3.転性聖女の食糧事情

「もう駄目、休憩にしましょうか」


 あれから何時間経っただろうか。

 サバイバルなんてしたことの無い11才の少女にとって、

未開の森を進むことは思っていた以上に辛いものだった。

 横で軽やかにステップを踏む子供が居るのは置いておこう。


 獣道すら無く凹凸の激しい密林の中を進むのは非常に過酷で、

川辺で意識を取り戻してから1日も経っていないというのに

既に休憩回数は片手では足りないほどだ。


 もともと体力が無いのもあるが、

古代ローマを髣髴とさせるサンダルも底が薄っぺらく

クッション性は最悪で裸足よりはマシといった程度だろうか。

 足が何度も悲鳴をあげている。


 それに草木を踏み倒しアキの通れる道を作るのにも非常に体力が要る。

 アキは裸足だし、保護者の務めとして流石にこれ位はしてあげないとね。


 輪をかけて辛いのが、前世の記憶が蘇った所為で認識と体の動きのズレが酷い。

 今の身長は140cm位だが前世は180cm以上あった上に男だ、

手足の感覚がおかしい上に、筋力や体力まで全然違う感覚が混ざってしまっている。

 自意識、記憶の混濁があまり無いのは不幸中の幸いか。


 そういった理由もあり直ぐに躓いたり転んだり。

治癒魔法が使えなかったら既に傷だらけだ。

 戦場で酷使されたお陰で治癒や浄化といった魔法の技術、

マナを制御する精神力が鍛えられたことが不幸中の幸いだった。

 タレントに目覚めたばかりの頃の私だったら既に精神力を消耗し昏倒していただろう。


 こんな状態では人里に辿り着くまでどれだけかかるのだろうか。

 少々気が遠くなってきた。


「あとどれ位ですかねぇ……」


 今、私達は人里を目指して森を南に進んでいる。

 私が連れてこられた戦場はアルメール聖王国の最北にあり、

現在いる密林は更にその北に広がる大森林だと考えたのだ。

 川に流され正確な位置は分からないものの、南に行けば人里にでるはずだ。


 アルメール聖王国は大陸における人類の生存圏の最北に位置する国家であり、

大森林、魔の密林と呼ばれる人類未開の地と隣接する。

 そのため北部では特に魔物との戦闘が絶えない。

 だが、そのお陰で魔物や大森林が由来の貴重な素材が多く産出し、

それを求める冒険者や商人が溢れ、他国に勝る財力・武力を持つ国となっている。


 そういった事情があり、北部は物流が発展し町が多数存在するのだ。

たくさん存在する町の内の何処かに辿りつければ幸いだ。


 さて、休憩がてら食事をしよう。

 魔法でおこした火で焼いておいたキノコを神妙に眺める。

 初めて見るキノコだ……何となくエリンギを彷彿とさせるし、食べれるか?

