第16話

 卒業までの数週間は、あっという間に過ぎて行った。早々に諦めた“セラになりきろう作戦”だったが、意外とすんなり受け入れられた。


 そもそもセラ自身がほとんど人と関わってこなかった為か、“セラ”を知っている人がいなかったからだ。みんな私を見て「あんな事故があったから、そりゃ少しは変わるよな」くらいにしか思っていないようだった。ちょっと悲しいよセラ...



 ちなみに一部の“塩対応セラ”が好きな女子達は、かなり残念そうな顔をしていた。うん。申し訳ない。




 ゼスラは本当にムーンへ行ってしまったらしく、あの日の翌日から学校で見かけることは無かった。セラの記憶を振り返っても、彼との思い出は何かを作ることだけだったので、結局彼がどんな人なのか分からないままだ。



 リリカとは、かなり仲良しになった。援助金を断わる話をした時は、この世の終わりみたいな顔をしていたが、きちんと私の気持ちを伝えると、しぶしぶだが了承してくれた。



 今日は卒業前に、2人で遊びに行く事になっていた。私のリクエストで、別のコロニーへと、お買い物へ行く事になっている。


 正直、リリカはお嬢様なので自分で買い物をした事もないと思っていたが、社会勉強ということで色んな所へ行っているらしい。意外だ。




「セラー!こっちだよー」


 待ち合わせ場所に着くと、リリカはもう先に来ていた。リリカは服のセンスが良い。落ち着いた白いワンピースが、彼女にとても似合っている。セラの服のセンスとは比べ物にもならない...自分の服装を見て肩を落とす。




「ごめん!遅くなっちゃって...!」


「大丈夫よ。あ、あの...もしかして?」


 リリカは戸惑いながら、私の横にいる人物をチラリと見た。




「そう。彼が、いつも話してるウインタ」


「リリカ様、初めまして。ウインタと申します」


 ウインタは私たちの迷惑そうな雰囲気を完全に無視し、満面の笑みで挨拶をした。リリカの表情は依然として変わらないままだ。ごめんよ、リリカ!




「は、初めまして...」


「リリカ様。もしよろしければ、本日ご一緒させて頂いてもよろしいでしょうか?必ずお役に立てるかと思いますので」


「...と、いうことなんだけどいいかな?」


「う、うん!もちろんいいよ」



 ああ...リリカ...なんて良い子なんだ。私が困っている事を分かって、受け入れてくれるなんて…




「ありがとうございます」


「ごめんね?いつもはわがまま言ったりしないんだけど、朝からこんな調子で付いて行くってきかなかって...」


 そう。こんな事はセラの記憶を掘り起こしても初めてだった。


 ウインタは基本的に言わなくても、私の嫌がる事、して欲しい事には、敏感に察知する事が出来るようになっているはずだ。


 しかし、今日はリリカとの2人だけのデートの予定だったので、何度も断ったのにも関わらず、付いてきてしまった。




「心配してるんだよ...買い物してると知らない人に声かけられたりすることもあるし。それに...最近は、ほらあれ」


 リリカの指差す方向には、何やらニュース番組のような映像が映し出されていた。どこかの星で、何人もが集まり、デモを起こしているニュースだ。



〈“我々はここにいるべきではない!”〉

〈“宇宙を元あった形へ戻すんだ!”〉

〈“RTE!RTE!RTE!”〉

〈〜このように、現在一部の人々による抗議活動が…〉



「RTE...?」



「“Return To Earth“の頭文字を取っているようです。ひねりもなく、そのままの意味ですね。アースこそ自分たち人間のいる場所であり、他の星や宇宙にいるべきではないといった考えの人々を呼ぶ時にも使ったりします」


「ずっと前からそういう考えの人たちはいたみたい。でも...10年くらい前だったかな?宇宙条約でアースへの干渉が禁止されてから、それを不審に思う人達の暴動が増えてきてるみたい」


「なるほどね」


 アース...つまり地球だ。


 私だって、出来ることなら地球へ戻りたい。偽物の空の下で生活するのにも、多少慣れたとはいえ、気持ちの良いものではない。風もほとんど吹かないし、植物もほんの少ししかない、山や川や雨の音も虫の声も聞こえない。


 ついこの前まであったそんな当たり前の感覚が、もう何年も昔の事のように思えて、心が痛くなる。




「あ!で、でも!レディスはそういう人あんま居ないし、大丈夫だよ?」


 私の不安そうな顔を見て、リリカがフォローを入れてくれた。暖かい笑顔に心がふっと軽くなった。




「ふふ。そうだね!ほら!早く行こう!」

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