第203話 デビュー戦


「あ、先輩。とうとうイベントが始まりますよ、第一回、頂上決定戦が!!」


「あぁ、そうだな」


 楽しむ準備をして、心構えまで整えてきたが、やっぱりこの日を迎えるとなると、自分が出るわけでもないのに緊張するな。


 今まで陰ながら見守ってきた、彼がとうとう表舞台に見参するのだ。自分の中で色々な感情が降り混ざっていて、うまく表現できないのだ。


「先輩、なんでポップコーンを用意してないんですか? 観戦する時はポップコーン片手にジュースを飲みながらじゃないとダメでしょう! こういうのは雰囲気作りからが大切なんですよ!」


 別に、そうじゃないとダメ、ってわけでもないだろう。でも、雰囲気作りからというのは頷けるな。私も何か食べ物を用意してこよう。


「え、コーヒーですか? それと煎餅ってどういう神経してるんですか! 煎餅が口に刺さっても知りませんよー?」


 いや、これしかなかったのだよ。それに、ポップコーンだって歯に詰まるだろう。どっちもどっちだろう。


 それにしても、後輩もだいぶテンションが高まってきているようだ。口調は強い気もするが、顔には絶えず笑みを浮かべている。


 今日は皆で観戦しようと仕事を前倒して終わらせ、この日のために備えてきた。この雰囲気がもうお祭りのようですでに楽しい。試合が始まったら一体どうなるのだろうか。


 ❇︎


「あ、次は彼が出ますよ! お相手はさんは、、、第六回大会優勝のドラケさんですね。大剣使いです!」


  彼女が、選手が登場するや否や、皆に説明をしてくれた。流石は大会の優勝者だけあって、彼の相手もなかなかの風格を醸し出している。彼の初登場は今大会の四戦目だ。今までの三回戦も面白かったがやはりどうしても気になるのはこの試合だろう。


  大きな大きな大剣を担ぐ相手に、彼は未だ無手だ。一体どんな戦いを見せてくれるのだろうか?


「あぁっ! 始まっ…………え?」


 先程までの祭り騒ぎの陽気な雰囲気は一瞬にして掻き消えてしまった。なんと、彼が一発、たった一発のパンチで相手の顔面を粉々にしてしまったのだ。


 場を沈黙が支配する。そりゃあんなものを見せつけられてしまったら誰でも言葉を失ってしまうだろう。そして、そんな空気の中、声を出したのはやはり彼女だった。


「ど、どうやら彼は二つのスキルを使用したみたいですね。筋肉を肥大化させる【筋骨隆々】と、魔気と闘気を自在に操る、【魔闘支配】の二つですね。筋骨隆々は彼の無限の魔力で彼が耐え得る最大限まで肥大化させられ、魔闘支配に関しては純粋な闘気のみで彼の腕を覆っていました」


 彼女の説明が、さらに場をしらけさせる。いや、別に彼女が悪いわけではない。むしろ説明してくれて本当にありがたいのだ。


 しかし、しかし、そんなことがどうでも良くなってしまうほど、彼の所業がえげつなかった。これがデビュー戦、これが初お披露目、こんなもの誰がどう見てもおかしいと思うことだろう。


 よし、一旦忘れよう。とりあえず今はこのイベントを楽しむだけだ。


 バキッ


 口に含んだコーヒーがやけに苦く、食べた煎餅が思いの外固かったのは恐らく、気のせいなのだろう。

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