装備構築編

午後-12(手を飾る贈り物について)

居住まいを正したシャノンは、ヴィクターへと問いかけた。

「それで、ヴィクター、話というのは?」

「女王の領地に行くと言ったな。聞いての通り実戦だ、まあなんだ、いろいろあるわけだが……」

ヴィクターは胸元から小さな包みを取り出した。巻いてある紐を解き、中から刻印のある銀色の指輪をつまみ上げてシャノンに見せる。

「これをやる。シャノンは守護の指輪を持っていないだろう。……ちゃんと見てからはめろよ、他人から貰う指輪なんて何が書いてあるかわかったもんじゃないからな……」

指導者の顔で言い、ヴィクターは指輪を包みごとテーブルへ降ろした。それからシャノンの前へと滑らせ、手に取るよう促す。シャノンは指先で転がし安全を確認した。拝見します、と口に出し、シャノンは指輪を持ち上げる。

「……防護の紋ですね。数カ所、やや怪しい切り方がしてあるように見受けられますが……」

「流石だな。これは使い切りの指輪だ。一度だけ発動し、その後砕ける。それが三つ。秒数にして十、周囲からの攻撃を無効化する……」

ヴィクターは腕を組み、ちょっと考えるように眉を動かした。

「まあいい、ここにもうワンセットある。とりあえずはめてみろ、本番が来る前にどんなものか知っておかないとまずい」



試してみる、とヴィクターは言った。左の手袋を抜いたシャノンは指輪を中指と薬指とにはめこんだ。

「サイズはどうだ?」

「ちょうど良いように思います。それで、試すとは言いましたが具体的に何を……」

言い終わるより先に、座っていたヴィクターが鞘から抜かないままの短剣を持って襲いかかってきた。シャノンは座っていた椅子から転げ落ちるようにして床へ逃げ、飛び退って襲撃を避けた。追い討ちを警戒し、手をついて跳ねるように起き上がる。半身になってシャノンは構えた。考えるより先に剣の柄へ手がいくが、シャノンは抜くことはしなかった。

「……何をするんですか!?」

「試してみないことにはわからないだろう。しかしこの距離でよく避けたな、俺は鼻が高いぞ!」

さっきまでシャノンが座っていた椅子へと手をついて、ヴィクターはひらりとそれを飛び越した。よく避けた。言葉が脳に届くと同時に、シャノンは背筋が寒くなる。視線を外さないようにしながら二歩下がれば、ゆらりと立ち上がったヴィクターは嬉しそうに歩み寄ってくる。スキップにも似て体重を感じさせない歩き方の、ぞっとすることといったらない。自分は今の攻撃を避けるべきではなかったのだろう。あのまま指輪の効用とやらを確かめさせて、それで終わりにするべきだったのだ。ああ、わざわざ問い質さなくてもわかる。ヴィクターが短剣に指を沿わせた。抜き去った鞘を腰へと戻したのが何よりの証拠だ。今や、刃先を保護するものは何もない。抜き身の剣先は妖しく光る。シャノンは体勢を整えた。ヴィクターの笑顔は晴れやかだったが凶悪で、真正面から見ると胃が痛くなるようだ。

「……やるんですか」

シャノンはリロイを振り返り、伺いを立てるような目を向けた。それは屋敷の中で剣を振るうことを咎め、止めてほしいという期待を含んだものだったが、シャノンの期待に反してリロイは諦念の滲んだ顔でゆったりと頷いた。頷いてしまった。視界の端でヴィクターが口の端を上げるのが見えた。

「知れたことだ」

届く声には慈悲がない。シャノンは剣を抜き、短く息を吐いた。ピンと心が張り詰める。拍を取るように体を揺らしたヴィクターは二回と半分のところで飛び込んできた。シャノンはそれを迎え撃つ。剣捌きは滑らかに、酩酊剣は甘く香る。幾度かの立ち回りの後、シャノンは短剣をはじき返した。ヴィクターは僅かに引き、また飛び込んでくる。シャノンは断続的な刺突を剣で受ける。

「ヴィクター、その……少しは手心というものをですね……!」

「柄に手をかけてするお喋りが好きか? 加えてるさ、これでもな!」

翻った刃先が首元に向き、シャノンは咄嗟に染色のハンカチをぶつけた。染め入れられた魔術紋へ切っ先が触れた瞬間、空間が僅かにたわんで刃先の勢いを殺したが、ヴィクターが押し込むとハンカチは砂のように崩れ去った。そのまま腕が押さえられる。嫌なざらつきが感覚を撫で、次いで手に光る防護の指輪が三秒の間隔を開けて一つずつ順番に砕け散る。三つ目が砕ける前に刃は離れ、最後の欠片が床に落ちる頃には短剣はまた鞘に収められていた。ヴィクターは手を放すと跳ねた髪をなでつけ、これで終わりなのだと言うように体の緊張を解いて見せた。

「ざっとこんなものか。しかし防衛一択とはな。反撃をしたらどうなんだ?」

触れているというのなら難しくは無かろう、と言うので、シャノンはため息をついた。

「……監査を任されたと言いませんでしたか? 私が切りつければ刃は通ります」

ヴィクターはもの言いたげに肩をすくめた。その仕草は見慣れたものだ。口を開いたとしたならきっと、俺が弟子の剣を避けられないと思っているのかと問い返してくるのだろう。シャノンは額を押さえ、首を振って剣を収めた。

