第四話 NO MORE 盗撮怪人!

姪っ子

 新城は自宅のマンションから徒歩数分の最寄り駅の改札口前で、彼女の姪である光那の到着を待っていた。

 日中だと言うのに改札に向って人の波が押し寄せ、皆々が改札を抜けて出口なり待ち人の下へなり歩いていく。

 人波の中にいるセーラー服の少女が、新城と目が合うと顔を綻ばせて、若干足早に新城に近づいてきた。

「光那ちゃん」

「綾乃さーん!」

 光那はリュックサックを背負ったまま、新城に向って両腕を広げ抱きついた。

 新城の豊満なバストに顔を埋めて、訴えるように言う。

「盗撮されたかも」

 衝撃を覚えつつも、冷静に訊き返す。

「盗撮、ほんとう?」

 バストに埋もれながら、少女は首を横に振る。

「わかんない。私の思い過ごしかも」

「どこでされたの?」

「電車内、今逃げてきた」

 ぐすんとむせんで答える。

 新城は改札の人群に用心の目を払う。

 彼女達を監視するように凝視している男と視線がぶつかった。

 その男は慌てて目を逸らして改札を抜けると、右手の出口へ足を向けた。

「あの人!」

 双丘から身を離して、光那は男を遠慮もなく指さす。

「光那ちゃん、駅員呼んできて」

 光那にそう指図すると、新城は身内に対する恥辱を許せず、端整な顔を憤怒の形相に歪めて、新城は男へ近づいた。

「あなた、待ちなさい」

 呼び止める新城の声など聞こえない風で、男は足を止めずに出入り口へと進む。

 男が呼び止めに応じる気がないとみて、新城は男の肩を掴んで強引に足止めさせた。

「ちょっとあなた、私待ちなさいと言ったわよ?」

「なんでしょうか?」

 男は恐々と振り向いた。

「駅員が来るまでここで待ってなさい」

 射止めるような目で男に言い付けた。

 面倒だな、という顔をしつつも男は新城と駅員が来るのを待った。

「綾乃さん、連れてきたよ」

 光那が中年の駅員と一緒に駆け寄ってくる。

 駅員が紋切り型とばかりに訊ねる。

「盗撮された、と聞かされましたが?」

「なんのことかね?」

 男は身に覚えがない様子で肩を竦める。

「念のために荷物をチェックしましょうか」

 駅員が当事者たちの同意を求めるように提案する。

 突如、男は駅員の眼前に踏み込んで、駅員の胸倉を掴み上げる。

「なんですかっ、おえっ」

 駅員の鳩尾に男の拳が勢いよく食い込んで、駅員は痛苦でえずいた。

「あなた、やめなさい!」

 暴行を制止させようと、新城は男の肩を掴んだ。

「何があったんですかあー?」

 彼女の叱るような声を聞いてか、駅員室内にいた他の駅員が何事かと駆けつけてくる。

 憤然として男を叱っている新城の代わりに、被害者の光那が状況を説明すると、駆けつけてきた青年駅員は了解の意で頷くと、怒鳴る新城に言い返している男を凄む。

「そこのお前、盗撮したうえに逆上して駅員を殴ったそうだな?」

 青年駅員に詰問されて男は舌打ちする。

新城を横目で睨むと、腹いせと言わんばかりに新城に腕を振り上げた。

 まあ、そこはグラドルレンジャーの新城だ。男の腕が狙う部位が自身の顔面だと瞬時に判断して、首を右に逸らして殴撃を躱した。

 腕を振り抜いて男の重心が前に乗ると、手首を掴みながら男の胸倉の生地を握って、身を反転する勢いを利用して手首ごと腕を引き寄せ、男を背負い投げで床に叩きつけた。

「あら」

 反射的に投げ技を繰り出してしまい、男を叩きつけた姿勢のまま新城は自身を恥じた。

 盗撮騒動を漏れ聞いたか、改札口付近の人達の視線が注がれる。

 容姿からは想像もつかない新城の離れ業に、度肝を抜かれていた青年は職分を思い出して、慌てて男を組み伏せている新城に歩み寄った。

「お客様、お怪我は?」

 一方的に投げてたから大丈夫だろうけど、と思いつつも青年駅員は新城に負傷がないか尋ねた。

「ありません」

「そうですか。良かったです。あとは私達駅員に任せてください」

 そう返して、床に伸びる男の肩を押さえる。

「それではお願いします」

 周囲の注目に照れながら男の身柄を駅員に委ねる。

「光那ちゃん、行きましょ」

「ああっ、はい」

 茫然として男を見下ろしている姪の手を握って、新城は足早に出入り口から駅を後にした。 


