第86話 対応力


 彼が強制進化というスキルを手に入れた。これはいくらでも化けることのできるスキルだが、彼はどのように使うのだろうか。


「せ、先輩! 彼が強制進化を使いました! こ、これは非常にまずいんじゃないですか……?」


「まあまあ、落ち着くんだ。彼は今確かに強制進化を発動した。しかし、それはあくまでも普通に使っただけだ。このスキルの真髄はそこじゃない。それだけでも確かに彼の従魔は強くなるかもしれないが、それではまだ恐るるに値しない」


 そう、まだこのスキルには別の使い方があるのだ。これだけで満足していちゃ先は遠いぞ?


「…………」


 ふふ、私の論の前に彼女は言葉を失ったようだな。久しぶりにこう、なんていうか、言い負かした、という感触だな。気分が良い。


「あの、決まった! みたいにドヤ顔してるとこ申し訳ないんですが、そもそもその強くなるのが問題じゃないんですか、っていう話ですよ? ただでさえ強い彼に強力な従魔がつくだけでも恐ろしいというのに、それをさらに進化させることができるんですよ、しかもその上限も無しに。まあ、あるのはありますが彼なら恐らく気にならないでしょうね。

 あ、しかもちょうど今彼はさらにもう二人の従魔である、スケルトンを進化させましたよ? このままで本当にいいんですか? 恐るるに足りないんですか?」


 むっ、なかなか言いよるな小娘。確かに理はかなってる。だが、


「私が言ったのは、恐るるに値しない、だ。恐るるに足りないと言ったわけではない」


 うむ、決まったな。


「は? 今はそんなことを言ってるんじゃないんですが? 私は彼とこの世界のこれからと、スキルについて話しているんですよ? そんな些細なことを言うなんてどうかしてますよ!?」


 うむ、ヒートアップしてきたな。一旦中断せねばな。なんていったって、私の方が年長者だからな、大人の対応というものを見せなければいけないな。


「すまないすまない、私が悪かった。確かに、ただ強制進化を使われるだけでも相当な強化であることに違いはないな。少し熱くなって申し訳ない。自分が作ったということで少し気持ちが入りすぎていたようだ。

 それに、あのスキルはこのままでは一度しか使うことはできないのだ。彼がしているのはただ生物としての格を無理やり上げているだけにすぎないからな。

 つまり、私が言いたかったことはまだ、まだ何とかなる、ということだ。齟齬があったようで非常に申し訳ない」


 これが大人の対応技その一、先制謝罪からの追加情報からの謝罪。これが決まれば一旦相手の気持ちを揺さぶることができる。


「でも確かに君の気持ちも分かる。どうだい、一緒に見直してみないかい?」


 そしてその状態のまま、対応技その二、提案と勧誘だ。あくまでこちらに引き入れる形で誘導することで主導権を握りつつ穏便な形に済ませることが可能になる。


 これが長年の営業で培ってきた私の対応力だ。まだまだ若い子に負けるわけにはいかないな。


 ふっ、決まったな。


「何言ってるんですか、先輩。分かったのなら自分で見直して下さいよ、別に私は見直さなくてもいいですし、そもそも先輩が作ったものじゃないですか。責任とって下さいよ」


 決まったと思いドヤ顔をしていると、まさかの反撃。


 私はもう引退のようだ。

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