姪っ子と過ごす平穏
冷蔵庫にあった有り合わせの物で作った料理だったが、新城と光那は笑顔の絶えぬ二人での夕食を楽しんだ。
食器洗いまでも二人で片づけ、タオルで手を拭いている時、唐突に光那が言った。
「テレビの横にある映画のブルーレイディスク、観てもいいですか?」
リビングの端にあるテレビ台の傍の小さいブルーレイラックに、新城が買い集めた邦画のブルーレイディスクが入っている。
先に手を拭いてソファの肘掛けに座ろうとしていた新城は、足を止めてブルーレイラックに目を向ける。
「観てもいいけど。光那ちゃんが好んで観るような作品はないわよ?」
「綾乃さんが一番好きなやつを観たいです」
手を拭き終わって、光那もブルーレイラックに並んだケースの列を見た。
「私の一番好きなのねえ? どれにしよいかしら?」
下唇に指を当てて悩む。
長く一分くらい悩んだ末、新城は指を唇から離した。
「『野武士のロビン・フッド』なんてどうかしら」
「なんですかその映画? あたし知りません」
頭に疑問符を浮かばせているような口調で訊ねる。
「知らないのも仕方ないわ。『野武士のロビン・フッド』は光那ちゃんが赤ちゃんの頃に放映された映画だもの。それに地上波では一度も放送されなかったもの」
「どういう映画なんですか?」
「簡単に言えば、時代アクション映画ね。江戸末期から明治初頭を舞台にしてて、主人公の路尾賦土の活躍を描いてるのよ」
概略を説明する新城の熱が伝わり、光那は期待感が膨れる。
「その映画、面白そうです」
「観て損はさせないわ」
新城は自信に溢れた笑顔で請け合った。ラックから『野武士のロビン・フッド』のケースを抜き取り、プレイヤーの挿入口に挿しこんだ。
二人はソファに隣り合って座り、映画鑑賞にのめり込んだ。
三時間程して映画がエンドロールに入ると、今まで呼吸を忘れていたかのように大きく息を継いだ。
「凄かった……」
「ほんと凄いわよね。何回観ても五稜郭陥落後に森の中で、路尾賦土が五百メートル離れた位置から敵将の頭を和弓で撃ち抜くシーンは心震えるわ」
かなり抽象度に差のある感想だが、二人とも申し分なく楽しんだ。
時間を忘れて観ていた新城は、ベッド傍のデスク上のデジタル時計で時間を確認する。
すでに二十二時を回って、夕食直後と言える時間ではなくなっていた。
「光那ちゃん、私そろそろお風呂入ろうと思うんだけど、先に入る?」
エンドロールを目で追っている光那に新城は訊ねる。
光那はテレビ画面から視線を新城に移して答えた。
「はい、入ります」
「わかったわ。それじゃ、仕度するから待っててね」
新城はソファから立ち上がり、浴室に足を向けた。
その時不意に、光那はあっと声を漏らす。
「どうしたの?」
浴室に半分身体を入れた新城が、光那を振り向く。
「こうやって後姿を見たら、やっぱり綾乃さんてお母さんの妹なんだなって」
「そんなに似てるかしら?」
「その、動きが少し似てる気がしました」
自信なさげに言う。
ふふっ、と新城は微笑む。
「昔から似てるって周りから言われてたわ。でも性格は真反対ぐらいに違うのよ」
「でも綾乃さんの方が胸が大きい……です」
自分で言って光那は、頬を赤くし照れる。
赤面する姪を微笑ましく思いながら、誇るように口の端を上げる。
「姉さんは成育させなかったから大きくならなかったのよ。それに比べて私は精魂込めて成育させたもの」
「育てられるものなんですか?」
始めて聞いた話に、光那は驚いて質問する。
「大きくなる遺伝子があればの話よ。光那ちゃん、大きくしたいの?」
ニヤニヤとして、光那の胸元に視線を注ぐ。
光那は首を激しく横に振る。
「大きくしたわけじゃないです。変な事聞かないでください」
「遠慮しなくていいわよ。成育したいなら私が手伝ってあげるわ」
「結構です。それより、お風呂はもう入れますか?」
無理矢理に話を逸らす。
「はいはい。今から湯加減を確認するわ」
姪の反応を面白がりながら、新城はお湯を張った浴槽に手先を入れる。
あと数分もすれば程よい湯加減になる。
「少ししたら適温になるわ。着替えとタオルは用意した?」
「今からです!」
ちょっと怒った口調で返答し、光那はソファから降りて、バッグの中を探り始めた。
翌日、新城と光那は朝からリビングに籠って映画鑑賞に没頭した。
感動の結末を迎えてエンドロールの間涙を流していた光那に、同じくほろりと感涙を抑えきれなかった新城が、涙混じりの声で現実的な質問をする。
「お昼、何か食べたいものある?」
「なんでもいいです」
光那も涙混じりの声で答える。昼食の献立を決めるのは、感動が鎮まってからでもよかったのでは。
「じゃあ、あるもので作るわよ」
「ありがとうございます」
新城はソファを離れて、ぐすぐす鼻をすすりながらキッチンに向う。
冷蔵庫から残り少なくなった千切りキャベツの入った袋を手にして、魚肉ソーセージを二本違う方の手で摘まみ持った。
冷蔵庫を肱で閉め、千切りキャベツの入った袋は傍らに置き、調理台に俎板を据える。
魚肉ソーセージのビニルカバーに包丁を刺し、出来た切り込みに指を入れてカバーを破り外す。
剥き出しになった魚肉ソーセージを俎板の上に手で押さえて切り分けていく。
「光那ちゃん」
「はい?」
「味噌汁、温め直してくれる?」
包丁を休めず、新城はお願いする。
不平一つ言わずに光那はキッチンに来て、コンロに置いたままの味噌汁の鍋を火にかける。
新城がフライパンに千切りキャベツと切り分けた魚肉ソーセージをばらまいた時だった。
通信用のネックレスが服の下で微振動した。
「光那ちゃん」
「なんですか?」
「電話来たみたいだから、ちょっとだけ通話してきていいかしら?」
「わかりました。フライパン、火かけておいていいですか?」
「頼んだわ」
新城は一時的に調理を光那に任せると、リビングを出てドアの陰でネックレスを口に近づける。
(西部小学校にシキヨクマーの連中らしき気配を捕捉した。今すぐ現場に向かえ)
「了解」
簡潔に命令を下す木田に、小声で応諾する。
「光那ちゃんがいるこんな時に」
光那に聞こえない声で間の悪さをぼやきドアから顔だけ出すと、リビングのキッチンの方にいる光那に声を飛ばす。
「光那ちゃん。私急用が入ったから、料理任せていいかしら?」
「はい。大丈夫ですけど、急用って何ですか?」
当然の質問をする。
新城は気の乗らない顔で答える。
「仕事の呼出よ。急に呼び出すなんて非常識よ」
「どれくらいで戻りますか?」
「長い時間はかからないと思うけど、私の事は気にせず過ごしてていいわよ。料理は出来たらテーブルに置いておいて」
「わかりました」
新城の突然の用事に困惑はあったが、余計な迷惑をかけたくない思いで頷いた。
光那が素直な出来た姪で良かった、と救われる気持ちで新城はサンダルを突っ掛けて、部屋を駆け出た。
人気のない日中のマンションの共通廊下から、新城はテレポートした。
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