第213話 先輩の心の声


「お、どうやら毒殺婆さんによる彼の修行が始まったみたいですね。まずは基本中の基本である切り方について学ぶようです」


 切り方についてか。彼の場合だとどうしても斬り方についてのように思えてしまうから不思議だ。


「お、まずは千切りと微塵切りらしいですね。うんうん、彼も剣を使っているからかそんなに悪い包丁さばきじゃありませんね。とてもいい感じですよ! まあ、私はそんなに料理をしたことはないんですが」


 剣捌きと包丁捌きには通ずるものがあるのだろうか。確かに彼は多くの敵を捌いてきたのだろうからな。


「ん、お婆さんからのお墨付きももらっているようですよ。そして、どんどんと切り方を教わっていきますね。もしかして、これを見ているだけで私も料理が上手になったりしませんかね?」


 いや、それはないだろう。何事も実践が大事だろうからな。百聞は一見にしかずという言葉もあるくらいだし、まずやってみるのが一番だろう。


 しかし彼の場合は実戦を多く積み過ぎてしまっているから逆に悪影響が出てしまうかもしれない。


「いやー、厳しいですねこれは。まず全部の切り方を覚えて、その後は形、薄さ、そしてスピードまでがハイレベルで求められますよ。ただ料理を使って殺すというだけなのにここまでするなんて、きっと婆さんも食へのリスペクトが高いでしょうね」


 いや、食へのリスペクトがある人はそれを使って毒殺しようなんて思わないだろう。婆さんはただ単に美味しい味を求めているだけのような気がする。スピードに関しては効率重視なのだろうな。


 まあ、美味しさを追求する、というのが食へのリスペクトというのならばあながち間違ってもいないのだろう。


 ❇︎


「お!? 彼がとうとう全ての切り方で合格をもらいましたよ! いやー長かったですね!」


 いや、本当に長かったぞ? 現実世界でおよそ一週間くらいの年月が経っているからな。彼も彼でよくゲームの中でまで料理をしようと思ったものだ。別に現実でもできることなのにあえてゲームの世界でやる。


 これが彼のゲームに対するリスペクトなのだろうか?


「あれ、彼がスキルと称号をもらってますね。称号は見習い料理人というもので、彼がすでに持っている駆け出し料理人の上位互換なのですが、もう一つはなんですか? 斬法十四手?」


 斬法十四手? おいおいなんだそれは。不穏な匂いしか感じ取れないのだが、もしかして彼はそのスキルが狙いでこの苦行とも言える修行を行っていたのか?


「どうやらこれは調理時に使用する切り方というのをどの剣でも行えるようになる、というものですね。切り方をマスターすればするほど使用可能な技も増えていくそうですよ?」


 十四手、という表記がなされていることからこれは四十八手まで増えるということを意味しているのではないか? もしそうなら彼は様々な斬り方を身につけることができるようになったということであり、これはますます危険度が増したということではないか?


 彼がすでに持っている剣のスキルと組み合わせればかなり恐ろしいことが実現してしまう可能性がある。


 これを狙っていたというのか。やはり恐ろしい、恐ろしすぎる。


「先輩、さっきから何ぶつぶつ独り言言ってるんですか? 五月蝿いですよ?」


「は、はい。すみません」

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