戦闘

 新城が降り立ったのは、緑の葉を付ける銀杏の木が並ぶ、何処かの学校の体育館沿いだった。

 体育館の格子窓にレッドとグリーンが張り付いて、中を覗いている。

「中で何か起きてるかしら?」

 新城もといパープルは背後から話しかけると、レッドがぎょっと肩を強張らせて振り向く。

 パープルの姿を目に入れて、レッドは幾分身体の力を抜いた。

「なんだ、パープル。驚かせないで」

「驚かすつもりはなかったのよ。ごめんなさいね」

「静かにして。気付かれるじゃない」

 レッドとパープルの会話の声量を、体育館の中に意識を集中したままグリーンが咎める。

「グリーン、中で何が起きてるの?」

「男性教師が怪人とピンクタイツに拘束されてるのよ」

「助けに行かないの?」

 パープルの質問に、グリーンは苦々しい顔を向ける。

「助けに行こうと思っても、五人揃わないと必殺技が使えないでしょ」

「それであたしとグリーンはさっきからここで敵の様子を見張ってる」

 理解ある表情でレッドは付け加えた。

 二人が窓に張り付いている訳を納得したグリーンは、自分も二人の頭の間から中を覗いた。

 教師は怪人たちが設置したのか、バレーボールのポールに身体を縛り付けられ、口はガムテープで塞がれている。

 ポールを囲んでいるのはピンクタイツ二人、そこから三歩ほど離れて監督官のような立ち姿で、リーダー格らしき金縁の腕章をつけた全身ブルータイツが立っている。

 ピンクタイツ三人は男性教師に、しばらくは脅迫のような問答をさせていたが、涙目ながらも頑として首を縦に振らない教師にしびれを切らしたのか、がブルータイツがピンクタイツに脇へ退くよう手を払って指示した。

