5.転性聖女の焼肉
「かーさま、いった」
ガサガサと音を立てて小動物を追い立てながら
アキが合図を送ってくる。
今は昼食を充実させるために肉の調達をしている最中である。
「任せてください。エアシュート!」
狙いを定め、圧縮した空気で水晶ナイフを前方に打ち出す。
わざわざ言葉に出すのは安全の為に、
魔法を使うときは合図として言葉にするとアキと約束したからだ。
今考えてみると、戦場で皆さんが技名を叫びながら戦っていたのは
安全性や連携のためだったのだと分かる。
単純にかっこいいとかロマンではなかったんですね。
風切り音がした後、小さな鳴き声が響く。
小さな角の生えた小動物、ホーンラビットを仕留める事が出来た様だ。
食生活の向上のために動物を狩り始めて数日、
やっと狙い通りにナイフを打ち出せる様になった。
ふふふ、ナイフの射出にも慣れたものですね。
「今日のご飯は腕を振るいますよー」
「期待してる」
食材の選択肢が増えてくると料理も楽しくなってくる。
アキの期待に応える為にも砂糖を合成して甘口のソースでも
作ってみましょうかね。
砂糖類はスクロースとかだから構造も分かるし材料もあるから作れるな。
元日本人として醤油ベースの味にしたい所だが混合物は組成が分からないしなぁ。
肉汁と合わせて何とかできないか挑戦しよう。
「かーさま」
「分かってますよ」
料理について考えを巡らせていたらアキに注意されてしまった。
ボーっと立ってないで得物を回収しろと言うことだろう。
確かに得物は早く回収しないと他の肉食獣が来るかも知れませんし、
血抜きは大事ですからね。
いそいそと小走りで得物の所に向かう。
「えっ」
得物の傍まで来た瞬間に近くの茂みから何かが飛び出してきたのだ。
あー、無理無理、咄嗟によけられるほど、私は運動神経良くないです。
何かにぶつかられて体勢を崩し、とっさに何かにしがみ付くも
何か共々転がってしまった。
その直後にぶつかった辺りを2メートル近い巨躯が突き抜けていく。
一体何が起こっているのだ。私はお肉を回収しにきただけなのに。
ふと、自分が抱き抱えている何かに目を向けると、これは……女の子?
ロングヘアのカワイイ子だ。なんだかドキドキしてしまう。
私は同性愛者では無いはずだが、これも前世の人格が混ざってしまった
所為だろうか。いや、吊橋効果と言うやつか。
まぁ、折角なのでもう少し強く抱きしめておこう。
同性なので罪に問われる事もあるまい。
やわらかくて気持ちよい。私の胸に立派なものが当たっている気がする。
役得役得。っていかんいかん、やっぱり前世の人格との混同の所為だな。
「あ、ありがとう御座います。薬草を取りに着たら
ファングボアに追いかけられてしまって。助かりました。」
私の胸の中で女の子が礼を述べてくる。
いえいえ。ご丁寧にどうも。
って呑気に挨拶をしている場合ではない。
この子は"追いかけられている"と言ったということは、
また直ぐにあの巨体が向かってくると言うことだ。
あんなのに轢かれたらひとたまりも無い。
腰のホルダーから水晶ナイフを外し、
既に此方に踵を返している巨体に向かって魔法で打ち出す。
上手く命中するも、少し怯むだけでその勢いは全く衰えない。
やはりあの質量の相手にナイフではどうしても力不足だ。
ぶっつけ本番だが、とっておきのナイフを使うとしよう。
私は腰のホルダーにある、刀身に仄かに黒い光を宿す水晶ナイフを
4本取り出し、周囲のテキトーなマナを注入して射出した。
このナイフ、先程までの物と何が違うと言うと、
マナを消費して発動するアイテムスキルが付いている。
水晶ナイフを量産する過程で、その強度向上とアイテムスキル付与の方法を
発見したから作ってみた試作品なのだ。
水晶ナイフを作るのに必要な酸化シリコンのマナを、
形成したナイフに余分に注入するほど強度が上がり、
更に関係ないマナ、例えば火のマナを大量に注入し、
酸化シリコンのマナと上手く馴染ませることができれば、
火に関連したアイテムスキルが付与されるのだ。
だが、慣れてないマナの制御はかなりの精神力が必要で、
おいそれとアイテムスキルは付与できない。
そこで私が得意とするのは聖女らしく、治療と浄化の魔法、
つまりは生命力や呪いに関するマナ制御なので、
攻撃に使えそうな呪いのマナを詰め込んだのが先程の水晶ナイフだ。
聖女と謳われた人間が呪いの発動するナイフを作るとか、
教会関係者が聞いたら卒倒ものだろう。
まあ、お払い箱にされた身なので知ったことではありませんけど。
ナイフがファングボアに命中した途端に黒いモヤの様なものが
ナイフ回りに発生し、その周囲が金縛りにあう事で、
ファングボアは盛大に転倒、痙攣している。
ナイフに詰め込んだ束縛の呪いが上手く作動した様だ。
ぶっつけ本番だったが実験の成功に対して元科学者として
ガッツポーズをしてしまう。科学の勝利である。
魔法に頼りきりですけど、普遍性と再現性があればそれは科学、科学です!
