7.転性聖女のお泊り

 平野を歩き始めて三時間ほど経ったであろうか。

 もうエイスの町も目と鼻の先だ。

 二人に荷物を追加でもって貰ったお陰で何とか此処まで来ることができた。

 二人とも、か弱い母を許しておくれ。


「そういえば、ハルママ、町に着いたらどうするの?

 宿屋にとまるの?」


 並んで歩いていると、ベルが興味深そうに聞いてくる。

 言われてみると、人里にたどり着く事に夢中で、

そのあとの事は何も考えて居なかった。

 宿に泊まろうにも、お金を持っていないし……

 町を眺めつつ野宿とは、世知辛いなあ。


「お金が無いので、野宿ですかね」


「そうなの?なら、私のお家に来なよ。

 ちょっと狭いけど。」


「いいんですか?ご両親にもご迷惑では。」


 渡りに船とはこの事か。ベルちゃんマジ女神。

 雨風が凌げるのは非常に有難い。


「あはは、パパとママは居なくて、お兄ちゃんと二人で住んでるんだ。

 だから、迷惑とか気にしないで。」


 ご両親の話は出すべきでは無かったか。


「ハルママ、そんなに気にしないで。

 私みたいにエクリプスで両親を失った子達と

 仲良く暮らしているから寂しくは無いんだ」


 私の顔に後悔のが表れてしまっていたのだろうか。

 ベルは少し遠い目をして、笑いながらそう言った。


 その後、町に着くまで道すがら色々教えてくれた。

 エクリプスについて知らない事には驚かれてしまったが、

どうやら私が戦場に送り込まれた時の魔物の大量発生を指すらしい。

 通常の魔物の大量発生ならば一週間もあれば収まる筈が一年以上も戦闘が続き、

更には全てを溶かす呪いの血の海が発生した特異性と苛烈さから、

そう呼ばれるようになったという話だ。

 そうなると、私もこの子も同じエクリプスの被害者という事になるのか。


 ベルに関しては、戦場に最も近いクリスタの町の領主の娘だったらしい。

 町に血の海が迫る中、両親も領民を守るために戦場に赴く事となり、

兄と共に町に残って留守を預かっていた様だ。

 戦闘が長期化して刻一刻と血の海が町に迫る中、

領民に他所の町へ逃げるよう呼びかけ続け、

自分たちの私財を生活費として持たせ送り出したと言うのだから立派なものだ。

 自分たちは町が血の海に溶けて沈む最後の瞬間まで両親を待ち続け、

他の親の帰りを待つ子供たちを連れて隣町であるエイスの町に移ってきたと言う話だ。

 本当に11歳かと疑いたくなるくらいしっかりしているが、

領主の子息ともなれば幼少から帝王学の様なものを叩き込まれるのだろうか。

 孤児である私には全く以って縁のない世界の話だ。


「ベル、何処行っていたんだ!探したんだぞ!」


 町の周囲にある農地の辺りに差し掛かったところで、

大声を出しながら背の高い青年が近づいてきた。


「あ、お兄ちゃん、ただいま」

「ただいま、じゃ無いだろ!町にも森にも居なくて何処行ってたんだ!」

「ごめんね、森でファングボアに追いかけられて

 何時もより相当奥まで行っちゃって……」

「そうか、無事で良かった。

 エクリプス以降、大型生物は見なかったんだがな……

 もう、森に一人で行くのは禁止だ」


 青年に抱きしめられながらベルは不服そうにしている。


「そういえば、こいつ等は?」


 青年の勢いが凄く、会話に入れず眺めていたら、

やっと此方に気が付いたようだ。


「ハルママとアキちゃんだよ。森で助けてくれたんだ。

 あ、こっちがお兄ちゃんのアルフだよ」

「ハルと言います。妹さんとは仲良くさせて頂いております」

「アルフだ。妹が世話になったな。感謝する」


 驚く事にこの青年、身長が180cmくらいあるがまだ14歳と、

少年と言ってもいい年頃らしいのだ。私より30cmくらい大きい。

 生前は自分が身長180cm以上あったから人を見上げる経験が殆ど無かったが、

逆の立場になると少し怖く感じてしまう。

 簡単にベルに伝えた時と同様に此方の事情を伝えると、

宿泊に関しても了承してくれた。優しい。


 家は農地エリアの一角にある家らしく、直ぐに到着した。

 二人暮らしでも少し手狭な質素な木の家で、1DK程度の大きさだ。

 4人も入ったら少々窮屈に感じてしまう。


 取りあえず宿泊のお礼も兼ねて夕食を振舞うとしよう。

 まぁ、昨日同様に焼肉パーティーですけど、

この年頃の男の子で焼肉が嫌いな奴はおるまい。

 家の外に再び簡易ホットプレートを作り、

リュックから肉を取り出して焼いていくと、

