第5話 棒人間

 俺がバインダーの紙へ手を伸ばすと、パジャマ姿の幼女も反応した。


「へ~~! こんな状況でもまだ戦おうとするんだ~~! 少~~し見直したよ、お兄ちゃん!」


 変わらず笑みを浮かべ、称賛とも侮蔑ともいえる言葉を送るだけでその場からは動かない。相当余裕のようだ。


「そりゃどうも……!」


 俺はこれ幸いと砂嵐のような音を立てながら、紙からあるモノを掴んで具現化させた。


 それは、一体の「棒人間」だった。


 頭は黒く塗り潰された球体、首から下の胴、手足は黒い直線でできている。無個性の塊だが、申し訳程度のチャームポイントとして首元に紅いマフラーが巻かれていた。子供のラクガキのようなその棒人間は俺の手の平に乗れるほど小さい。


 具現化直後、棒人間は永い眠りから覚めたように、(口がないので分かりづらいが)「ふぁ~~あ……」大きな欠伸を一つかいた。体の節々をグッと伸ばすと、自分が立っている手の平の主、つまりは俺の存在にようやく気が付いたようだ。


 手のひらの上でピョンと飛び跳ね、明るい少年のような声で喋った。


「お! よっす! 紫苑。ったく、つれないなぁ、仲間だっていうのに紙ん中に閉じ込めやがって……。あ、もしかして、寂しくなって呼び出した? 俺に会えなくて寂しくなっちゃった?」


 生意気な口調の棒人間に対し、俺は多少の苛つきを覚えながら返答する。


「あぁ、そうだよ、クリム。「敢え無く」お前を出すしかなかったんだよ!」


 俺はクリムと呼んだその棒人間を軽く握り締める。


「痛てて! 相変わらずご挨拶な野郎だな。挨拶と言えば……えっーっと、今、朝か? 昼か? おはよう? それともこんにちは?」


「昼過ぎだから、「こんにちは」だな。そして――」


 呑気に挨拶するクリムを持ったまま、俺は大きく振りかぶった。


「いってらっしゃい! ちょっと時間稼ぎしてろ!」


 状況を呑みこめていない棒人間を、パジャマ姿の二次元種へ投げつけた。


「いきなり何なんだあああぁぁぁ……!?」


 一直線で飛んでいくクリム。


 パジャマ姿の二次元種もそれを躱すことが出来なかった。流石に棒人間の登場が意外だったらしい。身動きが取れずに固まっていたのだ。


「わぁ〜〜!?」


 というパジャマ姿の二次元種の声とクリムの衝突音が聞こえると、俺はすぐさま振り返り、後方にいた制服姿の二次元種へ身構える。


 これで、二対二になった。


 俺は前方に駆けつつバインダーのページを捲る。剣のページを開き、再びDIGを装着した右手を紙に潜らせる。


 俺の動作に制服姿の二次元種も戦闘準備に入った。メイドの二次元種と同じように、後ろに手を回すとどこからともなく武器を取り出した。


 メイドの武器が掃除用具だったならば、こいつの武器は文房具か部活動の道具か? そんな俺の予想を裏切り、現れた物に俺は驚嘆した。


「ひ、百トン!?」


 取り出したのは背丈ほどある大きなハンマーだった。鉛色の頭部分に大きく「百トン」と記されている。


 ギャグ漫画かよ! というツッコミを抑えながら、俺はクレヨンの剣を抜刀。


 引き抜いた勢いのまま、制服姿の二次元種めがけて横薙ぎに払う。


 直後、高い金属音が鳴り響き、重い衝撃が体を襲った。素早く振り抜いた剣は、同じく横に振られたハンマーに受け止められた。


「重てぇ……! けど、そのハンマー、ぜってぇ百トンもないだろ!」


「先、輩!」


 俺と制服姿の二次元種は剣とハンマーで圧し合う。流石は二次元種、近くで見るとその端正な顔はまさしく作り物のようだ。美女との見つめ合いを続けてるのも良いが、このままでは殺されてしまう。力比べになると圧倒的に俺の分が悪い。


 俺は圧し合いを早々に止め、ハンマーをいなして一旦後方へ跳んだ。そしてすぐさま上段の構えに変更する。制服姿の二次元種は逆に下段に構える。


 ほんの一瞬の間が空き、春風が二人の間を通り抜けた。学園ドタバタラブコメディに見えなくもない立ち絵。


 落ち葉がふわりと舞って再び地に落ちた――瞬間。


 俺が先に踏み込んだ。上段からの振り下ろし、右からの横斬り、斬り上げ、袈裟斬り、再び横斬り――。四方八方の斬撃を繰り広げる。


 制服姿の二次元種は始めのうちは辛うじてハンマーで受け止めていたが、連撃が十を超えると次第に守りが甘くなった。


 そして、ついに一太刀が制服の肩を斬りつけた。


「先、輩!」


 相変わらずの固定の笑顔を浮かべて吠える二次元種。俺は動きを止めない。この勢いを殺す訳にはいかない。


「まだまだぁ!」


 押せる。押し切れる。


 やはりメイドと同じで少女の体は頑丈だ。ようやく届いた一太刀だったが、出血は無い。が、ダメージは少しはあるようだ。動きがほんの少し鈍くなっている。このまま斬撃を浴びせ続ければいつかは押し切れるはず。


