた匂いが辺りを覆う。パチパチと燃える木を見ながら、幼女は言う。


「これが本当の「燃え袖」~?」


「えぇ……そんなのあり? 言葉遊び――というかダジャレじゃん」


 クリムが震えた口調で言う。


「……こいつがなら……ありだろ」


 炎に呑みこまれた木がゆっくりと傾き、地面に倒れ込んだ。灰塵が舞い、炎は消え失せ、一本の大きな木炭だけがそこに残った。幼女は満足そうに笑みを浮かべ、木だった物から俺達へと視線を送る。


 乃蒼は立ち竦み、クリムも動けずにいた。圧倒される二人を差し置き、俺だけが行動をとった。


 まず、足元のクリムを摘まみ上げる。クリムは「うおっ!?」と声を漏らすが特に抵抗はしない。


「お前、ワクワクするって言ったよな」


「言ったっけ? ゾクゾクするの聞き違いだろ?」


「そいつぁちょうどいい。寒気がするなら炎を出せる相手にピッタリだな」


 クリムを掴んだ腕を大きく振りかぶる。ボールよりは掴みづらいが、投げつけるにはちょうどいい重さ加減だ。


「いや、ゾクゾクってそういう意味じゃ――」


 俺は先ほどと同じように、クリムを幼女へと投げつけた。クリムは「人でなしぃ!」と叫びながら矢のように飛んで行く。着弾を確認せぬまま、俺はすぐに乃蒼の方へ振り返る。


「乃蒼! 絵は描けたんだな!?」


「え、あ! はい! できてますよ!」


 乃蒼は抱えた絵をギュッと握りしめた。二次元種と戦う為の絵。どんなものを描いたのかじっくり見てみたいが、そんな暇はない。


 クリムの「ひぃ!」という声が聞こえた。恐らく幼女と衝突したのだろう。俺は半ば奪うように乃蒼から絵を受け取った。


「ありがとよ! さっそく使わせてもらうぞ!」


「は、はい!」


 俺がそう言うと、こんな状況でも何故か嬉しそうに乃蒼は笑った。そんな乃蒼を尻目に、俺は踵を返し幼女の方へ駆け出す。


 クリムと幼女の戦闘は始まっていた。ちょこまか蝿のように飛び跳ねるクリムに対し、炎の付いた袖をぶんぶん振り回す幼女。飛び回るクリムが叩き落されるのは時間の問題だ。


 やられてしまう前に戦闘に加わらねば。あんな炎を操る幼女でも、クリムと俺の二人掛かりならばなんとかなるかもしれない。


 俺は乃蒼の絵を見ることなく手を紙の中に潜らせた。紙の中で固い物が手に触れた。これは――柄? 最初の要望を聞き入れてくれたのか、恐らくこれは剣や刀などの長物だ。


 いつものようにそれを三次元の世界へと引きずり出す。そして、クリムと幼女が攻防を繰り返すところに飛び込みながら言う。


「クリム! 援護するぞ!」


「おぉ! 紫苑! かたじけねぇ……って、えぇ……」


 加勢に喜ぶクリムの声色が、急に驚愕と落胆の色へと変わった。敵である幼女も一瞬は目をギラつかせたが、俺の手元に視線を向けると吹き出して笑った。


 意味が分からなかった。しかし、敵の動きが鈍った今、絶好のチャンスだ。手に取った剣を振りかぶった、その時。


 剣の異様さに初めて気が付いた。


「……ん? ……んん!?」


 俺は自分が持っている剣を見て、目が点になった。


 茶色の柄、金色の鍔。ここまではいたって普通の日本刀のように見える。

 しかし、刀身がのだ。まるで剥いたバナナの皮だけを持ったように、銀色の刀身が鍔からダランと垂れていた。


「なっ、なっ、な……!」


「ぷぷーっ! 何それお兄ちゃん!? すごいね~~。今度はそういう路線で驚かしてくるなんて~! あ、もしかして、それは笑いで私の腹をねじ切るための刀なの~?」


「紫苑ーーっ! 普段ボケない癖にこういう時だけボケるんじゃねーよ!」


「ち、違っ……」と否定しながら、俺は後方へ視線を送る。この刀の製作者、乃蒼へ無言で訴えかける。


 乃蒼は顎に手をやり、首をかしげながら一言。


「うーん……ちょっとパースがおかしいのかな?」


「そんなレベルじゃねーぞぉ! なんだこの刀は!?」


 俺の怒号と、幼女のケタケタと嘲るような笑い声が森に響き渡った。


 ――それから先は悲惨なものだった。


 俺とクリムは二人掛かりでパジャマ姿の二次元種に挑むが、ぐにゃりとが垂れた刀では、まさしくが立たなかった


 もしかすると、この柔らかい刀身を鞭のようにしならせれば武器として役にたったのかもしれないのだが、鞭としての役割も果たせなかった。


「なんで柄の握り具合によって急に硬くなったり柔らかくなったりするんだよ……」


「しかも、刀を振る強さで伸縮するみたいだな。危うく何回かオレが切られそうになったぞ!」


 俺とクリムはボロボロになった身体でその珍妙な刀へ悪態を吐く。二人は全身に傷を負い、地面に倒れ込んでいた。


 かすり傷一つない幼女は、俺達を見下ろしながら鼻歌混じりで袖を振る。


「ふふ~ん。一時はどうなるかと思ったけど、案外たいしたことないね~。燃え袖も使わなくて済んだし~。さあ、お兄ちゃん、もうひと踏ん張りだよ~。あともう少しで死ねるからね~。……棒人間さんは二次元種みたいだけど。まぁ、ついでに死んじゃってよ~。邪魔だし~」


