第137話 人魚と後輩
「人魚はただただ歌を聞いてほしいだけなんです。そしてそれは、たまたま迷い混んだプレイヤー達にも同じです。いや、むしろとうとうやってきた人魚の観客を、離すわけがないのです。それが、長年想ってきた夢なのですから」
「お、おう」
これはスイッチが完全にオンになっているな。これほどまでに熱を持って話すのはいつぶりだろうか?
ん、もしかして、このサイドストーリーはこの後輩が考えたのではなかろうか。もしそうだとすれば辻褄が合うな。これほど熱を帯びているのも自分が考えたストーリーを誰かに聞かせたいから、という正に人魚のような所業……
「その想いの強さは誰にも止めることなんてできません。あらゆる攻撃を防ぎ、その間もずっと呪詛のような綺麗な歌声を響かせているのです」
不味い、今しがた後輩と人魚を重ねてしまったばっかりに、もう、人魚のことが彼女としか考えられなくなってしまった。
どんな攻撃、つまり反論を無効化し、呪詛のような自分が作ったストーリーを響かせている。
不味い、吹き出しそうだ。ここは意地でも堪えなければ私が死ぬことになってしまう。堪えるんだ私、堪えろ、堪えるんだ!
「ちょっと聞いてますか、先輩?」
「んな? 聞いているに決まっているじゃないか。逆にどうして私が聞いていないと思ったんだ?」
くらえ、秘技、質問がえし! これは対人関係において使える技で、基本的にどんなシチュエーションでも乗り切れる技だ。使い方をミスらなければほぼ百発百中の精度を誇る、最強のカウンター技なのだ!
これには流石の彼女も面食らって……いない?
「いや、そういうの良いですから。そんなもんなんとなくでしょ、なんとなく、それより話を聞いてくださいね? わかりましたか?」
「は、はい」
俺の秘技すらも無効にしてくるとは、俺は人魚の話を聴きながら、人魚を目の前にしているようだ。だが、実際の人魚と違う所は、ダメージが可視化されていないことと、回復ポーションがないということだ。
可視化されていなくても確実にダメージは入っているのにもかかわらず、ポーションがないとはこれいかに。ここからはひたすら根性で耐えるしかないということだな……
「それでも人魚はただただ聞いてほしいのです。自分の声の美しさを信じ、ただただ純粋に歌うことだけを楽しんでいる彼女に何の罪がありましょう? 彼女はただ、自分の生を全うしているだけなのです」
おっと、後輩が人魚と自分を重ね、人魚を肯定することによって自分を正当化するという荒技兼新技を使ってきたぞ!
しかもこのやり口なら自分の気持ちを恥ずかしがらずに言えてしまうという恐ろしさもある。これは、かなりやり手だな。
「でも、それでも聞いてくれた人に対する感謝は忘れません。聞いてくれたプレイヤーには喜びと感謝で、最後に最上の笑顔を見せて人魚はいなくなるのです。これが人魚の顛末なのです」
ん? つまり、後輩も喜びと感謝でも私に笑顔を見せてくれる……?
あ、そこは違うのね、はいそうですか。
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