第205話 彼女の嫉妬


「ごくっ、とうとうこの時が来てしまいましたね……」


 そう、とうとう来てしまった、このいイベントの決勝戦が。


 本来、このイベントが月に一回行われていたイベントの優勝者のみによる大会であるため、試合回数だけみればすぐに終わってしまうものでもある。


 しかし、試合時間が設けられていないこの戦いは、一瞬で勝敗が着くこともあるが、激闘の末勝利をもぎ取る、なんてことも往々にしてあるのだ。


 そんな中、一瞬で試合を終わらせてこのイベントを巻いてくれたのが何を隠そう、彼なのだ。しかもトーナメント形式であるから、彼を見た後に再び目にするまでがどんどん短くなっていくのだ。


 だが、それも今回で終わりだ。どんな戦いになるのか、全く未知な世界ではあるものの、イベントを楽しむ、これを最後まで貫きたいと思っている。たとえ、どんな結末が待ち受けていようとも。


「お、ついに両者がコロシアムの中で相対しました! 彼の対戦相手は第一回優勝者であるザクロ選手ですね! なんと言っても最大の特徴はその美貌、この綺麗な顔で一体どれだけの男を落としてきたのでしょう!? 同じ女性としては何とか彼にボコボコにされて欲しい所です!!」


 おいおいおい、実況解説に私情が入っているぞ、それは良くない。ただ、彼女が嫉妬、あるいは羨ましがるほどにはこのザクロという選手は綺麗だ。


 まあ、私は観察対象に恋心など抱きはしないが、それでも世の大半の男は綺麗だと認めるだろう。


 え、私も好意を抱いているんじゃないかって? まさか、仮にアリを観察しているとして、その対象の中に物凄く美しいアリがいたとしよう、綺麗だという事実は認めるかもしれないが、決して付き合おうとは思わないだろう?


 つまりはそういうことだ。観察対象にはどこまでいっても観察眼を向けることしかできない性分なのだ。


「おっと、さらにここで新情報が入りました! 皆さんご存知の通り、彼は修羅の道を歩んでいます。これは各種スキルや称号の効果が上昇するというものなんですが、なんとこの修羅の道を相手のザクロ選手も持っているようです! 美貌だけでなく強さも兼ね備えている、なんたる才色兼備、これは許せません、頑張れ、彼!!」


 もう、彼女にはザクロ選手に負けて欲しいという願望を隠そうという気が一切ないようだ。まあわからなくもないが、修羅の道に関してはザクロ選手の努力によるものだし、見た目に関してもアバターなのだからそこまで気にする必要はないと思うのだが……



「お、ついに戦いの火蓋が切って落とされました!」


 あ、彼女が正しくない発言をしたな。正しくは火蓋が切られた、だな。もしくは幕が切って落とされた、だな。まあ、これは誤用が多い日本語であるから仕方ない。


 それに、公の場でなければ、本人が気にならない限り気にする必要もないだろう。特に今日はお祭り気分の無礼講の日だからな。


「おおおーー! まさかの彼が初手、パキケファロ頭突きを選択! これは超強力な頭突きを放てる代わりに、相手がそれによって死ななければ自分が死んでしまうという、ハイリスクハイリターンなスキルだ! これを一発目に持ってくるということはこれで終わらせるという、そういう覚悟の現れかー!? あ」


「あ、」


「おっとまさかのザクロ選手、大地魔術、瓦解土崩という、土属性の防御魔法で彼の頭突きを防ぎましたっ! あれ、ってことは彼は……死んでない!?」


 え、死んでないのか? スキルによって死が定められているというのに、か?


「ど、どうやら彼の即死無効スキルによって生き残っているみたいですね。ということは彼はあんな強スキルをノーリスクで使いまくれるってことじゃないですか! チートだー!」


 おいおい、運営がそれを言ってしまったら終わりだろう。気持ちは分かるがな。それに、運営の彼女がそれをいうということは、当然他のプレイヤーも同様に……


 いや、我々は彼のスキルの効果や構成を知っているから、今何が行われているか分かるだけであって、普通の観客からすれば、ただ彼が頭突きして防がれているようにしか見えないだろう。


 知らぬが仏とは、まさにこのことだったのか。


 だが、お相手さんのおかげで決勝戦が一瞬にして終わる、ということは免れたようだな。さて、ここからどんな戦いを見せてくれるのだろうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る