第54話 洗脳


「バーサーク?」


「はい、彼がバーサークというスキルを獲得したようなのです。そのスキルの効果は、一定時間、破壊衝動に駆られる代わりに強大な力を得られる、というものですね。正確に言うなればSTRとAGIが上がるようです」


「なにっ!?」


 そのバーサークってスキルはかなりえげつい効果だな。いわば彼が持っている逆鱗、みたいなスキルってことだな。似たようなスキルではあるが、それは言い換えればデメリットを軽減できるってことだ。


 いや、軽減と言ってしまうのは少し違うか。一つの条件で二度美味しい、みたいな感じか? まあ取り敢えず悪いことではないって事だ。それに、強化率は単純に倍加されるからな、なかなか恐ろしいぞ。彼にそのスキルの同時に使おうという考えが生まれないことを祈ろう。


 それに、バーサークにはもう一つの特徴がある。それは、感情を制御し行動をほとんど支配してしまう、ということだ。これはかなり危険なことだと思われがちだが、安全性は担保されている。しかも、仕組みも単純で、脳のある部分を刺激することで特定の感情を誘発させる、というものである。


 この技術に関しては特に近年、研究が活発になっている分野なのだ。これを使えば人の感情、考え方をコントロールし洗脳のようなことができるかもしれないからだ。表向きでは、やる気のない子や鬱の患者など、様々な容態の人たちに対してのメンタルヘルスケアとしての側面を謳って研究を重ねている。


 しかし、それは前述の通り、洗脳が可能なのかどうか、という研究である。まるで、大昔に、宇宙探索というのを名目にロケット技術を研究、発明し、それをミサイルに転用した人類のようだ。


 だが実の所、今現在では単純な感情を軽度に呼び起こす程度のことしか実現出来ていない。つまり、皮肉にもメンタルヘルスケアに使える程度、ということになるのだ。


 ではこのゲームでは一体どうなっているのかというと、このゲームでは今呼び起こせる最大量の感情の十分の一程度の超微弱な感情しか呼び起こしていない。それなのに何故、感情を操作できるかというと、このゲームの環境、そしてプレイヤー自身の力を借りるのだ。


 このゲームの環境というのは、そもそもスキルを使うことになった大前提、という意味だ。今回のバーサークで例えてみよう。もし、彼がこのスキルを使う状況になったとしよう。彼は確実に追い込まれているはずだ。そんな中で彼の中に超微弱ではあれ、怒り、という感情が発生したらどうなるか、ということだ。追い込まれている状況に対して怒っている、と錯覚してしまうのだ。


 人間というのは楽をしたい生き物なのだ。だからこそ、手軽に使える言い訳や理由があればすぐそこに飛びついてしまうのだ。それを利用している。


 更に、それだけではない。プレイヤー自身の特性も使っている。このゲームに参加している以上、多少なりロールプレイが好きであるし、自分の気持ちに素直なのである。何故なら、この世界は自分の好きなことだけを行える世界なのだから。


 そんなプレイヤー達は自分の気持ちに忠実であるし、その感情に沿って演じることに躊躇いもない。それを利用して効果を最大限に発揮しているのだ。


 これがこのゲームにおける感情の誘発のカラクリだ。そのため、洗脳なんてことはできるはずもないのだ。このゲームという環境があるからこその芸当であるし、洗脳なんてそれこそ魔法だろ、という感情だ。


 洗脳、これは非常に変な概念である。皆が悪いと感じているのにも関わらず、その多くの人が罹っている、自覚症状も無しに。


 こういうと分かりにくいが、常識、といえば分かりやすいだろう。皆、人それぞれの常識をもっている。だが実際はその個人が洗脳されているだけであり、環境が変わればその常識なんて通用しない。


 ここで新たな考え方ができる。人に害を与えるものを洗脳と定め、人の考えを変える、縛る事自体は悪ではないと。だが、その時点で害をもたらしているのではないかと私は考える。


 まあ、害かどうかについてはその個人が判断することで他人がどうこういう権利はないのだが。


 まあ、一つ言っておくとするならば、自分の常識や行動理念が誰かの影響を受けていないか、ということを考えてみることだ。


 もし、それが自分の意思をもってして決定しているのならばなんの問題もない。ただ、もし他人に振り回されているのならば……


 このゲームを体験してみて、今一度自分を見つめ直してみた方がいいだろう。





「っぱい、んっぱい! せ! ん! ぱ! いーー!!!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る