第177話 洞察力と黒星


「あ、先輩! 何してたんですか!」


 私が翌日、いつものように出勤すると、会遇早々にそんな言葉を投げかけられた。確実に昨日、連絡を無視したからだろうな。


 だが、昨日はどうしても休みたかったんだ。だって、そういう日は誰にだってあるだろう? 昨日が偶々そういう日だったのだ。だから仕方がない、私は一切悪くない。


「す、すまない。昨日は家に帰った瞬間に寝てしまっていたようだ。連絡に気がついたのも朝だったのだ。許してくれ」


「そうなんですねー、って言うと思いましたか? 先輩嘘つくの下手な自覚あります? 先輩が嘘をつく時は必ず出だしで少し吃るんですよね。まあいいですよ、結局のところ私はそこまで困りませんからね!」


「……」


 何も言い返せない。というか私はそんな癖があったのか、自分でも知らなかったぞ? これからは意識しなければな。


 それと、彼女は身も蓋もないことを言ってきた。確かに彼女自身は困らないかもしれないが……そうか、私が困る分にはどうってことはないのか。上司が少し困るくらい、なんの懸念材料にはなりえないのだろう。


「ふぅー。それで、連絡があった、彼が契約、というのはどう言うことなんだ?」


「あ、その反応だと本当に嘘だったみたいですね。適当にカマをかけてみたのですが……ま、このくらいにしておいてあげましょう。次は怒りますからね?」


「は、はい」


 なんて恐るべき後輩なんだ。彼女には無駄な抵抗はしないほうが得なんだなこれは。上司として面目のない限りだ。


「それで、契約のことなんですが、まず彼が吸血鬼の出てくる階層で血液不要になったところまでは知ってますよね?」


「あぁ、知っている」


「そして、その後なんですが、彼が従魔にしたあのワンチャンが活躍して十字架ができたり、初対面の女性の部屋に入りベッドに寝てから油断を誘い吸血鬼と見抜いたりだとか、吸血鬼のお婆さんに会ったりとかいろいろあったのですが、」


「ちょっと待ってくれ、いろいろ起きすぎじゃないか?」


「え、バックれた先輩が何いってるんですか? そりゃ半日もあれば人はいろんなことができますとも、えぇ。まあ、先輩がどんなことしていたかは知りませんがね?」


「……」


 これは彼女、相当根に持っているのだろうか。彼女を怒らせると本当に面倒臭いからな。ここでルート選択を間違うわけにはいかない。


「す、すまない。昨日は本当にやる気が出なかったんだ、許してくれないか?」


「じゃあ、お寿司ですね!」


「……わ、分かった」


「やったぁ! 流っ石先輩ですね! 回らないところに連れて行ってくださるなんて、お懐が大きいんですね!」


 こうして、今日もまた私の黒星が一つ、増えたのであった。

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