 余裕に満ち溢れ、小躍りを披露している。


 何故こいつは俺達にさっさととどめを刺さないのだろうか? 相手をいたぶるのが好きなキャラクターなのだろうか。


 そんな些細な疑問の回答が出る間もなく、幼女は小躍りを終えた。そして、その視線を少し離れた場所にいる乃蒼に向けた。


「『絵師』のお姉ちゃん? どう? 怖い? ちゃんと絶望に打ちひしがれているかな~? 元はと言えばお姉ちゃんの描いた絵が役に立たなかったからこんな状況になった訳だし~。しっかりと悲しんでる~?」


 煽りに煽るその口調。挑発の矛先である乃蒼は背を向け、地面に座り込んでいた。草むらが邪魔し、俺達からはよく見えないが、小刻みに揺れている。


「ん~? もしかして怖すぎて耳に入ってないのかな~? ま、それでも良いんだけどね~。恐怖から来る「想い」は私をドンドン強くしてくれるしね~」


 幼女は喜びで尻尾を回す犬のように、袖をぶんぶん振り回す。


 そこでようやく俺はこの二次元種が俺達をいたぶる理由と執拗に煽る理由を理解した。


「くそっ……そういうことか……」


「何がだよ、紫苑。まさか秘策でも思いついたか?」


「違う。俺達がまだ殺されない理由が、だよ。こいつ、乃蒼に恐怖の「想い」を抱かせることで、二次元種としての力を高めようとしてやがる……!」


 キッと睨みつけるが幼女は再び踊り始めた。


「そういうこと~。私たち二次元種の力の源の一つ、「読み手の想い」はね、『感動』『羨望』『思慕』……とかとか、いくつか種類があるんだけど~それって人間に抱かせるのって結構面倒なんだよね~。だ~け~ど~、『恐怖』や『怒り』を抱かせるのは簡単なの~。こうして仲間である人間を殺すところを見せつけるだけでいいからね~」


 踊りながら幼女は俺に向けてニッコリと笑う。


「安心して、お兄ちゃん。このお姉ちゃんは死ぬまで私が面倒見るから~。邪魔な手足はちょん切って~一生私に恐怖しながら飼い殺してあげるね~」


 先ほどと寸分狂いの無い笑み。しかし、そこに込められたどす黒いモノに畏怖の念を感じずにはいられない。しかし、この「畏怖」までもが奴らをさらに強くしてしまうのだ。


 否、今はそんな事考えている場合ではない。何か現状を覆す打開策を講じねば。地面に突っ伏しながら俺は思考を張り巡らせる。


 残りの所持品、周囲の状況。どこかに解決の糸口はないものか。


「なぁなぁ……」


 耳元でクリム囁いた。幼女にバレない様に小さな声で耳打つ。


「どうすんだよ、このままじゃ殺されちまうぞ」


「分かってる。今、どうするか考えてるんだよ!」


「考えてるって、今のところ策無しかよ。だったら、もう――」


 クリムは幼女をチラリと見て、こちらの様子に気づいていないことを確認すると続けて言った。


「オレを姿に戻せ。そうすりゃなんとかなる」


「嫌だ。それだけは絶対に嫌だ。そんなことすりゃ、どうせお前は俺を裏切る」


「かーっ、本当に性根が腐ってんな……。何年の付き合いだと思ってんだこの野郎! まだオレの事を信用できねぇのか!」


 つい口調が強くなってしまった。


「お兄ちゃん達、何をこそこそ話してるの~?」


 倒れている俺達の目の前に、いつの間にか踊りを終えた幼女が立っていた。幼女とは思えぬ威圧感を放っている。まるで致命傷を与えた獲物が逃げ出さないよう睨めつける獣のようだ。