「……行動は慎んでください。問題が起これば報告の義務があります。場にいながら怪我人を出し、その原因が他でもない私であるなどと知れれば、決定に携わった方々へ合わせる顔がありません」

「いいんだよ、俺とお前は師弟なんだ。そうめったなことは言われないさ」

あなたはそうかもしれませんが。反論しかけたシャノンだったが、言ってどうなるものでもない。シャノンは言葉を引っ込め、代わりにもう一度首を振って話を終わらせた。



「さて、解説といこう。敵が現われるだろう。そいつはお前の頸動脈を切ろうと考えて剣を振る。しかし、指輪があれば実際に刃先が届くまでには十秒の猶予がある。この十秒が明暗を分けると言いたいところだが、十秒の猶予で何かできるような相手なら一撃食らってからでも十分に殺せるだろう。つまるところが気休めに過ぎないが、何もないよりはいくらかましだ。突発的な事故ならこれで防げる」

シャノンは膝を払った。砕けた指輪の欠片がキラキラと床へ落ちる。

「嫌な言い方をしますね。食らうこと前提なんですか……?」

「うん? ああ……そこに言及があるとは思わなかったな。物の例えだ。無論、避けられるなら避けた方がいい……」

どこから何が飛んでくるかわかったものでもないしな、とヴィクターは続け、上着から新しい指輪を取り出す。シャノンは無造作に差し出された指輪を受け取って、先ほどのセットと同じように一つずつ裏側の紋を確かめた。先の品と比べて紋の切断がやや浅い。個体差があるのだな、と思って見ていると、それまで真顔で立っていたヴィクターが口を歪め、唐突に笑い出す。シャノンは驚き、指輪を落としそうになった。

「偉いぞシャノン! これに引っかからなかったやつは久しぶりだ! どうだ? 何か違いはあるか?」

大げさに笑うヴィクターが何を言わんとしているかに気が付いて、シャノンは嫌な気持ちになった。既に安全を確かめている先の物をカムフラージュに、同じ物と偽ってなにか害をなすような物を握らせるというような、そういうやり口があるのだろう。ヴィクターの言う様々は物騒だ。魔術士として、ヴィクターはこの手の危険に何度も直面してきたのだろうな、とシャノンは思う。思うが、それにしたって表出される悪意のサンプルにはバリエーションが多い。それこそ驚くほどに。嫌がらせから致死トラップ、提示される多種多様な罠の数々は恐怖より先に呆れがくる。それも慣れたが故のことだろうか。シャノンはため息を堪え、返す言葉を探した。

「どうでしょうか……大まかな違いはないようですが、先ほどのものより堅牢に作られているように見受けられます」

「正解だ。これは先の物より効果時間が長い。全部で十五秒持つように作られている。見ただけでそこまでわかるのなら、俺からはもう言うことは無いな」

お褒めにあずかり光栄です、と通り一遍の返事をして、シャノンは手元の指輪を見た。そこへリロイが寄ってきた。

「私にも見せてくれ」

「ええ、どうぞ」

シャノンがつまみ上げた指輪を、リロイは顔を寄せてのぞき見た。顔のすぐ近くで伏せられた目にシャノンは思わずドキリとする。視線が左右へ僅かに動き、刻まれた文字を追っているのがなんとはなしにわかった。結局そのまま指輪が手に取られることはなく、リロイは満足そうに頷いて離れた。

「なるほど、略式の魔術紋か。低負荷の回路を組むのに様々な手法が試されたと聞いたが、私たちの使う物とそう大差ないのだな。しかし、自己破壊の機能が組み込まれているとはまた希有な……」

少し考えるようにしてから、リロイはヴィクターへ訊ねた。

「しかしヴィク、おまえはこれを使うのか? 過負荷で切れるように作ってあるのだろう? 人に使わせて大丈夫なのか?」

きょとんとして聞くリロイに、ヴィクターはちょっと眉を上げた。

「何を言っているんだ? 人に使わせてまずい物を俺が持ってくるわけがないだろう……ああ、無論俺は使わない。使うわけがない。指輪が砕ける度に手袋を外して欠片を払い落とすのでは何をしてるのかわからないし、そもそもいくら細いものだとはいえ、指輪を三つも四つもつけられるだけのスペースなんざ俺の指には残っていない……」

そこまで言ってから、ヴィクターは言葉を止め、ちょっと首をかしげた。

「……そもそも指輪が砕けるのは、発生する魔術的な負荷を断ち切って肉体の損傷を抑えるための処置だ。壊れなくってどうするんだ? 自己破壊の機能を取ったら俺たちのと変わりないのはお前がさっき言ったとおりだ。負荷に耐えられるようなら本式のものをつけさせれば良いだけの話だろう? そして今回それはできない」

リロイはちょっと驚き、次いで納得したように頷いた。

「……ああ、そういうことか。変なことを聞いたな」

「全くだ! しっかりしてくれよな」

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