 そう思った瞬間。ピシッという亀裂音が聞こえた。


「なっ!?」


 自分の剣に亀裂が入った。そして、その亀裂は雷の如く剣全体に響き渡り――剣はガラスのように四散してしまった。


 スピードで勝ち、体もまだまだ動かせるが、肝心の武器が耐えきれなかったのだ。


「婆ちゃんの剣が……」


 クレヨンの欠片が手から零れ落ちた。欠片が光を反射させながら舞う中、変わらない笑顔が張り付いていた少女の目がギラリと光った。


「先、輩!」


 二次元種の少女は武器を失った獲物めがけ、ハンマーを大きく上に振りかぶった。このハンマーの一撃、喰らえばひとたまりもないだろう。


 今、まさに渾身の一撃が降りかかる瞬間。苦肉の策に打って出た。


「イチかバチか!」


 俺は腰のバインダーから白紙を一枚取り出し、撫でる。直後、二次元種の筋力と重力が掛け合わされた一撃が頭上に振り落ちた。


「……っ!」


「!? 先輩!?」


 俺の断末魔ではなく、制服姿の二次元種の驚愕の声が森に広がった。


 それもそのはず、振り下ろしたはずのハンマーが、その手から消えていたからだ。代わりに俺の持つ紙に百トンと書かれたハンマーが描かれていた。


「危ねぇ! ミスった時が怖いから最終手段にしていたが……蒐集完了!」


 額に冷や汗を流しながら、紙に描かれたハンマーの絵を見やる。

 二次元種の武器の奪取に成功したのだ。


 奪取はほんの一瞬の出来事だった。俺は片手でハンマーを受けつつ、もう片方の手で紙を持ち、自分の脳天に叩き込まれる前にハンマーを紙の中に滑り込ませたのだった。


 武器を奪われた少女の顔に笑みはあるが、どことなく驚き、呆然とした様子が伺えた。


 俺は自分の右手を見る。一瞬とはいえ超重量のハンマーを受けた右手はジンジンと熱く、鈍い痛みがある。しかし、骨が折れてはいないらしい。動かすことはできる。


 俺はさっそく蒐集したハンマーを具現化すべく紙に手を入れようとする。が、その手を止めた。


 あんなバカでかいハンマーを、俺が取り回せるだろうか? 無理だ。二次元種がようやく振る重さの得物、俺が振れる訳がない。


「どうする……。武器はもう無いよな……。せめて奇襲できればステゴロでも良かったんだが――って、お前はヤル気満々なのね」


 俺がまごつく中、少女は脇を締め、両拳を眼前に構え、戦闘態勢になっていた。どういうキャラ設定で描かれたのか知る由もないが、案外格闘が得意なキャラなのかもしれない。構えが様になっている。


「先輩……」


「悪いが、俺は正々堂々正面から闘う気はねぇよ!」


 俺はそう吐き捨てると、右手の雑木林へ全力で逃げ始めた。


 当然、二次元種の少女はそれを追いかけてきた。


 このまま逃げるだけではすぐに追いつかれ、仕留められてしまう。

 

 何か打開策はないか? と考えながら走ると、一本の太い木が目に移った。ちょうど、先ほどパジャマ姿の二次元種が降りてきた木と同じように高くしっかりとした木だ。


「……なるほど、良い手があったぞ」


 俺は持っていたハンマーの絵を口に咥え、幹に手を掛け猿のように上へ登る。


 すぐさま二次元種の少女も木の下に到着。俺に続いて木を登らんとしていた。


 俺は咥えていた紙の中へ手を伸ばし、ハンマーの柄を掴む。そして、


「もらったハンマー……返すぞ」


 と、紙からハンマーを具現化。手には持たず、そのまま真下へと落とした。


「せ、せんぱ――」


 少女がそう言い切る前に、ハンマーは頭部へと送り届けられた。流石の二次元種でも受け止めきれず、そのまま身体ごと地面に叩きつけられた。


 地響きが鳴り、辺りの木々が木の葉を降らす。


 俺も紙を持って地上へ飛び降りる。落ちる勢いそのままで、紙をハンマーごと、二次元種に押し付け――


「蒐集――完了!」


 砂嵐の音と共に紙がハンマーと少女の身体を吸い込んだ。紙を捲ると、そこには百トンハンマーと少女が描かれていた。

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