第212話 毒殺婆


「ん、ん? 彼が食死処の婆さんに弟子入りしましたよ!?」


「へ?」


 確か、この食死処っていうのは毒を使う職業のプレイヤーが転職をする為の場所なんだろ? それなのになんで彼が弟子入りするんだ? 特に旨味があるとも思えないんだが?


「もしかして、彼は情報を手に入れたんだじゃなくて本当にここに来たってことなのか?」


 何故なら情報を手に入れているのならば、転職するための場所ってことももれなく知ることになるはずだ。それなのにここに来たということは本当に知らない可能性もあるのではないだろうか?


「でも先輩、そうなってくるとどうして彼は婆さんに弟子入りしたんですかね? 本当に何の為に? ってなりませんか?」


「確かにそうだな。しかし、ここが食死処であることから彼も食を使って人を殺めるということに興味を持ったのではないか? 彼が強くなる為の一つの方法としてこれを選んだのではなかろうか?」


「うーん、そうですかねー? 彼は今まで結構効率重視で行動してきましたよね? それなのに食を極めるとなるとかなりの時間がかかると思われますよ? わざわざこれを極めるくらいだったら他にやるべきことがあるのでは?」


「ふむ、確かにそれもそうだな。もしくはただ単に料理が上手くなりたかったとか……」


「いや、それはないですね。それはリアルでできることじゃないですか」


「それもそうだな」


「って、え? 彼が弟子入りしたことで称号を獲得してますよ? もう、一体どれだけ称号を獲得すれば気が済むんですか全く」


 これの最もタチの悪いところは、彼が意図して称号を獲得しに行ってない、というところなんだよな。別に狙っていないのにも関わらずどんどんと称号の方から寄ってくる、彼はそんな特殊体質なのだ。


「えーっと説明しますね。二つも取得しているようです。一つは駆け出し料理人というもので、これは料理の道を目指せば、つまり誰でもいいから料理人の元に弟子入りすればもらえる称号となりますね。ですので、比較的持っている人が多い称号の一つです。効果は、食材の可食部位がわかるようになる、というものですね」


 ふむ、いわゆる基本的な称号であるな。別に彼がこの称号を手にしたところで特に脅威が増すわけでもない、平和な称号だ。


 しかし、今頭の中でふとよぎったのだが、食材という定義はゲーム側で行なっているのだよな? もし、プレイヤー側の認識によるのならば、彼が敵のことを本気で食材と認識した時、どうなるのか気になってしまった。


 彼も人間離れしているだけであって、中身は普通の人間であると思うので、流石にそんなことは起きないと思うが、それでも少し怖くなってしまった。


「そしてもう一つの称号が、毒殺婆の弟子、というのもです。これはあの婆さんに弟子入りすることによって獲得できるもので、効果は、食材じゃなくても、可食部位じゃなくても調理が可能になる、というものです」


 ん、調理するか否かっていうのは完全にプレイヤーに委ねられているものだから、彼が敵のことを本気で調理しようと思えば調理できるってことなのか? え、そもそも調理ってどういうことだ?


「あれ、不可解な顔をしていますね。毒殺婆っていうのはあの婆さんのことですよ。昔、殺し屋をやっており、毒を使って色んな人を殺してたらしいですよ。今では、食死処ですから、随分と平和になったものですよね」


 彼女が何か勘違いをして説明してくれているのだが、全く内容が入ってこない。なぜか彼が料理人になることに対して悪寒が止まらないのだ。


 それこそ、毒殺婆のことなんかどうでも良くなってしまうほどに。

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