8.転性聖女は町に行く

「おはよー、ハルママ」


 ベルとアキが眠そうな目を擦りながら起きてきた。


「良く眠れましたか?」

「うん、ぐっすり」


 どうやら良く眠れた様で何よりだ。

 何だかベルの肌が艶々している気がするが気のせいだろうか。

 皆が起きた事だし、先ずは朝食だろう。

 この家の台所は質素で、釜戸一つと洗い場しかないが、

簡単な料理なら此れで十分だろう。


 たしか、うま味調味料もグルタミン酸とかなら、

窒素、酸素、水素、炭素の四元素から作れるはずだ。

 この四元素は世の中に豊富な上に便利で素晴らしい。


 借りた鍋に水を張り、残っている肉を全て入れて煮込む。

 ファングボアの肉もそろそろ消費期限が近そうですからね。

 更に、密林で採取した植物やキノコを刻んで入れる。

 あとは、胡椒風味の薬味とうま味調味料で味を整えれば、

食べれる味になるだろう。

 味見した感じはポトフに近いだろうか。


 魔法を駆使して火を起こし、水を張る姿は手際も良く映るのか、

ベルがキラキラした目で此方を見つめている。

 後で火を起こせるナイフもあげようかな。


 いつの間にかマイテタケを焼いていたアキが、

焼けたよと私に差し出してくる。

 あーもー、アキ、二人がとんでもないモノでも

見るような目で此方を見てるじゃないですか!


「あ、後でね!」


 慌てて近くに置いてあった自分のリュックサックの中に放り込む。

 アキはいい子なんだけど、行動が読めない。

 子育ての経験は無いが、子供は皆こんなものなのだろうか。

 世の親御さんには頭が下がる思いだ。


 さて、朝食も済ませたし、町に向かいましょうか。

 寝巻きから着替えて収穫物の詰まったリュックサックを背負い出発だ。

 すると私たちの数歩後ろにアルフがついてきている。

 早朝の発言で警戒でもされてるのだろうか。


「べ、ベルに変なことはしませんから、監視は要りませんよ?」

「あ、当たり前だ!俺が居ないと冒険者ギルドに買い取って貰えないから

 ついてってやっているんだろ!」

「え、そうなんです?」


 冒険者ギルドでは実力の無い者が無暗に危険に近づかないように、

冒険者としての登録試験を突破した者からしか買取を行っていない様だ。

 だが、冒険者は"クラン"という組織をギルドに登録でき、

そのメンバーに登録されている者であればその限りでは無いらしい。

 メンバーに何かあれば冒険者としての信用や名声に大きな傷がつくので、

冒険者がメンバーをしっかり守るから安全確保が可能という考え方だ。

 アルフにとっては見知らぬ私たちをクランメンバーに入れるのは

リスクしか無いと思うのだが。やっぱり優しい。


 それから然程歩かずに町の北門に到着した。

 

「よう、アルフ。見ない顔を連れてるけど新しい孤児の子かい?」


 詰め所から顔を出した無精髭のおじさんに声をかけられた。

 恐らく門番だろう。


「どうも、ロブさん。そうみたいです」


 アルフには旅をしていると伝えていた筈だが。

 まぁ、11歳と6歳が旅をしていると聞いても信じられないか。

 それに、孤児だというのも間違っていないしね。


「そうか。エクリプスが終わってから3ヶ月経つが、まだ居るもんだな」


 あれ、アキと出会ってもうそんなに経つのか?

 森の中では日付の感覚も曖昧だったからか、感覚とのズレを感じるな。


「じゃあ、お嬢ちゃん。君はどうするね?」

「どうって……?」


 説明を聞くと、どうやらエイスの町は孤児院が無い代わりに、

エクリプスで親を失った孤児に対して幾つかの支援を行っており、

その中から好きなものを選べるらしい。


 一つは、兵学校への入学。

 国の中央にある全寮制の兵学校へ入学させて貰えるらしい。

 給料も出るらしいし、多くの男の子はこれを希望するようだ。

 エクリプスの影響で軍の空きも多いだろうし、待遇も良いのだろうか。


 もう一つは、他の町の教会が運営する孤児院への入院。

 年を重ねて卒院するときには、仕事の斡旋までしてくれるオマケ付だ。

 女の子にはこれが人気らしい。


 最後に、エイスの町近郊の家と一時金の支給だ。

 色々な事情で持ち主が居ない町近郊の家と農地を支給してくれる上、

当面の生活資金を頂けるというのだ。

 アルフ達が選んだのはこれだろう。

 領主の子息であれば他に選択肢が在りそうなものだが事情があるのだろう。


 私が知る限り、これらは孤児に対して破格の手厚い支援だ。

 エクリプスで血の海に隣町が沈み、エイスの町も沈む恐怖に怯えていた時、

とある孤児出身の聖女がその身を捧げ、血の海を内側から、その命を以って

浄化したらしく、その恩に報いるために聖女の様な孤児への支援をしているらしい。


 自らの命と引き換えに見知らぬ人々を助けるとか、私には考えられない。

 護国の英雄と成れるとしても、あの血の海に飛び込むのは御免だ。

 だけれども、町を救った聖女様には感謝ですね。

 足を滑らせて落下した私とはえらい違いです。


 さてと私は生前、庭付き一戸建のマイホームに憧れていた小市民なので、

ここは家一択でしょう。家庭菜園まで出来るとなれば尚更だ。

 それに、戦場で使い潰された身としては軍や教会に所属するなんて以ての外だ。

 手続きをしてもらい、川に近い空き家と農地を支給してもらった。

 こんな魔物が出やすい地域で農業する者は少ないのか、

思いのほか土地が広い。望外の僥倖に頬が緩む。


「これからはご近所さんだね」

「よろしく」


 ベルとアキが二人でキャッキャと嬉しそうにしている。

 門番のロブさんが後の手続きはしてくれるらしいので、

土地の地図と貨幣の入った袋を受け取り冒険者ギルドに向かうとしよう。

 さて、冒険者ギルドに着くまで町内観光と洒落込みますか。


「着いたぞ」


 冒険者ギルドは北門直ぐにあった。観光も何も無いですわ。

 魔物襲来のリスクが最も高い近い北門に、

冒険者の集う場所を設置するのは理に叶っているが……

 テンションの下がった私はベルとアキに引きずられながら

建物に入っていくのであった。

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