 ブルータイツはなんとか恐怖に耐えている教師の目前まで歩み寄った。

 ブルータイツが何かを問い教師が首を横に振ったが、そこまで大きな声ではないのでグラドルレンジャー三人には内容が聞こえてこない。

 教師の答えが不満だったらしく、ブルータイツが教師の腹部に拳を打ち込んだ。

 憂さ晴らしのようにその後も、抵抗できない教師にブルータイツは暴行を加える。

「助けに行きましょ」

 レッドが意を決した声で、グリーンを促す。

 グリーンはレッドに顔を合わせて頷いた。

待てないと言わんばかりにグリーンとレッドは走り出し、近くの引戸から中へ突入する。パープルも一足遅れて二人の後に続く。

「そこまでよ」

 体育館に踏み入ると、レッドが威風堂々とした声を張り上げた。

 ブルータイツとピンクタイツはグラドルレンジャー三人を振り向く。

「なんだ、お前達は!」

 ブルータイツが突然の闖入者に、叱責に似た語調で誰何した。

「グラビア~、レッド!」

「グラビア~、グリーン!」

「ええと、グラビア~、パープル」

 レッドとグリーンは登場ポーズなど取らずに、あたかも号令の返事のような大声で名乗った。

 パープルは二人の怒るような名乗り方に合わせられず、戸惑いながら名を告げる。

「ふん」

 ブルータイツは鼻で笑った。

「察するにこの男を助けに来たんだろうが、こちらにも目的があるんだ。身柄を渡すわけにはいかない」

「あたし達は力づくだっていいんだけど?」

 レッドは刃のように鋭い目で言って凄む。

 レッドの凄みを歯牙にもかけずない様子で、ブルータイツはまたも鼻を鳴らした。

「腕っぷしに自信があるのか知らんが、俺もシキヨクマーの一員だ。お前達が俺と戦うと言うなら逃げはしない」

 形勢不利を理由に敵前逃亡をしたムカデゴロンよりも胆力が備わっている。

「交渉の余地はない、覚悟しなさい!」

 レッドは鬨の声をあげると、拳を固めてブルータイツとの間合いを急速に詰めた。

 グリーンとパープルもレッドに倣い、ブルータイツとの距離を縮める。

 攻勢に入った三人を相手に、ブルータイツはたじたじの体で忙しなく上半身を動かし視線を走らせた。

「おりゃ」

 ブルータイツの薙ぎ払おうとする腕の下を潜り、レッドが懐に入り拳を突き出した。

 拳はブルータイツの腹部にめり込む。

苦しげな息を漏らしながらブルータイツは後ずさる。

 攻撃に間断はなく、右手からグリーンの手が迫り、ブルータイツの右腕を掴んだ。

「離せっ!」

 ブルータイツは力任せに掴まれた右腕を力任せに振り払う。

 しかし死角になった左から、パープルが横腹に拳を抉り込んだ。

「うおっ」

 拳打の勢いを殺せずにブルータイツは横様に倒れた。

 距離を詰めてなおも攻撃を続けようとする三人に、ブルータイツは倒れた姿勢のまま、両腕を力なく掲げた。

「ま、まいった」

 逃走経路を頭の中に描きながら、ブルータイツは降参の意を示す。

 三人は怪訝そうな表情で、ブルータイツに訊ねる。

「ほんとに負けを認めてるの?」

「もちろん。この通りだ」

 掲げている腕を伸ばして、戦う意思のないことを強調する。だが気付かれないように茫然と突っ立っているピンクタイツ二人に目を配る。

 ピンクタイツ二人はブルータイツの目配せから、お前達どうにかしろという簡易な指示を受け取った。

二人は互いの考えを確認するように顔を合わせ、その後にブルータイツに頷き返した。

 あわよくば形勢逆転を、と目論んだブルータイツだったが、次の瞬間ピンクタイツ達は足音を忍ばせて手近の引戸へ向かって走り出した。

「おい、待て!」

 追い詰められている身であることを忘れて、ブルータイツは部下を怒鳴りつけた。

 びくりとピンクタイツ二人は離脱の足を止めて硬直した。

 ブルータイツの目線と唐突な叱責に、グラドルレンジャーの三人も同じ方に揃って顔を向けた。

 針のむしろに晒されたピンクタイツは、自棄のように視線を振り切って、引戸を開けて這う這うの体で体育館の外へ逃れ出る。

「私が追うわ」

 パープルは追跡を自ら引き受け、ピンクタイツを追って体育館を後にする。

 ブルータイツがピンクタイツの逃走の差し金であるかのように、レッドはブルータイツを憤慨の目で睨みつけた。

「逃げた二人に何を指示したの?」

「俺にだってあいつらが逃げ出した意味がわからないんだ」

「とぼけないで!」

「とぼけてなどいない」

「レッド?」

 ブルータイツと怒鳴り合うレッドに、グリーンが落ち着いた声をかけた。

「――何?」

 ポールに縛り付けられたまま気絶している男性教師を、グリーンが指さす。

「男性の拘束解いてくるわよ。いい?」

「あっ、忘れてた。ありがとうグリーン」

 グリーンは男性教師の拘束を外してポールから降ろすと、体育館隅の壁にゆっくりともたせかける。

 目論見を潰され部下にも見放されたブルータイツは、保身の考えを放棄した。やおら立ち上がり、捨て鉢の覚悟を漲らせる。

「おのれ、お前ら!」

 うぉぉぉと雄たけびをあげながら、正面にいたレッドにラグビー選手を思わせるタックル姿で突進した。

 降参を告げられ、少し気を抜きかけていたレッドは、からくもブルータイツの捨て身の攻撃を躱す。

 ブルータイツはタックルの勢いを床への受け身で殺しながら、片膝立ちの体勢になった。息を吐く暇もなく、再度レッドへ突進する。

 真っ直ぐに突っ込んでタックルを喰らわせにいく一辺倒の攻撃だが、レッドも躱すのに精一杯で反撃の余裕はなかった。

 だが防戦一方も束の間、男性教師を安全な位置に運び終えたグリーンが戦闘に加わり、形勢はグラドルレンジャー側に傾いた。

 レッドとグリーンを相手に、タックルの標的が二手に分かれてことでブルータイツの動きは鈍り、タックルの勢いも徐々に減じていった。

 ピンクタイツ二人に撒かれて、パープルが体育館に戻ってきた時には、すでにブルータイツはバスケットゴールの下でうつ伏せに力尽きていた。

「青いタイツの人はどこに行ったの?」

 引戸を開けて目の前にいたグリーンに、パープルは尋ねる。

「私とレッドで倒したわよ」

「そうなの。私の方は取り逃がしちゃった、ごめんね」

「仕方ないわよ。右も左もわからない場所だから」

「グリーンの言う通り」

 体育館の隅から男性教師を負ぶって歩いてくるレッドが、グリーンに同意した。

 グリーンとパープルの横を通り過ぎて、銀杏の木に男性教師をもたれかけさせる。

「男の人の意識が戻る前に帰りましょ」

 ひとまずの出動任務を終えたグラドルレンジャー三人は、各々テレポートをした場所へとテレポートで戻った。


 パープルの追跡を撒いたピンクタイツ二人は、同学校の南棟の屋上へ帰り着いた。

 部下の帰還を胡坐の姿勢で、自身の眼に当たる部位であるレンズを拭きながら待っていたカメラーンが、ドアの開く音で二人に気付いて振り向く。

「二人だけか?」 

 カメラーンは不可解そうに下問する。

「はい。不測の事態が起きまして」

 ピンクタイツの一人が答える。

「不測の事態とは、なんだ?」

「はい。不測の事態というのは、その、厄介な敵が現れまして……」

「厄介な敵だと、それはどういう奴だ?」

「グラドルレンジャー、です」

「それで、倒したのか?」

「……」

 ピンクタイツは言葉に詰まった。グラドルレンジャーと遭遇しながらも逃亡してきたとは、畏怖のあまり言い出せない。

「どうなんだ?」

「その……班長が身動きできない状態にあります」

 班長とはブルータイツのことで、ピンクタイツ戦闘員の直属の上司で、ギャルゲ大佐の下で、現時点で任務を受け持っていないピンクタイツ達を統括していた部隊長だった。

 戦闘員のリーダーに当たる相当する隊員の危機を、カメラーンは諦念とともに受け入れた。

「彼一人では太刀打ちは不可能だな」

「どうなさるのですか?」

「彼には無慈悲だが、我らだけで退こう。今はまだグラドルレンジャーと戦う時機ではない」

「承知しました」

 敵前逃亡が看破されずに、ピンクタイツは安堵しながら頷いた。

 カメラーンはレンズを取り付け直すと、胡坐から立ち上がった。

 屋上の柵に手をかけたところで、思い出したように尋ねる。

「ところで。ターゲットの男はどうなった。姿が見当たらないが?」

「さあ、自分には」

「まあ、いい。所詮は大量のターゲットの内の一人にすぎない。しばらくは逃がしておいても問題ないだろう」

 そう言って許容したカメラーンの頭の中でギャルゲ大佐の命令が反芻されている。“シキヨクマーを抹殺しろ”

「今すぐ、基地に戻るぞ」

 ピンクタイツ二人に告げると、カメラーンは柵を飛び越え、地上十数メートルから降り立った。

 任務隊長であるカメラーンに続いて、ピンクタイツ二人も柵を飛び越える。

 日中の学校近辺に、彼等の姿を認め得た者はいない。


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