 前世で培った感覚がこのファンタジー世界で通用するとは甚だ疑問ではあるが。


「かーさま、もう止めた方がいい」


 アキが心配そうな顔で静止するも、意を決して一気に頬張る。


「おええええええええええ」


 涙目になりながら本日何回目かの嘔吐をする。

 この不味さ、この苦しさ、確実に毒キノコだろう。


「かーさま、そういう趣味は直したほうが良い」


 心配して私の背中を摩ってくれるのは嬉しいが、

何かとんでもない勘違いをしていないか、この子は。


 決して趣味でも無いのに見知らぬキノコを食べた理由。

 それはサバイバルの知識も無い私が食料を得るために取った選択は、

取りあえず植物やキノコを焼いた後

自身に治癒・解毒魔法を使いながら食べるというものだったからだ。


 水は魔法で何とかなったが、食料だけはどうにもならなかったのだ…

 取り合えず火を通せば少しはマシだろうと焼いてみたが、

少しはマシになっているのだろうか。

 未開の地にいきなり放り出されての生活なんて二度と御免だ。

 だが、お陰さまでアキには無毒な食物のみを与える事ができたし一先ず良しとしよう。


 今回のキノコで粗方目についた植物・キノコの分別はできた。

 あとは無毒だった植物・キノコだけを採取しながら進めばいいだろう。


 それと、この経験の副産物として気付いたことがある。

 毒のあるものと無いもので持っているマナに差があることに気付いたのだ。

 今までは<フルコントロール>を持つことで全てのマナを知覚できる一方で、

感じられるマナの種類が膨大すぎて何が何だか分からなかった。


 だが前世での研究者としての血が騒ぎ、

取り合えず何かしらの法則性が無いか

採取した植物・キノコの全てのマナを比較し続けた結果、

毒の有無でのマナの違いを見出したのだ。

 科学の基礎は規則性の分析ですよね。

 取り合えず"マナ分析"と名づけよう。


 マナの分析をしていけば毒以外にも対象の特性が分かるのかもしれないが、

多くのサンプルを分析してやっと毒の有無の差が分かったくらいだ。

 直ぐには無理そうなのでこれから色々経験を積んで分析できる項目を増やしていこう。


 さて気を取り直し、今度こそ毒の無い食事をしよう。

 取っておいた無毒と分かっているキノコを焚き火で焼きつつ

採取した胡椒の様な味わいの植物をすり潰しペーストにする。

 焼きキノコにペーストをかけるだけで中々に美味しくなるのだ。


「んー、おいしいっ。この胡椒みたいなやつ見つけたのはでかいなあ」


「んっ!」


 鉄板焼きが恋しくなる味だ。

 口いっぱいに頬張っているアキと目が合うと

親指を立ててグッとサインを送ってくる。

 どうやら気に入ってくれたようだ。


 これからは安定した食事ができると思うと嬉しくて泣きそうになる。

 毒物なんてやっぱり口にするものじゃ無いですよね。

 これでまた少し歩みを進める元気が出てきた。



 次の休憩では、再び川辺にやってきた。

人間、良い環境では更に良いものが欲しくなるもので、

 美味しい食事を求めて魚を取ろうと考えたのだ。


 ここの川は浅瀬にも魚がおり魚を取りやすそうにも見えるがカラフルな魚が多く、

そういった魚は何となく毒持ちのイメージが強かっため、

捕獲や調理の労力を無駄にしたくなくて避けていた。

 だが、今はマナ分析で毒の有無が分かるのでその心配も無い。


 さて、休憩がてら釣りを楽しんでもいいが、一つ試してみたい漁法がある。

 川の水に手を浸けてパシャパシャと遊んでいるアキに声を掛ける。


「アキ、少し川から離れてくださいね」

「かーさま、お魚取るの?凄く悪い顔してる」


 いけないいけない、顔に出てしまったか。

 今からやる漁とは前世では禁止されていた電気ショック漁だ。

 一度やってみたかったんですよね。

 前世では犯罪とされる行為を行うと思うと、悪人になった気分だ。フフフ。


 取り合えず、電撃魔法を放つ準備をしなければ。

 回復系の魔法以外はあまり使う機会が無く、拙い技術しか持ち合わせていない。

 この世界では身近なところに電気が無いので静電気をイメージしてマナを練っていく。

 なんとか手のひらサイズの電気の球を生み出せたが精神力の消耗が激しい。


 少し川辺から離れて電気の球を川に投擲する。

 折角のファンタジー世界なので魔法感を出すために掛け声も付けよう。


「サンダーボーール!!」


 電気の球はギリギリ川に届き、バチバチと大きな音を立てて沈んでいった。

 危ない危ない、私って本当に腕力が無いな。


 しばらくした後に数匹の魚が浮いてきてくれた。

 マナ分析をしてみたが毒持ちの魚が多いなあ。

 毒を持っていない小ぶりな魚2匹だけを棒で引き寄せて回収する。


「私もやる」


 アキの声に気が付き振り返ってみると

私の時より二周りは大きい電気の球を投擲しようとする姿が……


「うわわわわわわわわ」


 私は魚を抱えて脱兎の如く極力川から離れるように駆け出した。

 一拍置いた後、轟音とともに水柱が上がる。

 し、死ぬかと思った。

 この子は電撃魔法が使えるのか。しかも私以上に。


「ふふふ」


 アキがどうだと言わんばかりのキメ顔で此方を見ている。

 表情の薄い子だが、非常に得意げな感じだ。

 確かに凄いがこんなことが続けば命が幾つあっても足りない。

 保護者として安全教育をせねばなるまい。

 あと、保護者としての沽券に関わるので魔法の練習もしないといけないな。


 浮いてきた毒の無い魚を再度回収して棒に刺し、

魔法でおこした火の周りに立てていく。

 アキと並んで焚き火にあたっていると、だんだん良い匂いがしてきた。


 棒を持って焼けた魚を頬張ると、じわっと脂が出てきてとても美味しい。

 素材の味だけでも確かに美味しいが、

無事に人里に帰る事が出来たら塩を是非とも購入しなければ。

 鮎の塩焼きの味を想像し、思わず涎が垂れそうになる。

 新たな目標が追加されると気力も湧いて来るというものだ。


「腹ごしらえも終わりましたし、町を目指して行きましょうか!」

「おー」


 余った焼き魚は両手に1本ずつ持って行こう。

 袋か何かあればもう少し持ち運べるのに。仕方ないか。


 私たちは休憩を終え、気合を入れなおして再び南に歩き始めた。

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