第55話 超特大ブーメラン


「っぱい、んっぱい! せ! ん! ぱ! いーー!!!!」


「はっ!」


 どうやらまた一人で思考の海に潜ってしまっていたようだ。これは本当に私の悪い癖のうちの一つだな。まあいい、人はそうそう変われるものでもないのだ。ありのままの自分を受け入れよう。


「それでどうしたんだ?」


「どうしたんだ? じゃありませんよ! 彼が出場している予選が終わったんですよ? もちろんしっかり決勝トーナメントに駒を進めた上で、ですよ? もう、これで彼の存在は公に認知されること間違いないんですよ!?」


 何を今更、彼が予選の終盤あんな大立ち回りをした時点で衆目に嫌でも晒されているだろう。あんなことをすれば私たちがどう頑張ったところで注目されているようなもんだ。


 そしてその状態から決勝トーナメントに行くのだろう? もう注目待ったなしだよ。寧ろ今日は彼の華々しいデビューをお祝いするべきだろう? もう、動き始めた時計の針はもう止まらないんだよ。


「だろ?」


「はい? 何がドヤ顔でだろ? なんですか? まっっったく意味が分からないんですけど? もう、すぐに決勝トーナメントが始まりますよ? 彼が一対一で戦っているところが大勢のプレイヤーに見られるんですよ? そんな、のほほんとしてていいんですか?」


 彼女は御乱心のようだ。最近は特に多い気がする。彼女が言うように、その事実があるのは確かだろう。ただ、我々にできることとできないことがあるのだ。もう、できることはほとんどやり尽くしているのだ。その状態でどれだけあたふたしてもしょうがないだろう。まあ、彼女の気質的にそうなるのは仕方ないのだろうがな。


「先輩! 彼の初戦です! 相手は……薙刀使いのようです。どうしてもっと普通なありきたりな相手と当たらなかったんでしょう。薙刀なんてマイナーで人の目につきやすい人が相手だとついでに彼の注目度もあがっちゃうじゃないですかー!」


 人生、楽に生きる為のポイントの一つとして、自分が関与できないことに不満や怒りの感情をもたないことが重要だ。そんな、彼の相手が誰であるかなんて完全ランダムなんだからそんなことでいちいち目くじらを立てる必要はないのだ。


「あああー、なんでこの人になったんだろう。こんなことになるくらいなら全部私がトーナメント組めば良かったああ」


 あ、彼女の場合は関与可能な事象なのか。なるほど、それなら別にいいか。後悔という感情は次に進めてくれるいい感情でもあるからな。囚われすぎなことが大事だ。


「あ、始まりましたよ!」


 彼の試合はどうしても気になってしまうよな。彼の成長の過程? をなまじ見て来てしまっただけに少し愛着も湧いてくる。その愛着が贔屓に変わることはないが、神の視点からアガペーの気持ちで見てしまう。



「あっ、えっ!? 終わりました……」


「はい?」


 おっと声に出てしまっていたようだ。彼の初戦はものの数秒で決着がついてしまった。試合開始と同時に彼が、恐らく神速を使ってだが、飛び出したと思ったら、何発かを瞬時に叩き込んだ。そして、薙刀というリーチの長い得物を使っている相手は当然密着体勢を嫌い距離を取ろうとする。そんな相手に対して、さらなるスピードを持ってして近づき、更に殴りかかる。蓮撃の効果が十分に発動して来たため、相手はあえなく撃沈。


 何してんっだよ!


 さっきまでは神の視点からアガペーとか調子のいいこと言ってたが、前言撤回だ。なんだこの暴れ馬は、こちらの苦悩も知らずして容赦なく目立とうとしやがって。


 もっと普通に倒せないのか? 相手の攻撃をよけつつ自分の攻撃を刺しに行く、そんな試合運びはできないのか?


「あっ」


 これは正しくブーメランだな。

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