第8話

「セラ様。明日からスクールですね」


 

 いつもの様にラボで本を読んでいると、ウインタが話しかけてきた。話好きの彼だけど、私が何かしている時に話しかけてくるのは初めてだ。



「そうだね。家に籠るのも飽きてきたから良かったよ」


 私は、読んでいた本から顔を上げてウインタを見た。


(あれ?)



 いつもより少し離れたところに立つウインタに、違和感を感じた。表情や声色は特に変わり無いように思うけど、何かがいつもと違う気がしたのだ。





「私は、ずっと一緒にいられて嬉しかったですよ?」


「あー、ありがと。はは」


 歯の浮くようなセリフに、私は笑うしか無い。このロボットは、セラの好きなように改造されている。セラが欲しがる言葉を考え、それを恥ずかしげも無く言ってくれる。




 お手伝いロボットというより、まるで彼氏だ。正直、こういったことには慣れていない。平静を装うだけでいっぱいいっぱいだ。




「じゃ、そろそろ寝ようかな」


「セラ様」


 私が椅子から立ち上がろうとするとほぼ同時に、ウインタが距離を詰めた。彼の顔はいつものニコニコ顔じゃない、ただの無表情だ。


(怖い)


 私はウインタが“機械”だということを忘れていたのだろうか?冷たい声と、表情に、私の体が強張るのが分かる。





「あなたは“本当のセラ様”ですか?」


「な!...何言ってるの?」


 ついにこの時がきた。頭の中がパニックだ。たらりと冷や汗が流れる。相手は機械。ごまかしが効くとは思えない。




「...外見や声、見た目ではほとんど全てセラ様で間違いありませんでした。ですが、あの事故以来...私が存じ上げている“セラ様”とは全く異なる言動が約30ほどあったのです。さらに、小さな異変を合わせると、本日100個に到達し、総合的に考え、たった今“セラ様”とは違う人物だと認識致しました」



「ま、待って!私はセラよ!…どうしたら分かってくれる?」



「自分が“セラ”だ。として、新しく設定を変更する必要があります。しかし、私に指示できるのは、最初に設定したご家族様、本当の“セラ様”のみとなっております」


(これはまずい…!!)




 家族にこの事を話したとする。確実に怪しまれるに決まっている。それだけは無しだ!!私が“セラ”という証拠を見せるしかない。


(思い出せ…!思い出せ…!)


 頭の引き出しを引っ張り出す。セラの頭は本当にいろんなものが入りすぎていて、必要なものが探しにくい。





(ウインタの再設定には、パスワードが必要…?って、これ!?)



「再設定をされなければ、情報漏洩防止の為、残り30秒で情報の削除が始まります。」


 ウインタのカウントダウンが始まった。他の方法を考えている時間は無い。私は思い出した“パスワード”を言うしかなかった。




(ええい!なるようになれ!!)



 私は椅子から飛び降り、力の限りウインタを強く抱きしめた。胸の鼓動ではなく、微かな機械音が聞こえてくる。彼の体温は、意外にも暖かかった。




「…“私の大切なウインタ”」


 

 

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