三時間目-2
するすると指は這う。弾力のある滑らかな掌はヴィクターのものだ。くすぐられると言うには緩やかな行き来は、なんとも形容しがたい趣がある。そうしていると、指の間がくすぐられ、淡い刺激が滑らかな快さを連れてきた。くっと曲げた指先が押し広げられた股を引っかけ、刺激に慣れない水かきをぐいと押す。あまり人に触られることのない部位なのでどうにも聡く、据わりが悪い。そわそわと焦燥に似た衝動が腹に溜まる。リロイは首の筋をなぞっている。シャノンはそれとばれぬよう歯を食いしばってくすぐったさに耐えた。
抑えたような笑い声が耳に届き、なんとなく空気が変わったのを感じた。甲をさすられる心地よさに意識が溶け始めていた矢先のことだった。ヴィクターはひたりと接触させていた手を放し、足の裏、土踏まずより少し前の、膨らみが両側に並ぶちょうどあわいの窪みへ指でちょんと印を付けた。何だろうと思う隙もなく、狙いを定めたそこを握りこぶしの中指で力任せにぐりぐりと押される。眠りの半ばに身を浸していたシャノンは悲鳴を上げて飛び上がった。即座に万力のような力で押さえ込まれ、シャノンは自身を抑えるそれにすがりつく。こそばゆいような、痛いような、むず痒さにも似た刺激に、声をかみ殺すが、体が勝手に跳ね続けた。拘束は固く、幾ら暴れても身を抑えるそれが外れることはない。まるで岩のようだ、と思った。金属めいたしなりはなく、水のような柔らかさはなく、火のような軽薄さもない。それはまるで、どっしりとした花崗岩のように揺るぎない。シャノンは指を食い込ませた。固さの印象とは裏腹に、有機的なカーブは自身の指との融和を見せた。そうして半ば溶け合うように押しつけられた表面から伝わるじっとりとした熱に、シャノンはようやくそれがリロイの腕なのだと気が付いた。ぎりぎりと体を押さえつけるのはしなやかな肉体で、岩のようだと思ったのは逞しい腕だ。心臓が跳ね、かっと体が熱くなった。責め苦は続く。
ようやく解放されたとき、シャノンはキルトに隠れた下腹部が熱くなっているのに気が付いた。こうしてベッドに入っている以上おかしな事ではないはずなのに、胸がドキリとする。それは罪悪感にか、それとも緊張によってか。顔が熱い。狂乱が去り、機能を取り戻しつつある脳は、まず初めに気が狂いそうだ、と思った。この高ぶった神経が落ち着くまでには幾分か時間が必要なように感じられた。拘束を離れ、シーツの上に降ろされたシャノンは体を縮めた。そうして、二度空咳をして、水差しを求めた。喉が渇いたようなそぶりを見せたのはその場をしのぐための嘘だったが、ヴィクターは起き上がってシャノンにグラスを取ってくれた。
◆
「リロイも見てないで来たらどうだ。同じようにしてやるぞ」
「いや、俺は……」
距離を詰めてくるヴィクターにリロイは少し後ずさった。遠慮するなよ、とヴィクターは言って、リロイの足に巻かれている包帯に似たそれを引っ張った。足に巻かれた靴下代わりの布がずるずると取り払われ、リロイは少し戸惑うような様子を見せた。現われた足先に並ぶ鈍色の輝きにヴィクターは目を瞬く。
「ああなんだ、指輪が減っていると思ったら道理で。こっちに付け替えたのか。……しばらく会わない間に手首でも落とされたか? それともなんだ、女と寝たか? 外さないと嫌がられるものな」
リロイは嫌な顔をした。
「不埒なことを言うな、そんなわけがあるか。手首だって無事だ。……前線を退いてから会合に呼び出されるようになっただろう。手に付けていると具合が悪いんだ」
会合、と繰り返し、合点がいったようにヴィクターは指を鳴らす。
「ああ、そうか、食事の時は素手じゃないといけないんだったか?」
「そうだ。そうでない場もあるが、どちらにせよ手袋は外すよう求められる。金物と直に触れると困るような食器をそれと知らず出してくる席もあるし、許容される場となると内部の不文律が適用されるらしく、多く装身具を付けていると威圧感があるといってこれもまた嫌がられる。流石にこの年ともなれば初学者のそれだとのそしりを受けることはないが……」
「面倒だな! しっかしわざわざそれに合わせてやるってのか? 律儀だねえ、おまえ」
俺はごめんだね、と言ったヴィクターの手を見て、リロイは少し表情を濁らせた。指輪とそれを隠す手袋は常と変わらずそこにはまっている。リロイはその両方が『外せない』類いのものであることを知っている。この男は同じように言われたとしても、あるいは『求められた』としても、手袋を外すことはないのだろうな、と思った。リロイはふーっと息を吐く。
「ん? なんだ? どうかしたか?」
「ああ、いや、慣れたことだ、と言うべきか……少し考えていたんだ」
流れるようにリロイは嘘をついた。ヴィクターは理由がそれだけではないことにはなんとなく気が付いていたが、追求することはしなかった。
「考えなくちゃ出せないような結論か? 嫌なら嫌って言えよ。多少の融通は利く立場だろ? それでも文句を言うようなら黙らせてやったら良い」
開いた掌と右手の甲でパシパシとノックをしてみせたヴィクターへ、リロイは咎めるように首を振った。
「こんなことで我を通してどうするというんだ。睨まれるのは避けたいし、同じ立場を悪くすることならもっと有意義なものを対価に望みたい」
「まったく生真面目だな! おまえがシャノンを気に入るのも分かる気がするぜ!」
少し呆れたような調子でヴィクターは言い、大げさに肩をすくめて見せた。
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