第108話 助け


 空路を使って第四の街へと進んだ彼は、真っ先に神殿に向かった。


「神殿?」


 どうやら彼女には彼がなぜ神殿に向かっているのか、心当たりがないようだ。残念ながら私には心当たりがあってしまう。



 小さい頃から記憶力は良い方だった。そして、そのことは良い事だと認識していた。しかし、最近、歳を重ねるに連れ、そうでもない、ということを感じ始めていた。


 記憶力が良い、ということは良い記憶であればずっとその思い出に浸れるかもしれないが、悪い思い出ならばその記憶にずっと縛られることとなってしまう。記憶力が悪ければ良くも悪くもスッキリ切り替えることができるのだ。


 私にはそれがない、そういう風なことを考えてしまう。まあ、記憶力が悪かったら悪かったらで、様々な弊害があるだろうから、これが隣の芝生ということは理解しているつもりだ。


 しかし、記憶力を向上する為に努力することは可能でも、悪くする為には何をすれば良いのか分からない。


 ということは、記憶力が悪い方が選択の余地があるということではなかろうか? まあ、これらも単なる妄想に過ぎないのだが、仮にもしこの記憶力というものが不可逆な性質のものであった場合、真に自由で優れているのは記憶力が悪い方なのではないか?


 すると、このことは、、


「先輩、彼は一体、何をしているんですか?」


 おっと、また思考の海に潜り込んでしまっていたようだ。彼女に気づかれていない状態で戻ってこれて良かった。この続きはまた、別の機会にでもしよう。


「そうだな、おそらく彼は仙人関連のクエストを進めようとしているんじゃないか?」


「仙人クエ、ですか?」


「そうだ、確か彼が修羅の道Ⅲに到達した時に発現していなかっただろうか、そしてその内容が神殿にいく、という旨のものだった気がするのだが……」


「そ、そうですか、よく覚えてますね、流石です。ですが、それでも彼は一体何をしているのですか? もうかれこれ一時間以上、神殿に座って微動だにしていませんよ? 彼の目的が分かった今、なおのこと変に思うのですが……」


「確かにそうだな。ん?」


「どうしたんですか、先輩」


「い、いやそういえば、神殿には特殊な設定というか、そのような物があった気がしてな。確か、『神殿にて情報を求めるは、切に願え、乞え』っていうのがな」


「つまり、神殿で誰か、いや、神に助けを求めなさい、ってことですか?」


「うむ、そうだと思う。これはどちらかというとシナリオ担当の方の設定だから私も詳しくはないが、恐らくそのはずだ」


「うっ、あの人たちですか、いかにもですね。ってことは彼、神殿にいってまだ誰にも助けを求めてないってことになります、ね」


「あぁ」


 彼は今までずっとソロプレイで活動してきたからな。現実世界のことは知らないが、この世界においては人に頼る、ということをしてきていないから、そういう選択肢があることにすら気づけていないのだろう。


 彼にはどうにか気づいて欲しいのだが、もしかするとこのまま気づかないまま終わってしまうかもな。

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