第56話 ご乱心と初心


「先輩、彼の二回戦が始まりますよ! 次はなんと先輩のお気に入りの、あの魔女の子ですよ! 私のお気に入りの彼と、先輩のお気に入りが戦うわけですから、実質私と先輩の対決みたいなもんですね! さーどっちが勝つんでしょう、とてもドキドキワクワクですねっ!」


 彼女がとても嬉しそうにしている。何か良いことでもあったのだろうか。まあ、機嫌が良い分には雰囲気が悪くならないから良いんだけどな。


 ところでいつ、私がその魔女の女の子がお気に入りと言ったのだろうか。確かに観察対象には入ってた気がするが、それもあくまでサンプルのうちの一つであるし、最近は観察の時間も全て彼というか後輩に奪われているため、まともにできていないのだ。


 それなのに無理やりお気に入りとして括ってまで私と戦いたいのだろうか? 不思議だ。いくら観察したところで人の心は分からないものだな。まあ、それが人間というものだろう。


「先輩! 始まりますよ!」


 彼のイベント決勝トーナメント第二回戦だな。まあ、結果は見えているようなものだが……


「あ! スタートと同時に先輩のお気に入り略して先輩が雷魔法を一面にばら撒きました!! これはかなり強力な技です!! しかし私のお気に、略して私、には一切ダメージが通っていない!! なぜ!?」


 おう、いよいよ後輩の乱心が極まってきたぞ。これはどうすればいいんだ? しかも、略した方も絶対意図的にしてるだろうし、なんて答えれば良いんだ?


「彼は確か電撃無効を持ってるんじゃなかったか?」


「な、なんと!? そうでしたー! あれはいつのことでしょう? 彼がまともに依頼にいくかと思ったら、ただの耐性稼ぎで、サンダーバードに対して何回も死にまくった時のあれですね!? それがまさかこんな時に生きるとはー、いやー何があるかわかりませんねー!」


 彼女は一体どうしてしまったのだろうか。何か悪い物でも食べたのだろうか? なぜ知ってることをさも、今思い出したかのように言っているかもわからないし、そもそも何故こんなことをしているのかも不明だ。


 だが、実は彼女が何故ここまでおかしくなっているかの原因は明白なのだ。もちろん、彼しかいない。彼がここまで大きく目立っている以外、考えられないだろう。人は嫌なことがあって、それが度を超えるとここまでくるのか。勉強になったな。


 本当にまだまだ人には不可解な点が多い。私も長いこと人を見てきたと思っていたのだが、まだまだ青二才だ。さらに精進しないとな。


「おぉーっとここで先輩がウォータージェイルを発動! 完全に私を捕らえた! 流石ですね! ん? いや、少し様子がおかしいですね、これはどうやら私に少しもダメージが入っていない様子!! これはどういうことだ!」


 この原因は火を見るよりも明らかであろう。なんせ私たちの悩みの種となった、始まりのスキルといっても過言ではないからな。このスキルのせいで神殿が見つけられ、龍が倒され、あんなスキルや称号が手に入れられてしまったのだから。


「言わずもがな、彼のスキル、潜水だろう」


 しかし、私も何故こうやって答えているのだろう。人の事は愚か、自分のこともよくわからないよな、本当に。そう言えば、自分を知りたいが為に人の観察を始めたのだっただろうか、それもいつのことだろうか、初心忘るべからず、だな。


「せーんーすーいー!! そんなスキルがあったとは驚きです! 私も、そして私も驚いている様子です! そして水の檻に囲まれた彼は難なくその檻を突破し、彼女に拳を放ったー!! これは勝負あった! 勝者、私ーーーー!!」


 うん、とりあえず彼女は置いておこう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る