第9話
「パスワードを認識いたしました」
抱きついたまま恐る恐る顔をあげると、ウインタはいつものように優しく微笑んでいた。
(よかった...)
「って!なんだよこれ!!もー!!!」
私は今の状況に恥ずかしくなって、飛び退くように離れた。
思い出した“パスワード”とは、“強く抱きしめて「私の大切なウインタ」と言う”事だったのだが、ますます“セラ”の考えていることが分からなくなりそうだ。彼女は本当に変わっている。
「あなたを新しい“セラ様”として、再設定いたしました。何かご命令はありますでしょうか?」
「...命令というか、お願い、なんだけどいいかな?」
「...?なんなりと」
それは少し前から考えていた事だった。
「私は間違いなく“セラ”。だけど、あの事故のせいだと思うんだけど、セラは、ずっと昔の記憶を思い出した...というか、言い方は悪いけど、“私”が“セラ”を乗っ取ったの」
ウインタは少し驚きの表情に変わったが、黙ったまま私が話すのを聞いている。脳内で過去の事例でも探しているのかもしれない。
近いうちに言わなければと考えていたことだった。自分のことを話して、味方になってもらう。その相手はウインタしかいない、と。記憶があるにしたって、ひとりで生きていくには難しい、と。
だけど、いざ話し出すと怖くなってくる。もう、ウインタの顔を見れなくなっていた。
「私自身もなんでこんな事になったのやら?って感じなんだけど。それで...ここからが、お願いで。ウインタには“私”の味方になって欲しいの。もし、今日のウインタみたいに異変に気付く人が出てきそうになったら、バレないように助けて欲しい」
(言ったー!)
我ながらなんと図々しいお願いだろう。ウインタからすれば、自分を作った“セラ”を追いやった、わけのわからない“私”を助ける必要が無さすぎる。
「かしこまりました」
ウインタはあっさりとこう答えた。
「え、え?いいの?」
「私を作ってくださった“セラ様”がいなくなったことは...誠に悲しく、残念ですが...これは誰かのせいとかではなく、科学でも証明できない“神様のイタズラ”というところでしょう」
彼は口元に手を当てながら、どこか楽しそうに笑っている。私は呆気にとられた。
「神様って...」
(ロボットが神様を信じている?)
最先端AIを持ってしてもわからないことはあるのか...それとも、頭がおかしくなったと思われて、それっぽい事を言ってくれている...?
「私の主人は今の“セラ様”です。お助け出来ることがあるのならば、喜んでお手伝い致しますよ」
ウインタは優しく微笑んだ。
(大丈夫。彼は信用できる)
私は何故か確信していた。
「しかし...これからずっと、隠し通すおつもりですか?」
ウインタの表情が曇る。
「うん...。でも、スクールを卒業したら、1度ここから離れようと思ってる。誰も“セラ”を知らないところへ」
私はへらりと笑って、強がって見せた。そうしないと、ちょっと泣きそうだったから。
「私はセラだけど“セラ”じゃない。でも、彼女の記憶や、思いや、考えは、ちゃんと持っておいて、大事にしたいの。その中で、“私”と言う人間として生きていけたらと思うよ」
「“セラ様”の事を考えていただき、感謝します」
「ふふ。急に出て行くってなったら、母さんとロカは寂しがるかな。ウインタ、2人のことよろしくね?」
ウインタは少し怒った表情になった。この顔は初めて見るかもしれない。
“自分は怒ってるんだからね!”とアピールするような、笑っちゃうほど可愛らしい怒り顔で、全く怖くは無かったけれど。
「それは...私は連れて行ってはもらえないと言う事でしょうか?」
「え?だって...この家のお手伝いロボットでしょ?」
セラの記憶を急いで探る。うん、この情報は間違いないはずだ。
「この家に来た時はそうでした。しかし、今はセラ様のウインタです。それとも...私は必要ありませんか?」
今度は、先ほどとは打って変わって、子犬のようなしょんぼりとした表情になった。
「そ、そんなことないよ!一緒にいてくれたら、嬉しいに決まってる!」
「ありがとうございます。安心致しました」
さっきのしょんぼり顔は何処へ?私が急いで否定すると、ウインタはそれは嬉しそうにニッコリ笑った。
(これは...やられた...)
「新しいセラ様。これからもよろしくお願いいたしますね」
失念しがちだが、ウインタはセラの好みに作られている。そして私はセラのいわゆる前世の存在で、今も昔も“好みのタイプ”は変わる事が無いらしい。
ウインタに何かと言いくるめられる未来が、ちょっと見えてきた気がした。
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