 俺は顔だけ上げて幼女に言う。


「……冥土の土産は何かなって話してたんだよ」


 苦しい嘘だったが幼女はニコッと笑った。


「あはは~。冥途の土産なんて~~。「メイド」はお兄ちゃんが倒しちゃったじゃん~。だからもう土産は無いよ~」


「だったら幼女の土産でもなんでもいいから、何かくれよ」


 何か考えねば。とにかく時間が欲しいがために適当に話を続ける。


「そうだな〜。でも渡しちゃおうかな〜?」


「幼女のくせに難しい言葉を知ってんだな。萌え(燃え)袖の親父ギャクといい、実は結構高齢のキャラなのか?」


 俺の思惑を汲み取ったらしく、クリムも続ける。


「ロリババアってやつか? オレもどうせ殺されるならどんな属性の幼女か知りたいぜ。色々教えてくれよ」


 しかし、幼女は全てを見通したかのように嘲笑う。


「あはは~。親父ギャグが好きなのは、私を描いたのが中年のオジサンだったからかな~? 私の属性か~盛られ過ぎて自分でも良く分かってないや〜。

 さてと。そんなあからさまな時間稼ぎに付き合う気はないし……そろそろお姉ちゃんの恐怖もピークに達しちゃったかな~? 気絶されてもつまんないから――」


 と、幼女は笑いながら袖を振り回し始めた。そしてあっという間に大木を一瞬で燃やし尽くす大火力の炎が袖に宿った。


 準備完了、あとはこの炎をひれ伏す人間に向かって落とすだけ。パジャマ姿の二次元種は座り込む乃蒼に向かって言う。


「さぁさぁ、『絵師』のお姉ちゃん、ちゃんと見ててね~。今から火葬を始めるよ~。焼き加減はお姉ちゃんに決めて貰おうかな~? ミディアム? レア? それとも――」


「できました!」


 幼女が台詞を言い切る直前、乃蒼は急にそう言って立ち上がった。その手には、何かが描かれた一枚の絵があった。


 幼女は唖然とし、立ち上がった乃蒼を見つめる。先ほどまであの少女が地面に座り込んでいたのは、恐怖で足が竦んでいたのではない。小刻みに揺れていたのは、怯えて震え上がっていたのではない。背を向け目を逸らしていたのは、現実から逃避していたのではない。


 ――全ては絵を描くためだったのだ。


 その事実を知った幼女は尚も笑顔だが、今までで一番低い声で言った。


「……私たち、二次元種にとって、「見られない」っていうことがどれだけ屈辱的か知らないの~!? 最も悲しく最も惨めで最も――不愉快なのよ!」


 お決まりの笑顔を浮かべながら幼女は咆哮。そして両袖に炎を宿しながら、乃蒼に向かって走り出した。


 まずい。このままでは一瞬で乃蒼が殺されてしまう。そう思った瞬間、隣で倒れていたクリムの目(と思われる部位)が、キラリと光った。


「とぉっ!」


 掛け声と共にクリムは飛び出し、幼女の足に絡みついた。


「うわぁっ~!? あぁ危なっ!? 熱っ〜! 危ないじゃない~!!」


 走り出していた幼女はたまらずその場で転んでしまい、両袖の炎は顔面を掠めた。発火と鎮火を自在に操れるのだろうか。袖の炎は一瞬で消え、足元に絡みつくクリムをキッと睨みつける。


「こ、この~! 棒人間ごときが〜!」


 土と草の欠片を顔につけながら、幼女は足に絡みつく棒人間を振り払おうとする。しかし、手はすっぽりと袖の中にしまっているため、絡みついた棒人間を上手く引き剥がせず、更に悪態を吐く。


「なんなのよ~! 二次元種のくせに三次元種の味方なんかして!」


「うるせぇ! こっちにも色々事情があるんだよ! ……紫苑!」


 幼女の足に必死にしがみ付きながらクリムは言った。


「行け! 何が描けたかは分からんけど、今はあの子に頼るしかない!」


「お、おう!」


 俺は返事すると傷ついた身体を起き上がらせる。満身創痍だが、まだ走る事はできそうだ。絡み合う幼女と棒人間を背に、乃蒼の元へ駆ける。


「乃蒼!」


「紫苑さんっ! さっきは……すみませんでした!」


 痛む全身を抱えるように走り、乃蒼のもとに辿り着いた。今にも泣きそうな乃蒼を睨みつける。


「なんなんだ! あの滅茶苦茶な絵は!」


「その……実は「剣」とか描くのが苦手で……」


 苦手というレベルだろうか。いや、今はそれどころではない。


「ええい、過ぎたことはもういい! それで、また絵ができたんだな!?」


「は、はい! 今度はちゃんと、描けました!」


「よし……次はなんだ、銃か? 槍か?」


「えーっと、こちらになります!」


 乃蒼は少し躊躇った様子を見せたが、覚悟したのか両手にもった紙を前に突き出す。おもむろに渡された紙を前に、俺は少し戸惑う。


 この紙に描かれたものが俺達の命運を分けるのだ。あの二次元種を倒せる唯一の望みがこれなのだ。


 そう思うと少し手が震える。絵を見るのがこれほど怖いと思った事はない。が、まごついている暇もない。


 腹をくくり、受け取った絵を括目する。


 そして、そこに描かれた絵を見て俺は絶句した。


 全身から血の気が引くのを感じながら乃蒼の顔を見やる。乃蒼の顔はこわばり、ぎこちない苦笑いを浮かべていた。心配と恐怖の色が見える。しかし、同時に「自分の持てるもの全てを出し切った」というやりきった顔をしている。震える唇から彼女は言う。


「あの……私、こういうのしか描けなくて……」


「「こういうの」って、お前、これ……」


 俺はその手に持った絵を乃蒼に突き出して言う。


「これは――「抽象画」じゃねーか!」

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