第337話 駆け引き鮨


「よし、寿司食べに行こう」


 彼の強さはあまりに異常だ。寿司でも食べないとやってられない。寿司は私の大好物の一つである。


 一時期、ヴィーガンにハマって食べていなかったことはあるが、よくよく考えると、早死にしてもいいから寿司を食べたい、という結論に至った。


 まあ、寿司自体そもそもそんなに体に悪いものではないし、ジャンクフードに比べれば幾分もマシだろう。


 それに健康は他の分野、それこそ運動や睡眠などの生活習慣でも十分補えるはずだ。


 って、そうじゃない。そんなことを言いたいんじゃない。問題なのは彼の強さの話だ。私の食の嗜好などどうでも良い。


 最初は彼と天使のちょっとしたいざこざであったのに、彼の好奇心と後輩の面白半分で予想外のスケールへと変貌してしまった。


 そして彼自身も入念に準備を進めているみたいだからこのイベントもまた彼の一人勝ちになるのだろう。


 まあ、百歩譲ってそれは良いとしても、その結果彼が更に他のプレイヤーとの差をつけてしまうこととなる。


 それもまあギリギリ譲歩できるとしてもだ、最も恐れている事態というのは彼、もとい魔王が余りにも強すぎて攻略すること意欲がなくなることだ。


 進化し続けるエンドコンテンツといえば聞こえは良いが、一歩間違えればこのゲームを崩壊させることになる。


 それを考えると寿司を食べずにはやってられないのだ。不幸中の幸いといえば今日は一人でここに食べに来ている、ということだろうか。


 一人での食事は少し寂しいものがあるが、それはもうとっくに慣れている。そんなことより、彼女が来ることによって私の財布が軽くなることの方がもんだ


「あれ、先輩! 奇遇ですね! 先輩もこの寿司屋に来てたんですね!」


 騒がしい、そして聞き馴染みのある声がひた方を向くと、そこには当然のように後輩の姿があった。


 おいおい、奇遇って……ここはまだ後輩とは一緒に来てないお気に入りの場所なんだが?


 当然のようにカウンターの隣に座った後輩。その目は眩しいくらいにキラキラしていた。


 今から食べれるお寿司が楽しみなのか、それとも……


「それじゃあ私はこれで、ちょうど食べ終わったばかりなんだ」


 そう言って私は離脱を試みる。こういうのは先手必勝だからな。本当はもう少し食べたかったのだが、三十六計逃げるに如かず、だ。


「え、もう帰るんですか? 先輩と少しお話がしたかったのに……あれ、でもまだテーブルの上に残ってますよ?」


「も、もうお腹一杯になってしまったんだ。大将にさ申し訳ないがこれでおあいそしようと思ってな」


 これは我ながら苦しい言い訳だが、まあ仕方がない。背に腹はかえられぬのだ。


「あ、そうそうイベントについて話したいことがあったんです。せっかくですから私のためと思ってもう少し食べませんか?」


「くっ……」


 こう言われてしまっては無理に出ることはできなくなってしまった。それに、イベントについての話も気になる。


 あぁ、気になってしまった時点で私の負けだな。ここは潔く諦めよう。それに、食事の続きができるんだ、それで良しとしようじゃないか。


「あれ、先輩お腹いっぱいじゃなかったんですか? 結構しっかり食べるんですね!」


「ま、まあな。どうせなら食べないと勿体無いだろう。それより話とはなんなんだ?」


「まあまあ、今はご飯に集中しましょうよ、折角なら味わって食べないと勿体無いですよね?」


 その言葉がトドメだった。


 我々は黙々と食事を続け、結局最後の締めまで平らげてしまった。


 そして問題のお会計。


 こんなお店で別々に会計しますか? なんて聞かれるわけもなく、後輩の無言の圧力に負けた私は渋々払うハメにあった。


 クソ、結局私が払ってるじゃないか。


「そ、それでイベントに関する話とはなんなんだ?」


 これだけでも聞いて帰らなければ私があそこで残った意味が失われる。だが、後輩の反応は、


「え? なんですかそれは?」


 というすっとぼけだった。その時の彼女の顔は悪魔と言われても差し支えないほど、綺麗な笑顔をしていた。










—————————————————————————

運営編も投稿できた!やったね!!


この調子でいけたらいいんだけどなー…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る