焼けるたびに皆の口に吸い込まれていく。

 ふふふ、がっついておりますわ。

 連日になって不安だったが、ベルも喜んでくれてるようで良かった。

 だけど皆、肉以外も食べなさいって。


 お腹が膨れれば後は寝るだけだ。

 女子には奥の部屋をあてがってくれたので

三人で雑魚寝をすることに。

 寝巻きに着替えて床に転がるが流石に硬い。

 明日、敷布団を作る必要がありそうだ。

 リュックサックから丸まった布団を取り出し

自分含めた三人にかけると思いのほか暖かく、

疲れていることもあってよく眠れそうだ。


「お休みなさい、二人とも……」



 どれ位の時間寝ただろうか。

 何かが私に擦り寄ってきている。

 眠い目を擦りながら見てみると、ベルだ。

 私の腕や太ももに押し当てられる

何かの柔らかい感触が……気持ちよい。

 

 ふふふ、と堪能させて貰っていると、

おいおい、ベルちゃん、その手は何だね。

 ちょっとちょっと、私の胸は弄らなくて良いんですって。

 ベルが顔を埋めて、揉みしだいてくる。

 生前含めて感じた事の無い感覚に声が漏れそうになるが、

隣にアキが眠っているのを見て踏みとどまる。

 ヤバイ、何だか非常に気持ちが良い。

 じっとりと体中が汗ばんできた事が分かる。

 ベルの吐息や手の一挙一動全てが気持ちが良くなってくる。

 私は体中どうなっているのだろうか、もう色々と辛抱堪らない。

 

「ママ、会いたいよ……」


 ベルの寝言で急に頭が冷え、冷静さを取り戻す。

 やはりベルは優しくて強い子だ。

 昼間は私に気を使い気丈に振舞っていたのだろう。

 この年なら親が恋しくて当然だ。


 ベルに応えようと強く抱きしめ返すと、

 安心するのか強張っていた顔が緩むのが判る。

 夢の中だけでも母の温もりを感じて欲しいものだ。


 んっ……しかし、気持ちが良いものは気持ちが良いのだ。

 それに、前世の記憶が蘇った所為で少し助平になった事は否定できない。

 朝まで持ってくれ、私の理性!!



 結局、余り眠れなかった。

 辺りが漸く明るくなってきた頃合だし、

もうぐっすりと眠る時間も無さそうだな。

 少し朝の空気を吸いに行くとしようか。


 隣で眠るベルとアキを起こさないように忍び足で外へと出て行く。

 外に出ると少し冷たい空気が汗ばんだ肌に触れ、とても気持ちが良い。


 気持ちよく伸びをしているとアルフが木の棒で素振りを

しているのが目に入る。


「朝、早いんですね」

「ん?お前か……って何て格好で歩いてんだ!」


 朝から怒られてしまった。

 改めて自分の姿を確認してみると、

服の前が肌蹴ていて、肌色の面積がいやに広い。


「わわわ、何見てるんですか」

「俺が悪いのかよ!」


 咄嗟に身を丸めて肌を隠すと、

アルフは顔を赤く染めつつソッポを向いた。

 口調は強めだが中々に紳士な少年だ。

 ベットの中でベルに色々された侭で出てきてしまった。

 いけいないいけない。

 生前の男性の感覚で上半身が肌蹴てても普通だと感じてしまっていたな。

 そのくせ、女の子らしく男の子に見られたことで

とても気恥ずかしく感じてしまっているのが困ったものだ。

 感情のやり場に困る。

 恐らく、今の自分は顔が真っ赤になっているだろう。

 急いで服装を整える。


「もう大丈夫ですよ。アルフは訓練ですか?」

「まぁな。それより、昨夜、ベルはどうだった?」


 昨夜のベル?真っ先に思い浮かぶのは、

私に抱きついてきて色々とあったこと。


「と、とても柔らかくて気持ちよかったです!」

「はぁ?」


 アルフが怒り気味に此方を睨んでくる。

 ついつい思いついた先から感じた事を真っ先に口に出してしまった。

 根が素直なもので、申し訳ない。


「あと、眠りながらもお母さんを思って泣いていました。

 寂しさからか私に抱きついていましたよ」

「そうか、迷惑掛けたな」


 アルフの目から怒りの色が消え、少し悲しい色を灯した。

 やはり、ベルの事が心配なのだろう。

 良いお兄ちゃんだ。


「出来る限り仲良くしてやってくれ」


 そう言うと、家の中に戻っていった。

 "男だったらぶん殴っていた"と追加で一言残して。

 その一言に微妙に罪悪感が湧いてしまうが、

より一層ベルを気にかけることで許してもらおう。

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