第135話 気ままな彼


「ふぅ……」


 ようやく終わった。長きにわたる弁明の末、遂にこの討論に終止符が打たれたのだった。


 ん? 結果はって? もちろん私の負けだ。そもそも、これは被害をどれだけ最小に抑えるか、という戦いなのだ。最初から負けは確定している。


 なんか、この言い訳前にもしたような……というか、私は誰に言い訳をしているのだろう。後輩にも弁明し、謎の誰かにも言い訳をしているとなると、なんだか、惨めに思えてくるな。


 よし、やめよう。言い訳をするのはこれからやめよう、出来るだけな、うん。


 そんなことよりも、後輩とのイザコザの原因となったサキュバスの階層の方が問題なのだが、それはもう彼がクリアしてくれたようだ。


 非常に安心であるが、せっかく元ネタを彼が除去してくれたのだ、このままいい具合に話題を逸らしていこう。


 ん、いや元をただせば彼がサキュバスの階層に到達したことが原因なんだよな? それを彼が解決したからといって、別に彼に感謝する必要はないよな?


 危ない、危ない、危うく彼の掌に踊らされることになるところだったぞ。流石だな、彼は。気をつけねば。


「なあ、彼は今、どんな階層にいるんだい?」


「彼は今は、鍾乳洞にいますね」


「鍾乳洞?」


「はい。ここには顔の醜い人魚がいて、とても美しい歌声を披露しております。しかし、これは呪いの歌で、聞いている者にダメージを与えるのです。その場から離れようとしても、人魚は歌を聞かせたいと言う一心でその場から逃すことを許しません」


「おぉ、そうか。……彼は無理矢理にでも逃げられるんじゃないのか?」


 ちょっと色々とツッコミたいことがあったが、一番気になって、無難な質問をぶつけてみた。


 本当は、どういう仕組みでダメージが出てるのか、とか、どうやって逃がさないのか、とか聞いてみたかったのだが、なんか、地雷臭がしたため、遠慮させてもらった。


 この歳になると、危機管理能力というものは自然と身に付いてくるものなのだ。


「うーん、分かりませんねー。ただ、一つ言えるのは、彼にとっては歌のダメージは自然回復で賄えるものですから、さして気にしている様子がない、ということでしょう。つまり、ただ単に綺麗な歌声を聴いてみようと思ったんじゃないですかね?」


「なるほど……」


 彼レベルになってくると、自由気ままな行動ができて、歌の鑑賞なんかもできるのか。羨ましい限りだ。


「しかし、この人魚の攻略方法は別に相手を倒すことではなくて、その歌声を聞くことなんです。つまり、彼はもうこの階層をクリアしちゃいますね」


「え?」


 ちょ、ちょっと待て、ってことは普通のプレイヤーはポーションや回復スキルを乱用して歌声を聴き続けなければいけないってことか?

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