4.転性聖女のものづくり

「流石に限界かぁ……」


 麗らかな陽気、気持ちの良い風が吹いている中、

私の胸中はどんよりとしていた。

 愛用のサンダルが寿命を迎えてしまったのだ。

 元々ボロボロではあったが、今では底が磨り減り光が透け、

紐が切れた姿はもう限界だと告げていた。


 アキと出会い、密林の中を歩き続けて今日で1週間くらいだろうか。

 食事の心配も無くなったし、幸運な事に危険な生物に襲われる事も無かった。

 そこそこの距離を進む事ができ、そろそろ人里へ出るのではないかと

期待が高まっていた矢先の出来事だった。


 相変わらず草木は鬱蒼と茂っており、

素足のままでは草木を掻き分け進むのは厳しそうだ。

 疲れも溜まっているし取り合えず休憩だ。


 休憩がてら水分補給をするため、水のマナをこねながら対策を考えよう。

 知覚できる数多のマナの中から水のマナに意識を向け、手元に集める。

 量が足りない分は精神力を消耗するが生み出して補うとしよう。

 水や火ならこうやって対応したマナをこねるだけでできるのになぁ。

 ファンタジーな世界なのだから水や火の様に

魔法で服や靴が生み出せても良いだろうに。


 改めてこの世界について思いを馳せてみると、

前世の世界との共通点が多い事に疑問が生じる。

 分かる範囲ではあるが、前世と同じ特性を持つ

空気や水などが当たり前に存在し、物理法則まで同じなのだ。


 世界のつくりが全く違う異世界であれば、

その様相も大きく違うはずだ。

 物理法則が違うだけでなく、

人類の代わりにタコの様な生き物が闊歩し、

水なんて存在もしない世界でもおかしくない筈なのだ。


 そう考えると、この世界は私の前世の世界に

マナという魔法に関わるスパイスを加えたくらいの

非常に似たつくりをした世界なのではないだろうか。


 隣で私の真似をして水のマナをこねているアキを尻目に、

ものは試しと水のマナの分解を試みる。

 この世界は全てがマナで構成されているのであれば、

水分子が水素原子と酸素原子から成るように

水のマナも水素と酸素のマナに分解できるのではなかろうか。


「かーさま、また拾い食いでもした?」


 慣れないマナ制御に挑み、上手くいかず唸っていたら、

アキに心配されてしまった。

 アキ、心配はありがたいけど、本当に私のことを何だと思っているの?


 そうこうしている内に何とか2種類のマナに分解できた。

 片方は頻繁に知覚した事があるマナだ。

 恐らく酸素のマナがこれだろう。

 そうなると、もう一方が水素のマナかな。


「かーさま、水のマナ何処にやったの?食べた?」


 アキ、私はそこまで食に執着しているように見えます?


「私の手の中にあるマナが見えてませんか?」


 アキは首をフルフルと横に振る。

 どうやら酸素や水素のマナは見えないし、

水のマナの分解もできない様だ。

 雷や火、水の複数のマナを私よりも上手く扱うのでもしやと思ったが、

フルコントロールを持つ私程にはマナは知覚できていないらしい。

 酸素と水素のマナを合成して水のマナに戻せば見えるらしい。


 水は水のマナから、その水のマナは酸素と水素のマナから

作れることを考えると中々夢が広がりますね!

 元研究者の血が騒ぐ。これを応用すれば色々作れそうだ。


 私は早速、材料となるマナを集める事にした。

まぁ、そうは言っても今同定できるマナなんてそう多くない。

 空気中に多く存在するマナは恐らく窒素、

焚き火をした時の煤の主成分から炭素くらいだろうか。


 だが、水素・酸素・窒素・炭素の4つがあるだけで

かなりのものが作れるはずだ。

 服の素材となるポリエステルや靴のゴム部分も

全てこの4つの原子からできているのだ。


 作り始めて三日ほど経っただろうか。

 二人分の衣服が完成した。

 動きやすそうなシャツと上着、外套、

スカートとタイツ、更にはゴム底のブーツ。

 肌触りを気にして繊維の細かさにも気を使って

丁寧に編みこんだ一品です。

 染料はアキが集めてきた得体の知れない様々な植物の汁だが、

まぁ、毒は無い様だったからよしとしよう。


「うーむ、なかなか良いんじゃないですか?」


「かーさま、大事にするね」


 着こなしたアキは非常に可愛い。

 我ながら上等な出来ではないだろうか。

 アキも満更ではなさそうだ。

 微笑みながらクルクル回っている。


 あと作ったものとしては利便性を上げるもの。

 荷物が運びやすいようにリュックサック、

アキが拾ってきてくれた材料の中に酸化シリコンの塊である珪石が

混ざっていたので再構築して石英でナイフを数本作った。

 地殻には多分に酸化シリコンが含まれる筈なので量産も出来そうだ。

 余った材料はマナの状態のまま、衣服や石英ナイフの中に詰め込んでみよう。


「終わったー。疲れたー」


 全ての作業が終わり、思いっきり伸びをする。

 マナの分解・構築は非常に精神力を削る作業で、

はじめの内は何度も昏倒してしまった。

 それに失敗も多く、細かく構造をイメージできないモノは

精神力がごっそりと消耗するだけでマナを合成も生成もできなかった。


「かーさま、そろそろ出発する?」


 アキが私の真似をして伸びをしながら聞いてくる。

 準備も整った事だし、そろそろ出発しても良い頃合だろう。

 最後に水を一杯飲もうと水のマナを生成し水を出す。


「あー、生き返る。それじゃ……また明日……」


 水を飲み込んだ直後に私の意識は霧散した。

 まだ、簡単なマナ生成も出来ない位消耗していた様です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る