二人で夕食

 テレポートでマンションの自宅前に戻ってきた新城は、レンジャースーツ着用の反動による一時的な筋肉疲労で、歩くのも一苦労の状態でインターホンを鳴らした。

「光那ちゃん、ただいま」

 いそいそとした足音が近づき、玄関のドアが内から開けられる。

 新城は両足を引きずるような歩き方で玄関に入ってくる。

「綾乃さん、おかえり。ど、どうしたんですか?」

 光那が驚いて心配するほど、新城は外見からして疲弊していた。

 鈍重な動きで靴を脱ぎ、心配そうな光那の横を歩き過ぎると、真っ先にリビングへ足を向ける。

「綾乃さん。何をしてたんですか?」

 リビングに入る新城の背後に着きながら訊く。

 問いには答えず、新城はふわりとソファに倒れ込んだ。

「ほんとに大丈夫ですか?」

「大丈夫。私には構わないで。しばらく寝るわ」

「そうですか。何かしておいた方がいい事ありますか?」

[スー……]

 質問は梨の礫で、新城は休眠に入った。

 光那は静かな寝息を立て始めた新城の顔を、好奇心で覗き込む。

「寝顔がお母さんに似てるなぁ」

やっぱり姉妹なんだなと、光那は微笑を漏らした。


 リビングテーブルのデジタル時計があと数分で午後の六時を表示しようという頃、新城は休眠から覚めた。

 筋肉疲労がすっかり抜けており、ソファの上で身体を起こす。

 キッチンの方から、空腹を助長するような香りが漂ってくる。

 新城は香りを鼻に感じると、ソファを降りてキッチンの方向に声をかけた。

「光那ちゃん?」

「はい?」

 尋ね返す声とともに、卵を角に当てるような音が聞こえてくる。

 新城は疲労の抜けた普段通りの足取りで歩き、キッチンを覗いた。

「何を作ってるの?」

 キッチンのコンロの前で、フライパンの上に卵の中身を落としている光那に訊ねる。

「目玉焼きです。これくらいの料理しか作れませんから」

 恥じ入るように答える。

 新城はすまない思いで、キッチンに足を踏み入れる。

「ごめんなさい、寝入っちゃって。あとは私が作るから、光那ちゃんは……」

「いいんです。やらせてください」

 断固とした声で、光那は新城の言葉を遮った。

「泊めてもらっている御礼に、今日の夕食はあたしだけで作らせてください」

「御礼なんていらないわ。私の方だって光那ちゃんがいて楽しいのに」

「御礼も返せないなんてあたしは嫌です。たいした事はできないけど、出来そうなことだけでもあたしがやります」

 その物言いに堅い意思を見出し、新城は苦笑を抑えつつ承知した。

「わかったわ。そこまで言うなら夕飯は任せるわ」

「はい。後少し出来上がるので待っててください」

 そう言ってちらりと微笑みを見せる。

 そして新城がお手洗いへ行っている間に、盛り付けまで済んでいた。

「綾乃さん、出来ましたよ。冷めないうちに早く食べましょう」

 光那は先に席に座って、喜びの笑顔で新城に食卓に就くのを急かした。

 新城が席に落ち着くと、二人で手を合わせて食物にきちんと感謝する。

「綾乃さん。食べてみてください」

 評価を待望する視線で勧められて、新城は目玉焼きを口に運んだ。

「どうですか?」

「形は少し崩れてるけど美味しいわ」

「よかった」

 ひとまずほっとして光那は、そう声を漏らした。

「光那ちゃん、料理どれくらいしたことあるの?」

 気になって新城は尋ねた。

 光那は首を縮めてはにかむ。

「学校の調理実習とたまにお母さんを手伝うくらい」

「それじゃ、一人で全部通して作るのはほとんど初めて?」

「はい。調理実習は二人組だったので」

「それでこれだけ作れるなら大したものだわ。私なんて一人暮らしするようになるまで、一食分すらも作れなかったもの」

 過去の自分を省みながら、新城は苦笑いを向けた。

「そういえば綾乃さん、いつから一人暮らししてるんですか?」

「大学生になってからよ。それがどうしかしたの?」

「料理歴どれくらいなのかな、って思っただけです」

「そういうこと。そうなると大学の一年目あたりは料理なんてしなかったわよ。自炊するようになったのは、二年生ぐらいの時だったわ」

「へえ。一年生から二年生にかけて何かあったんですか?」

「生活に慣れてきたからね。料理する余裕が出来て、自炊しようって決めたのよ」

「そうなんですか。あたしも一人暮らしするようになれば、料理上手くなれますかね?」

「光那ちゃん、一人暮らしするの?」