 マンションビル街まで来て、ようやく新城は握っていた手を放して歩調を緩めた。

 牽引されて連れてこられた光那は、場所を確かめるように辺りを見渡す。

「ここの綾乃さんの家の近く?」

「その通りよ。ごめんね、無理に早く歩かせちゃって」

 眉根を下げて、新城は

「気にしてないよ。こっちこそ突然来たのに、いきなり迷惑かけちゃった。ごめんなさい」

 光那は自身が騒動の原因であると思って申し訳なさに、手をスカートに置いて頭を下げた。

 そんなに畏まらないで、と新城は気軽に言った。

「光那ちゃんのせいだと思ってない。それに久しぶりに会えたんだから、硬いのはお互いに疲れるでしょ?」

「わかった、綾乃さん」

 光那は明るい表情で頷いた。

 その後二人は近況を話し合いながら、新城の自宅へ歩いていく。

 レンガ色のマンション沿いに来て、新城が足を止めた。

「ここが私の住んでるマンション」

 光那に顔を向けながら、マンションを指さす。

 両親二人と一軒家で暮らしている光那には、一つの建物に大人数の生活が詰まってると考えると、ちょっと新鮮だった。

「綾乃さん。マンションでの生活ってどんな感じですか?」

「いざ聞かれると中々に答えが思いつかないわね。私が感じていることで言えば、少々手狭な気がするわね」

「綾乃さんの部屋、小さいんですか?」

「そんなことはないけど、自分の部屋の左右や上下に人が住んでると思うと、解放感がないのよ」

「そんなこと言ったら、あたしのお家だって左右に家がありますよ?」

 想像の中の何かに憧れるような口ぶりの新城に、首を傾げて光那は質問口調で言う。

「やっぱりマンション暮らしは解放感が足りないわ。家具の位置とかやたらに動かせないものね」

「そうか、オーナーさんとの制約があるんだ。そう思うと確かに解放感ないのかも」

 解放感のない理由に合点がいった光那は、僅かに落胆する。

 新城は話題を切り換えるため、ニコリとして手を叩いた。

「はい。この話はおしまいにして、早く私の部屋に寛ぎましょ。光那ちゃん、大荷物持って疲れたでしょ?」

「大荷物ってほどの量じゃないですけど、駅でいろいろあって疲れました」

 本当に疲れた笑みを浮かべる。

「荷物は私が運ぶわ?」

 年上の気遣いで腕を差し出す。

「ありがとうございます」

 口元を綻ばせて、光那はボストンバッグを両手で手渡した。


 シキヨクマー支部基地の幹部室のドアを一体の怪人がノックした。

「入れ」

 グラドルレンジャー抹殺の計画立案に余念のなかったギャルゲ大佐は、熟考を一時やめてドアの外の怪人に招じた。

 自動ドアが開いて、頭部がビデオカメラを模している怪人カメラーンが足を踏み入れる。

「成果報告に参りました」

 カメラーンは大佐の前で片膝立ちで腰を落とした。

「何人を従わせた?」

「隷従者は五名。そのうち三名が逮捕されて息絶えました。そしてつい先程、駅で女子学生を盗撮していた者が駅員の手に下りました」

「まあ、想定通りだな。引き続き隷従者を増やしてくれ」

 自身の成果が及第より上に受け入れられ、怪人は安堵した。

「顔を上げて、俺を見ろ」

 カメラーンは何を命ぜられるか、緊張の面持ちで大佐を仰ぎ見た。

 ギャルゲ大佐は軍の大将が部下を頼る時のような、真剣な顔で怪人に告げる。

「グラドルレンジャーを抹殺しろ。失敗は許さん」

「はっ。仰せのままに。ではどのような方法で?」

「人質だ」

 信頼に足る言葉であるように、重々しく言った。

「人質ですか。誰をターゲットにしますか?」

「レンジャーの近親者を捕らえろ。すれば容易に誘き出せるだろ?」

「左様ですか。ターゲットの選定は私めが行ってよろしいですか?」

「構わん」

「はっ。それでは隷従者を増やすと同時に、そちらの任務も随時進めていきます」

「頼んだぞ。では退室しろ」

 新たな任務を与えられたカメラーンは、立ち上がり一礼をすると、踵を返して幹部室を退出した。

「なんとしてでもグラドルレンジャーの抹殺を果たしてくれ……」

 閉まった矩形のドアを渋面で見ながら、ギャルゲ大佐は部下の奏功を祈った。


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