「かーさま、ぐっじょぶ」
アキがトコトコとファングボアの方に向かっていくと、
魔法で作った大きな氷柱をファングボアに打ち込み、とどめ兼、血抜きを行った。
あれ?これってもしかしてアキ一人で仕止めれたんじゃ?
「だ、大丈夫ですか?」
自分の存在価値に悩んで頭を抱えていたら、
腕のなかにいる少女に心配されてしまった。
そう言えば抱き締めたままでしたね。
いろいろ堪能させて頂きました。有り難う御座います。
少女を胸元から離して向かい観察する。
流石に私にそっくりでも無いし、裸でもない。
私と同い年位だろうか。先ずは自己紹介ですよね。
「無事なようで何よりです。
私はハル、あの子はアキと言います。貴方は?」
「わ、私はベルって言います!
た、助けて頂いて有り難うございました!」
お礼もちゃんと言えるいい子だ。
孤児院の仲間たちとはこの年でこんなにしっかりしていなかったなぁ。
育ちが良いのだろうか。
服装もくたびれてはいるが、上質な布を使っている気がする。
「かーさま」
血抜きを終えたアキが此方に歩いてくる。
よしよし、いい子だね。抱き締めてあげよう。
ぐぅー
抱きしめる対象をアキに変えて楽しんでいると、
気が抜けたのか、ベルちゃんのお腹が鳴った。
顔を赤くして恥ずかしそうにしている。
私のお腹も同時に鳴っていたが、それは内緒だ。
「日も暮れて来ましたし、詳しくはご飯の後にしましょう。」
まずは食材の準備と言う事で三人で仲良くファングボアの解体を行った。
育ちも良さそうなのに、こんな子も動物の解体が出来るとは、
ここいらの子は皆そうなのだろうか。
こっちは最初のころは前世の感覚に引きずられて抵抗も感じたし、
そのグロさに吐きそうになったというのに。
まぁ、よくよく考えたら戦場の最前線帰りの私はもっとグロい常態の人を
治療しながら、食事をしてたことを思い出してからは完全に平気になって
お肉を楽しんでますがね。
解体が終わったら焚き火の回りに石で足場をくみ、
作っておいたセラミックプレートを
乗せれば、簡易的なホットプレートの完成だ。
脂ののったバラ肉をのせていくと、段々といい臭いが立ち上ってくる。
今世では初めでの豚肉?の味、胸が躍る。
集めたキノコや植物も合わせれば、正に鉄板焼き肉だ。
ふふふ、胡椒の様なスパイス、特製の砂糖ベースのソースをつけて召し上がれ。
「なにこれ、美味しい!」
「うましうまし。」
二人とも余程美味しいのか、フォークを片手にガツガツと食いついている。
ふふふ、存分にお食べなさい。お肉はいくらでもありますからね。
しっかし、ホントに美味しいですわ。
朧気な前世の記憶にある豚肉よりも少し臭みが強い気もするが、十分に美味しい。
噛むと適度に肉汁が溢れて来て旨味が広がる、これがまた美味しいんですよ。
ご飯が恋しくなる味だ。
これは町に着いたら米の代わりも探さないといけないですね。
あと、ソースのレパートリーを増やしたいし、醤油代替品や果物も買わないとな。
楽しい鉄板焼きパーティーの中、ベルちゃんから話を聞くところによると、
此処は町まで半日位の所になるらしい。
薬草を採取しに来たのだがファングボアに出くわしてしまい
逃げ惑っているところを、追いかけられている所を私達が助けたみたいだ。
アキと出会ってから早1ヶ月ほど、やっと人里にたどり着いたと言う事だ。
長い道のりでした。
此方の事情は、取り敢えず家族で旅をしていると伝えておこう。
変に色々話してもメリットは無いし、アキとの出会いは普通じゃ無いし
説明に困りますからね。
同じ11歳なのに"かーさま"と呼ばれている事に対しては、
何か悟ったように頷いていた。此方を見る目が凄く優しい気がする。
何か色々と勘違いされてそうだが、詳細を説明するのも面倒なので放っておこう。
もう暗いし、今日はこの位にして存分に豚肉を楽しもう。
「二人とも、じゃんじゃん食べてくださいねー。」
捌いた肉をどんどん追加する。
今夜の私は焼肉奉行だ。前世で鍛えた焼肉力を見せてし進ぜよう。
美味しそうに食事をする少女たちを見ていると
不思議と幸せな感じがしてくる。
これは母性なのか、前世に引きづられた父性なのか分からないが、
子供を持つとはそういうことなのかも知れない。
まぁ、今は兎に角肉を焼きましょう!
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