 夢見るように光那の瞳が輝くのを見て、新城は若干に驚いて尋ねた。

「してみたいですけど、お母さんが反対されそうだから言い出せてません」

 途端に悄然として溜息混じりに吐露した。

 姪である光那の希望を奨めたいが、齢十五歳の実娘の一人暮らしに反対する姉の気持ちも、充分に新城は理解できた。

 光那は新城の返事に困っている雰囲気を感じて、あっそうだ、と思い出したように声を出す。

「綾乃さん。お昼の炒め物綾乃さんの分、残して冷蔵庫に入れておきましたよ。食べますか?」

「あら、わざわざ残しておいてくれたの。食べちゃってもよかったのに」

「たくさんは食べないですよ。食べ過ぎると太っちゃうし」

「十代の内にしっかり食べないと大きくならないわよ」

 姪の胸元を見下ろしながら、口角を上げて微笑みかけた。

 新城のからかいの視線に気づき、光那は顔を赤くする。

「ここは大きならなくなったっていいんです!」

「それじゃ、炒め物もらうわね」

 光那のいじめっ子を睨むような目を避けるように、新城は席を立って冷蔵庫に昼食の残りを取りに行った。

 冷蔵庫を開けると、ラップに覆われたキャベツと魚肉ソーセージの炒め物が正面に置かれ、その他は僅かばかりの野菜類や卵などしかなかった。

「買いに行かないと明日の夕食分もたないわね」

 炒め物も盛りつけられた平皿を手に取り冷蔵庫を閉め、レンジに入れて温める。

 沈黙を紛らすように新城は光那に質問を投げる。

「光那ちゃん、今何か欲しい物ある?」

「えっ、欲しい物ですか?」

 出し抜けに訊かれて、光那は当惑しつつも少し考えて答える。

「防犯グッズが欲しいです」

「防犯グッズ、どうして?」

「一昨日、電車内で盗撮されて、何か対策できればいいなと考えてまして」

 レンジで食べやすい温度に温め終えて取り出すと、皿を持って席に座り直す。新城は質問を続ける。

「どういう感じの防犯グッズが欲しいの?」

「何を買えばいいのか、あたしよくわかんないです」

「そうなの。じゃあ明日ショッピングセンターに行こうと思ってるから、とりあえず一緒に店でいろいろ見て回りましょう」

「ありがとうございます、綾乃さん」

 光那はテーブルに額が付くのではないか、というほどのお辞儀をした。


 基地に帰着したカメラーンはピンクタイツに解散を命じて、一人幹部室へ向かった。

 許可が下りて入室するや否や、決然とした面差しで言葉を投げた。

「ギャルゲ大佐、グラドルレンジャー抹殺の件について。誘拐者候補の追加を検討したいのです」

 執務机の椅子に坐していたギャルゲ大佐は、訝んで眉を顰める。

「何故だ。不都合でも起きたか?」

「いえ。不都合などは現在のところ発生しておりません。ですが、つい先程班長とグラドルレンジャーの間で交戦し、班長が殉死したとの報告がありました。自分たちの作戦が敵に察知され始めているようです」

「作戦を中止するか」

 ギャルゲ大佐は独り決めする。

「そこまでする必要はございません。盗撮犯罪者を以後も増やして……」

「阿漕が浦に引く網、という言葉があるな。カメラーン」

 聞き覚えのない言辞にカメラーンは、無知を恥じるように首を横に振った。

「それはどういう意味で?」

「人知れず行う隠し事も度々行えば広く人に知られてしまう、という意味のことわざだ。我々シキヨクマーの諸作戦もいずれ巷間の知るところとなってしまう」

 知性的な眼の色をしてギャルゲ大佐は説明した。

「では、現在自分が進めている作戦の情報をグラドルレンジャーがすでに掴んでいてもあり得ないことではないと?」

「そうだな。では、ならばどうするか。カメラーン、お前にはわかるだろう?」

「グラドルレンジャーの抹殺が最優先」

 ギャルゲ大佐は鷹揚に頷く。

「検討したいことがあるそうだな。なんだ?」

「誘拐者候補の広げたいのです」

 答えてカメラーンは引き笑いをする。

 ギャルゲ大佐はさも愉快という顔でせせら笑った。

「お前の案に賛成だ。対象は広いほど、グラドルレンジャーの焦燥を煽ることができる」

「では、現在の作戦は中断し、抹殺作戦に集中しますか?」

「うむ。そうしてくれ」

 現行の作戦を止め、グラドルレンジャーの抹殺作戦に完全移行することに決まった。

 カメラーンは幹部室を出た後、すぐに麾下の隊の人員を、人質誘拐任務へと赴かせた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る