第15話

 ウインタの言葉にハッとする。



 何故、今の今まで疑問に思わなかったのだろう?


 この家に“父親”という人がいない事に。



「痛っ」


 ズキンと頭が痛んだ。


 思い出せそうで思い出せない。セラが知っている事なのに分からない。どんどん頭だけが痛くなり、冷や汗がじんわりと背中を伝う。目眩がして、ウインタに寄りかかった。




「セラ様。大丈夫ですか?」


「うん...ちょっと頭が痛くなっただけ。思い出そうとすると、なんでか頭が痛くて…」


「...一度座りましょう」



 ウインタに寄りかかったまま、ベットのそばまで歩く。ベットに腰掛け、深くため息を吐くと身体の力が抜けて、身体中に血液が巡っていくような感覚になる。寒気もなくなり、ラクになった。





「もしかして、お母さんが言ってた“あの人があんな事になって”っていうのは、私の恐怖症の事とも関係あるんじゃない?...自分の身体のことなのに忘れていたなんておかしいよね?」



 下から覗き込むようにウインタを見つめる。彼は困ったように微笑み、なんと答えるべきかと考え始めた。


 私が分からない“セラの記憶”。これは、事故で怪我をしたから忘れてしまったのか?それとも、前世の記憶を思い出してしまったから、消えてしまったの?


 

 


「...はい。おっしゃる通りです。まさか、ご自分が恐怖症を持たれているという事も、忘れてしまっていたとは思っていませんでしたが...」


「何があったか教えてくれる?」


「...教えることは可能です。が、もしそれを今思い出してしまって、また恐怖症が再発する可能性がありませんか?」



 確かにそうだ。ウインタの言う通り。


 お父さんに関係する何かの出来事を忘れているせいで、今の私には全く恐怖症は出ていない。“セラの恐怖症”は、治ったわけでは無いと考えるほうが正しいだろう。




「そうだね〜...」


「お父様の記憶が無いのはお辛いでしょうが、せめて無事月へ行き、落ち着いてから。にしてはどうでしょうか?」


「うん...」



 私は言葉に詰まった。



 正直、こう言ってはなんだが、セラの父親の記憶には好奇心から知りたいという欲はあれど、思い出せない事に対して“辛い”という感覚は無い。


 それよりも。せっかく今はなんの問題もなく、月は行けるのに行けなくなる方が辛かったのだ。




「...わかった。ウインタに任せるよ」


「はい。お任せください!」


 ウインタはにっこり笑った。つられて私も笑う。




 大丈夫。いつかちゃんと思い出すから。


 私は心の中で、お父さんと“セラ”に呟いた。

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